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Vol.4 現実を溶かすような黄昏時

【 フランス滞在記-到着編 後編 】

無事、パリのシャルル・ド・ゴール空港へ到着したかと思ったらまさかの大雪。
またしてもフランス人救世主の助けを借りて、夫の待つ、フランス南東部の都市リヨンまでのTGV(高速鉄道)の切符をゲットした私たち。
(↓前週の記事参照)。

TGVから眺める景色は雪の知らせなど嘘みたいに、澄み切った空と青々としげる緑の草原が広がるばかり。みんなそれぞれ長旅の疲れが溜まっていたが、美しい車窓の風景はその疲れをそっと癒してくれるかのようだった。



TGVに揺られて約2時間ほどで、リヨンに到着。


駅のホームに降り立つと、至る所でタバコを蒸す人々の姿。
電光掲示板は、随分前の発車時刻の電車を表示している。

遅れている電車を待っているのか、それとも、電車が来なくて途方に暮れているのだろうか。


私は娘の手を引いて、そこここに漂うタバコの煙を避け、時折何かに引っかかり上手についてきてくれないスーツケースにヤキモキしながら、
ホームにいるであろう夫の姿を探した。


すると、見慣れた人影が手を振ってこちらに近づいてきた。


「パパだ!!パパいるよ!!」
娘が叫ぶ。


毎日、SNSで連絡をとっていて、通話もできて、離れていても一緒にいるような感覚ではあった。
けれども、生身の人間が目の前にいるというのは、当たり前かもしれないけれどすごいこと。ちょっと感動してしまった。


「いやぁ、大変だったね」

やっと会えてこみ上げてくる安心感。
しかし、それを表現する言葉をうまく見つけられないまま、少ない言葉を交わす。

夫は娘をひょいと抱きあげると、手になじんだスーツケースをゴロゴロと引いていく。


急に身軽になった私の身体は、じんわりと旅の疲労を噛み締める。
きっと、安心して気が抜けたのだろう。

だけど、もうちょっと。もうちょっとで目的地、グルノーブルだ。
そこまで、もうちょっとだけ、頑張ろう。


友人ファミリーに夫を紹介して(なんと初対面!)、このままリヨンに宿泊する彼らをホテルまで見送った。


お礼を伝え、長旅を労い合い、また後日元気に一緒に遊ぼうと約束して私たちはリヨンの駅へ戻った。


再び、駅の電光掲示板を見ると、遅れてはいるものの、電車はわずかに動いているようだ。
グルノーブル行きの切符と、冷えた身体を温めようとショコラショーを買った。その日本にはない甘さに異国を感じながら、また駅のホームへと戻った。


しかし、待てど暮らせど、時間になっても電車は来ない。



せっかくショコラーショーで温まった身体はあっという間に冷え切って疲れた足はどんどん重たくなっていった。

私はついつい何度も電光掲示板に向けてしまうが、周りの人に焦っている様子はない。
聞けば、フランスではストライキが日常的にあるため、日本人の私たちよりもいきなり電車がなくなるとか、大きく遅延するといった状況への免疫があるのだとか。


— 私は一体、何をそんなに期待して、
何をそんなに急いでいるのだろう —


シャルル・ド・ゴール空港でも聴こえた小さな声が波になって押し寄せる。


長らく待って、ようやくグルノーブル行きの電車が到着した。


雪の多い路線を迂回していくため、いつもよりぐるっと大回りでゆっくり進む電車。

「どこを迂回していくんだろう。スイスのジュネーブ周りかな」
などと、夫とGoogle マップを眺めながら、どこへ行くのかわからない電車に身を委ねた。


窓から見える風景は、先程のTGVからの風景と打って変わって、雪でほんのりとお化粧をした草木が広がる。日中の太陽により随分雪は溶けたらしく、

「だいぶ溶けたね。さっきはすごかったんだよ」と夫が窓の外を見つめる。



彼と話したいことは沢山あった。

離れている間、松本の実家で過ごした豊かな時間のこと。
子連れ旅が大変だったけど楽しかったこと。
飛行機の中で会ったフランス人救世主のこと。
日本とフランスで流れている時間が違うことに衝撃を受けている今の気持ち。

しかし、言葉は何も出てこず、
山間部の美しい水辺の、暮れなずむ風景は私を心地よい眠りの世界へと誘った。

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黄昏時。

まるで現実が揺らぐような、まろやかな時間だった。

私はそのまま眠りについた。


目が覚めると、私たちは目的地、グルノーブルへ到着していた。
これからここが、新しい私たちの日常。


・・・つづく。

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