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門司港に移住して、ゼロから作り上げた「おじ焼き」 北九州市門司港・MOJiOJi(中編)

福岡県北九州市、門司港のレトロな商店街「栄町銀店街」にオープンしたMOJiOJi(もじおじ)。おじさんの顔型で焼いたお菓子を販売するという新しい取り組みです。仕掛け人である合同会社ポルトCEOの井上夏樹さん、菊池勇太さんのお二人にローカルツーリズム代表の糀屋総一朗が取材しました。3本掲載の2本目は、ゼロから事業を作ることの大変さについてです。

「何が正解かわからない」ところからの模索

糀屋総一朗(以下、糀屋):3月10日に無事オープンしましたよね。ここまでいろいろと大変なこともあったと思うんですが、特に何が大変でしたか?

井上夏樹(以下、井上):そう聞かれると、いろいろありすぎて……(笑)。味を決めるのがけっこう大変でしたね。私達はお菓子作りのプロではないので、みんなが「美味しい」と言ってくれたらそれでいい、というところで始まったので……。ベースがなにもないところからのスタートで、お菓子屋さんに実際にアドバイスを受けたり、いろんな人の話を聞いたりして今自分たちができるベストを探り探りしていきました。実際に試作を始めたのは10月ぐらいでしたね。

糀屋:12月に一度試作したものを食べさせてもらいましたよね。

井上:あれが最初に作っていたα版のようなものですね。たい焼きや回転焼きはある程度型が決まっていてゴールがありますけど、「おじ焼き」のベストはないので……。何がおじ焼きのベストなのか考えるところから始まりました。

糀屋:まだ模索中のところもありますか?

井上:それもありますね。今は中身の味もつぶあんとレモン風味のカスタードクリームの2種類なんですが、それもまた考えていきたいですし。

ほうじ茶は地元のお茶屋さんのものを使っています

菊池勇太(以下、菊池):おじさんの型が増えれば中身も3種類、4種類と増やしていけると思います。あとは夏場はこういうできたての焼きものの売り上げは落ち込むと思うので、それをどうするかですね。

糀屋:菊池さんは味を決めるときはあまり関わらなかったんですか。

菊池:基本的に実務は井上さんに任せていたので、僕は試作のときとかに来る感じで。味にはうるさいので、井上さんはストレスを抱えてたかもです。α版のときは「お客さんがびっくりするほどうまいか? というとそうじゃないよね」って言って。

糀屋:それって、かなり言うの勇気いりますよね。

菊池:井上さんに対しては、言いやすいんですよ。絶対ため込まずに我慢しなくて、言いたいことをこちらに言ってくれるので。だからそれを言ったときも「今ムカついてるんだ」顔をしていましたし(笑)。

井上:あのときは「もっと美味しくしろと言われても、じゃあどうしたらいいの?」と思ってましたね(笑)。結局、門司港で四稀というカフェをやっているりさちゃんがすごくセンスが良くて、彼女にアドバイスを求めて1カ月程度かけて改善していきました。

菊池:その甲斐あってか、めちゃくちゃうまいな! って言えるまでになりましたね。

井上:おじ焼きを焼くオペレーションはたい焼き屋さんに聞いたりして、いい方法を探していきました。

たい焼き屋さんにもアドバイスを求めて試行錯誤しました(写真提供・合同会社ポルト)

菊池:井上さんはお菓子屋さんどころか、店舗運営自体が初なのに、本当によく頑張ったと思います。でも最初から井上さんならできるだろうと思って、全部やってもらいました。めっちゃ鍛えられたし、本当に仕上がったな! って感じですよね。

井上:もう、いろいろ吹っ切れました(笑)。

菊池:やる間にもだんだん覚悟が決まってきて、かっこよくなってきたんですよ。凛として雰囲気がよくなって、たくましくなったと思います。

糀屋:本当にゼロからのスタートですもんね。すごいです。尊敬します。

井上:仕事面に限らず、地域の方も応援してくださる方がいっぱいいて、その人達のおかげだと思います。ポルトって本当にいろんな人が助けてくれる会社なんです。たくさんの人たちの力でやっと実現できました。これからその人達に恩返しをできるぐらいまでになるといいなあと思います。

コロナ禍に門司港に移住「大変だからこそ頑張りたい」

糀屋:菊池さんは門司港出身ですが、井上さんは門司港への移住者なんですよね。

井上:はい、もともと福岡市の出身で、門司港には縁もゆかりもなかったんです。20年の春にコロナの影響で、働いていたお店が閉まってしまって。会社を辞めて転職活動をしているときに、もともと友達だった菊池くんに「仕事を手伝ってほしい」と言われて門司港に来たんです。

菊池:ちょうど僕が『門司港ららばい』という映画を作って、8月に上映会をやろうとしていたんですが、緊急事態宣言明けということもあってイベントの制約もあってものすごく準備が大変すぎて。井上さんが仕事を辞めたと聞いたので、『暇だったら1カ月ぐらい来て!』ってお願いして。そのままずるずると会社に入り、本格的に移住もして今は住人になってます。

井上:最初の3カ月ぐらいはゲストハウス(ポルト)に住んでて、そのあと家を探して住み始めました。

流れで門司港に来た井上さんでしたが、大変だからこそ頑張りたいと思ったといいます

糀屋:井上さんはポルトに入る決め手はなんだったんですか。

井上:ポルトの仕事が楽しかったのがありますね。菊池くんも頑張ってるし……。でもコロナの時期だったので、宿にもお客さんが来ないし、アイスクリーム屋さんやキッチンカーなど観光客向けの仕事しかしていなかったので、「ポルト大丈夫かな?」とは思ってました。

菊池:まあ今もキツいですけど、当時はだいぶキツかったですね。どうにかお金を稼がないとと思っていろんな仕事を取ってきたりもしてました。

井上:今はお客さんもだいぶ戻ってきて、ようやく気持ち的には楽になりましたね。当時は、「大変だからこそ頑張りたい」って思ってました。

菊池:偉いと思います。最初社員で入ってもらって、「社長になってもらえないか?」という話を個別にして、社長になってもらいました。人事とか経営のことは井上さんにお願いして、僕は代表とは言ってますが、決済権限のない存在です(笑)。あと経理の女性が1人いて、3人で経営しているという感覚でやっています。

広告は打たず、地道に口コミでやっていく

糀屋:現在は金・土・日という週末のみの営業ですが、リピーターの方などもいらっしゃいますか?

井上:オープンの週末に来てくれて、1週間後にまた来てくださる方がすでに何名かいらっしゃいます。客層としては女性が多いですが、意外と地元の人ではなくて、観光客などの若い方も多いんです。あとはおじさまたちが、家族の人数分買って帰ったりなどもありますね。

糀屋:たしかに僕が来たときも、若い男性の3人組が来てましたね。

井上:このお店を借りてからかれこれ半年ぐらい経つので、地元の人は「どんなお店になるの?」「いつオープンするの?」と楽しみに待ってくれていたんです。だから最初はほぼ地元の人だったんですけど、どんどんそうじゃないお客さんも増えていますね。最近はメディアにもいくつか取り上げられてはいますが、こちらから発信しているのはインスタのみなんです。それで見つけてきてくれる方がいるのは、すごいなあと思っています。

もともと和菓子屋さんだったお店を生かしてお店を作り直しています

菊池:会社のスタンスとして、広告は打たないと決めているんです。僕がマーケティングの仕事をしてきたからこそ思うんですけど、広告をドバっと打ってもその時限りになってしまうなと。向こうから見つけてもらったり、口コミで広がったりしないと、長くは続けられないんです。最初はあまりお客さんが来なかったとしても、コツコツ改善していくしかないんだと思っています。

井上:最初は地元の人だけだとわかっていたとはいえ、やっぱりオープンしたときは「ちゃんと焼けるのだろうか?」とか、いろいろ怖かったですね。どんな注文をされるのかも未知数でしたし。あと生地の仕込みに時間がかかることもあって、仕込みのスパンをどれぐらいにしたらいいんだろうとか、考えることはいっぱいありました。

菊池:でも井上さんは飲食業の経験は一切ないのに、今すでに社員がいなくてもお店を回せていて、問題が起きていないんです。これはすごいなと思ってます。

糀屋:本当ですよね。いろんな紆余曲折がありながらも、こうしてオープンという形で世に出ることがもうすごいことだと思います。

(トップ写真提供・合同会社ポルト 構成・執筆・撮影 藤井みさ)

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