小説家の連載 ミッション・ニャンポッシブル第一話

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ミッション・ニャンポッシブル
                         Loca Hermana👠
第一話

 早く寝てくれないかにゃあ。
 猫の令(れい)はイライラしながらそう思った。
 令は黒猫だ。もふもふの長毛種で、メス、四歳。保護猫カフェ「ファミーユ」出身の猫である。
 令の家には飼い主が二人居る。便宜上一号二号と呼ぶが、彼らは新婚夫婦である。人間の名前は、夫が佐々木(ささき)譲(ゆずる)三十四歳、妻は佐々木夏(なつ)葉(は)二十九歳。
 会社員の夫である飼い主一号と在宅ライターの妻・飼い主二号の佐々木夫妻に飼われている令の最近の悩みの種は、飼い主二号こと「ママ」である。
 元々飼い主一号が独身の時から令を飼っていて、結婚して妻となった二号が後からやってきて家族に加わった。令もすぐに彼女になつき、彼女も令を可愛がり、ハッピーエンド!・・・なのだが、一つ問題が。
「ふんふんふんふーん♪」
 ヘッドホンで音楽を聴きながら仕事の原稿を書いている飼い主二号。時刻は午前二時。
 そう!これだ!飼い主二号はとんでもない夜型だったのだ!元々の飼い主一号が完全朝方な男だったからその妻も朝型だろうと完全に油断していた。これじゃあ任務に行けないにゃあ!
 首輪型の通信機には、さっきから猫にしか聞こえない音量でずーっと仲間からの呼びかけが来ている。
「エージェント令!応答しろにゃあ!もう任務はとっくに始まってるにゃあ!すぐ現場に迎え!」
 あぁ、はいはい、わかったにゃあ!もう、どうにかしないと・・・。
 令は忍び足でママの後ろに忍び寄ると、上機嫌で音楽を聴いている彼女の首筋を素早くびしっと打った。
「ひぎっ!」
 変な声を出してママが気絶、キーボードの上に突っ伏して爆睡し始めると、令はやっと任務に出かける準備を始めた。
 普段は隠しているねずみ型のおもちゃを取り出して、放り投げるとそれは猫一匹が載れるぐらいの大きさの飛行機になった。
 全部の色が見えるようになるカラフルゴーグルをかけて、腰にベルトと麻酔銃を携え、窓をそうっと開ける。飛行機をそっと運んで外に出し、窓を閉めて外に出ると、飛行機に乗り込んだ。シートベルトをしっかりと締める。
 そのまま飛行機に乗っていざ出発!これは通称猫用ジェットと呼ばれるものである。
 そう、令の裏の顔は猫のエージェント!昼は甘えん坊の飼い猫、夜はスパイなのだ。彼女が所属しているのは世界中に支部がある猫達の秘密組織、通称CAT。Cat anti-human teamの略である。猫の可愛さで人間社会を支配しようと目論む組織である。本部はロンドンにある。令はその日本支部のメンバーであり、任務があれば猫用ジェットで全国各地に駆け付ける。彼女は実動部隊の戦闘担当だが、様々な役割を担うメンバーが多く在籍する。
 しばらく操縦していると、飛行機はどんどん高くまで上昇し、ある程度の所まで昇ると、令は操縦席につけられているナビに行先を入力して、自動操縦モードに切り替えた。そして首輪型通信機で仲間に連絡をする。
「ごめんにゃあ!ちょっとママがなかなか寝なくて・・・みんな準備はどう?」
 首輪の向こうから、ハッキング担当の長毛白猫、すずの声がする。すずは東京在住のメス猫で、令と同い年の四歳。IT企業に勤める飼い主の男性を持っている。
「もう!令ちゃん応答するのが遅いにゃ!どんだけ時間かかってんの?!令ちゃんのママは本当に夜型だよね」
「そうなの。本当に困るにゃあ。ごん太、今日の任務はどんな感じ?」
 ごん太と呼ばれたリーダーの声が、通信機から聞こえる、バリバリの関西弁で。彼はでっぷり太った茶色のオス猫で、大阪市長に飼われている、バリバリの関西猫である。年齢は五歳。猫の寿命は短いので、CATのメンバーも入れ替わりが激しく、今はごん太がリーダーなので、日本支部の本部は大阪という事になる。
「令ちゃん、ほんま令ちゃんのおふくろさんはしゃあないなあ!ほんま、あかんわあ。何とかならへんのかいな。まあ無理やな、わいら猫の声はなんぼ言うてもわかってへんし。どうせ、ずーっとわいらがにゃあにゃあ可愛く言うてると思ってんねんやろ。あー話が脱線してしもたな、今日の任務は北海道にあるかつおぶし工場を爆破するんや。元々猫用のかつおぶしを販売してたんやけど、品質に問題があるらしくてな、わいら猫の仲間に食わせるんあかんちゃうんかってなって、爆破や。令ちゃん、前にもまたたび爆弾使った事あるよな?あれを設置してきてや。爆破する前にかつおぶし好きなだけ食うてええから。令ちゃん、最近かつおぶしにはまってんねやろ?」
「にゃあ!何でそれを知ってるの?!もう!」
 大好物のかつおぶしをパパとママに制限されている最中にそれをバラされ、令は赤面する。
「っていうか、北海道ならトムの地元でしょ。トムは?」
「はーい、僕トムでーす!僕も後から合流するよ、よろしくにゃ☆」
「トム、同じ猫にぶりっこしても無駄にゃあ」
 通信機から聞こえて来た別の猫。各猫が通信機を持っているので、無線のように複数の猫が同時に会話できるのだ。
 トムは北海道在住の、血統書付きのアメリカンショートヘアのオス猫三歳。昼間はタレント猫としてドラマやCMで大活躍し、夜はこうしてCATのメンバーとして暗躍しているという訳。彼はそのたぐいまれなるキュートさから、おとり担当である。敵(人間)の気を逸らして令達戦闘担当猫のサポートをするのが役目。
「トムが来てくれるなら安心にゃ。アルファ、調子はどう?」
「元気だよ。令ちゃん、猫用ジェットに不備は無い?何かあれば直しに行くからにゃ」
 アルファと呼ばれたのはメカ担当の猫、福岡在住の灰色猫、オス三歳。大学の工学部教授の猫である。今令が乗っている猫用ジェットとかその他諸々を作った。
「令ちゃん、活躍はええけど、あんまり道具とか壊さんといてえや。困るんはうちらどすえ」
 突然艶やかな京都弁で話しかけてきたのは、京都在住の四歳の三毛猫、みたらし。彼女は京都の老舗和菓子屋主人夫婦に飼われていて、CATの経理担当。メンバーの給与や、お金に関わる事全般を担当している。CATの資金の一部も裕福な家の猫である彼女が出しているが・・・猫がどうやって人間のお金を取って来てるかは謎!
「ごめんにゃ、みたらしちゃん。気を付けるにゃ」
「ケガにも気を付けてね!」
 これは、獣医師に飼われている猫のまたたびから。オス五歳で、治療担当。メンバーがケガした時や心の不調がある時カウンセリング的な事も行う。要するに軍医。
「ありがとまたたび!行ってくる!」
 と令が返事した時、またまた別の声が。
「令、俺は先に着いたから待ってるね!」
「陸(りく)!心強いにゃ」
 陸は島根在住の猫で、白茶混じった短毛のオス猫、四歳。戦闘能力が高く、よく令とコンビを組んでいる。実は、令と同じ母猫から生まれた兄弟なのだ。とは言え父猫は全然違う。それは見た目にも表れている。
 今令が話した猫達は、全員同じ保護猫カフェ、ファミーユで一緒に育ち、そして全国各地にバラバラにもらわれていった幼馴染だ。彼ら以外にもメンバーは多数在籍しているが、他の猫は別段幼馴染ではない。それでも保護猫カフェ出身の飼い猫が多い。ペットショップ出身者の猫は稀である。別にそういう決まりがある訳では無いが。
 話しているうちに現地の工場が見えて来た。
「さあ・・・任務の始まりにゃ!」

 好きなだけかつおぶしを袋に入れて積み込み、後から来たトムが工場の夜勤スタッフ達を持ち前の可愛さで惹きつけている間に、令と陸はまたたび爆弾を工場にセットして、人間達を全員工場の外に出し、記憶消去の効果のある麻酔銃を打って眠らせて、任務完了。途中、「何で猫が!」と言ってきた人間を令と陸で猫パンチして気絶させるなど大変だったが・・・これにて任務完了である。

 それにしても・・・仲間たちと通信機で任務完了のやり取りをして、帰路に就く令のお腹は、かつおぶしでぱんぱんになっていたのだった。
「・・・食べ過ぎたにゃ」

 夜が明けて朝になり、北海道のかつおぶし工場が何者かに爆破されて大騒ぎになっていたが、現場に猫の毛がわずかに落ちているだけで、警察官は難航すると決まった事件にがっくりと肩を落としてこう言った。
「猫の手も借りたい・・・・」

 キーボードに突っ伏して寝ていたママの原稿は出来上がったのだろうか?出来上がったと思って起きたママは、誤字だらけの原稿を見て思わず、
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!」
 その声に慌てて起きるパパ、令はその光景を見て、にやりと笑ったのだった。
                                   次回に続く

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