〜第5章〜 アルバム全曲解説 (3) A面-3 Broadway Melody of 1974
【テキスト】【歌詞】とその内容
さて、アルバム3曲目ですが、ここでピーター・ガブリエルの言う「言葉の洪水」となります。この曲では、「肉体から精神が離脱していく瞬間にレエルが見る幻影」が歌われています。この幻影は、パレードのスタイルをとっており、まさに次から次へといろいろなものが目の前を通り過ぎていくというイメージです。ところがその内容が非常に意味の分からないシーンばかりなのです。恐らくピーターは、ここでお得意の言葉遊びを炸裂させており「意味不明な情景」を表現することで、「混乱した状況」「超自然的な世界に突入すること」を印象づけることを試みているのだと思います。まさに「考えるより感じろ」というパートだと思います。ちなみに、ジェネシスのメンバーは、Selling Englandのツアーでニューヨークを訪れた1973年11月22日に「第47回メイシーズ・サンクスギヴィング・パレード」を見たそうで、これが発想の原点ではないかという指摘もあります。
物語の導入はこう表現されます。
相変わらずわかりにくい表現ですが、「最後の1秒」の「最後の大行進」ということなんですね。ここは、ピーターがライブのMCで語った内容の方が少し分かりやすいかもしれません。(下記の一部は以前Fly on a Windshield の記事でも引用したものです)
そして、【テキスト】【歌詞】ともに、そのパレードの内容が延々と表現されるわけです。これは、日本で良く言われる「死ぬ直前にそれまでの人生の出来事が走馬灯のように巡る…」という状況そのもののように感じます。ピーターは東洋の「走馬灯」なんてものは知らないでしょうし、偶然の類似だろうとは思いますが、まさにそういうことなのだと思います。
【テキストで表現されるパレード】
【歌詞で表現されるパレード】
ここで表現されているのは、ほとんどが「アメリカで有名な人、出来事」であり、さらに言うと、固有名詞が登場する人物は、どれも74年時点では故人か「過去の人」的な人が多いのです。それらを、ちょっと変なイメージとして表現しているわけです。
一方で「サイレンは鳴り響くが 船は出ない」という一節などは、ホメロスの「オデュッセイア」からの引用ではないかという指摘があるのですが、だとするとアメリカというコンセプトから外れるわけで、一体何? という疑問が払拭できないのです。また、全部が全部そういう変なイメージではない(単にバンドがイン・ザ・ムードを演奏してるとか)のが、ピーターがちょっと力尽きてる感じなのかもしれませんが、全体としては、アメリカ人になじみのあるものを片っ端から持ってきて並べて、異世界へ移動する際に一瞬頭をよぎるニューヨークでの「走馬灯」のイメージを形作っているのは間違いないのです。
それにしては、1920年代、30年代という、かなり昔のイメージらしきものも採り上げられており、何か手当たり次第的な印象が否めない部分でもあります。さらに言うと、社会の最底辺の存在であるレエルが、そんな昔の出来事や、マクルーハンなんて学者を知ってるんだろうか?というような疑問や、【テキスト】と【歌詞】でわざわざ別のものを並べる意図は?等考えてしまうのですが、こういう質問は御法度なのでしょう(笑)
そして、歌はまたしても謎っぽい【歌詞】でエンディングを迎えます。
この「子どもたちが家で針を使って遊ぶ」という部分の意味が、ヘロインの使用をほのめかした表現だという指摘があります。そして、そのドラッグの使用(つまり、気分が安らいでいる、高揚している)という状態をほのめかすことが、次の曲(Cockoo Cocoon)へのブリッジとなっているようなのです。つまり、幻影のパレードの最後に、ドラッグ的な安心感・高揚感のある気分になって終わるということが表現されているようです。
そして、【テキスト】の最後はこう締めくくられるのです。
【音楽解説】
この曲のタイトルの Broadway Melody of 1974 は、1929年のアカデミー賞受賞作品「ブロードウェイ・メロディ」にひっかけたものです。この作品はその後「1936年のブロードウェイ・メロディ」、「1938年のブロードウェイ・メロディ」、「1940年のブロードウェイ・メロディ」という3本の続編が作られており、まさにその続きである「1974年のブロードウェイ・メロディ」という体裁をとっているわけです。
サウンド的には前の Fly on a windshield から切れ目なく続き、ヘビーなバンドサウンドをバックに、ピーター・ガブリエルの言葉の洪水が乗ってきます。曲のリズムは、行進していくパレードをイメージしたものかもしれません。このサウンドは、Fly on a windshield と同様にスティーブ・ハケットが自賛してます。「パーカッシブで最も面白い」「ハーモニーが冒険的」と彼は言っており、ピーター・ガブリエル脱退後最初のツアーである、Trick of The Tail ツアー時には、Fly on a windshield〜Broadway Melody of 1974 をインストゥルメンタルとしてステージで演奏していたこともあります。
最後に歌われる Needles and pins は、このアルバム2つめのポピュラーソングからの引用です。この曲は、1963年にアメリカ人のソングライタージャック・ニッチェ(Jack Nitzsche)とソニー・ボノ(Sonny Bono)が書いて、アメリカ人歌手ジャッキー・デシャノン(Jackie DeShannon)が歌ったものですが、その後1964年にイギリスのバンド、ザ・サーチャーズ(The Searchers)のバージョンが世界的ヒットになったものです。イギリス人バンドの曲としてヒットしていますが、元はアメリカ人の曲・歌なのです。そして、歌詞の最後の部分の Needles and pins の歌メロは、短いですがこの曲からの引用です。
Needles and pins / Jackie DeShannon(1963)
Needles and pins / The Searchers(1964)
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【注釈】
*1:マーチン・ルーサー・キング(1929〜1968)は、アメリカの牧師。黒人の公民権運動の穏健派指導者として非暴力差別抵抗活動を行った人物です。1968年に暗殺されているので、比較的記憶に新しいところからの引用だと思います。 Everybody Sing! と叫ぶのは、彼が言いそうもないことを表現しているのだと思います。彼の名台詞と言えば、I have a dream. ですので…。
*2:Leary とは、ティモシー・リアリー(Timothy Leary)(1920〜1996)のことで間違いないでしょう。ハーバード大学教授の心理学者で、60年代にLSDについての研究を行い、ドラッグの教祖、サイケデリックの伝道師との異名を持つ人です。「牢獄に疲れた」とは、彼のドラッグ絡みの逮捕歴を、「天国」とはドラッグ体験、「地獄」とは投獄されたことを暗示してるのでしょう。
*3:ジョン・F・ケネディ(1917〜1963)は第35代アメリカ合衆国大統領。射殺された人が「射殺の許可を出す」とは、かなりのブラックジョークですね。彼が飲んでいる Orange Julius とは、60年代にアメリカで大ヒットしていた泡状のフルーツ飲料で、アメリカ人なら誰でも知ってる飲み物みたいです。一方 Lemon Brutus というのが何か全くわかりません。Brutus というビールベースのカクテルがあるらしいのですが、それほどポピュラーなものではないみたいですし、J.F.Kがそれを好んだというような情報も確認できませんでした。ひょっとすると、Brutus(=裏切り者)というイメージでピーターが創作した架空の飲み物かもしれません。
*4:これは全くのお手上げです。Bare breasted cowboy(裸の胸を露わにしたカウボーイ)とは、男っぽいイメージ、野心的なイメージの人のことだろうと思います。3連覇のチャンピオンというのは、何らかの分野でトップに立つ人物の象徴みたいですので、そういう王者のような人物に対して、野心を持つ(もしかしたら粗野なイメージがある)人が、裏切るみたいな事を表現しているのかもしれません。double deck というのは、通常 1 deck(=カード52枚)で行うポーカーを、倍の104枚で行うという、ポーカー用語でもあるそうで、そういう粗野な男が、「高度な手法」でチャンピオンを打ち負かしたというようなイメージもあるのかもしれません。
*5: フレッド・アステア&ジンジャー・ロジャースとは、1930年代のハリウッド映画で大活躍した俳優のダンスパートナーです。メディケアとは、アメリカの医療制度ですが、導入されたのは60年代で、明らかにフレッド・アステアらの時代とは異なります。また「定額35セントの運賃」とは、1974年のニューヨークの地下鉄の運賃のことだと思われます。全く時代の異なるものを並べて、やはり何かおかしい状況を表現しているのだと思われます。
*6:この曲のタイトルのネタとなっているブロードウェイ・メロディを演奏しているバンドを「ステレオタイプ」と表現し、バンドが Stars and Stripes(星条旗)に戻るという表現もまた謎です。 Stars and Stripes だけだと、普通これはアメリカ国旗の事で、曲名ではありません。 アメリカ国歌は The Star-Spangled Banner です。Stars and Stripes Forever なら「星条旗よ永遠なれ」という有名なマーチのことです。この曲のことを省略して表現しているのでしょうか? 違法蒸留所などの禁酒法時代を思わせるフレーズがくっついてるのも、ちょっと具体的なイメージがわきません。国家へのロイヤリティが低下していたであろう禁酒法時代に、バンドが国をたたえるマーチを演奏して、国への忠誠心がないであろう密造酒製造者がそれに感動して涙するという、少し倒錯したイメージを表現しているのでしょうか…。
*7:この一文も具体的なイメージが全く分かりません。質屋、レジの音などのイメージから、やはり少し前の時代のアメリカを想起させるような言葉ではないかと思います。お金の話をしているようなので、大恐慌時代(1929〜1933年)のイメージもあるのかもしれません。
*8:歌詞冒頭のこの部分だけは、固有名詞ではありません。Broadway Everglades(ブロードウェイ湿地帯)という表現ですが、ブロードウェイ地域が過去に湿地帯だったという事実は無いようです。「湿地帯」とは「生命の宝庫」というイメージから「何かが生まれる地域」であり、かつ文明の近くにあるとすぐ汚染されるということから、創造性と退廃性の両側面を表現しているのではないかという指摘があります。そこに神話的なキャラクターが存在するというような意味でしょうか。
*9:レニー・ブルース(1925〜1966)は、50〜60年代にアメリカで活躍したコメディアンです。政治、宗教、人種差別や同性愛など、それまでタブーとされてきたネタで過激なトークを繰り広げ人気となりますが、60年代に度々逮捕されました。66年に麻薬中毒で死亡しました。アメリカでは言論の自由の象徴とされた人物です。「活動休止を宣言」と言えば、たいていのアメリカ人は当局による彼の弾圧をイメージするのだと思われます。また plays his other hand (もう一方の手を演じる)とは、彼の麻薬使用をイメージする言葉でしょうか?
*10:マーシャル・マクルーハン(1911〜1980)は、カナダ出身のメディア学者。特に「メディアはメッセージである」というテレビメディア論が有名です。casual viewing とは、マクルーハンの学説からイメージされた言葉と思われます。また、頭が砂に埋まっているというイメージの出所は全く不明です。当時最先端とされたメディア学者の倒錯したイメージを表現したのでしょうか?
*11:何から引用されているのか全く不明な一節です。ホメロスの「オデュッセイア」からの引用ではないかという指摘はあるのですが、だとすると、アメリカとは何の関係もなく、ここで歌詞に登場すること自体が不自然なのですが….。
*12:グルーチョとは、アメリカのコメディアン、グルーチョ・マルクス(1980〜1977)のこと。兄弟3人(グルーチョは三男)で活動し、マルクス3兄弟とも言われた。早口でまくし立てるスタイルが特徴で60年代にテレビで大活躍した。movies trailing (映画をひきずりながら)とは、もともと映画を活動の舞台としてその後テレビに転じたイメージと、コメディアンであるために、オチで滑ったという言葉になったのだと思われます。
*13:クー・クラックス・クランは、アメリカの白人至上主義の秘密結社。1920年代に活発に黒人差別活動などを行った。ソウル・フードとは、最近は日本語でも使われますが、もともとはアメリカ南部の黒人が常食する食べ物のことで、これを黒人差別団体が提供するという、倒錯したイメージを表現しているのでしょう。
*14:イン・ザ・ムードとは、1940年にグレン・ミラー・オーケストラが演奏して全米No.1ヒットとなった曲。
この曲の作者はジョー・ガーランド(Joe Garland)とアンディ・ラザフ(Andy Razaf)で、ともに黒人でした。そのため、クー・クラックス・クラン、ソウル・フードとの連想でここに登場したのではないかという指摘もありますが、よくわかりません。
*15:チア・リーダーは、これがパレードであるという事を表現するために登場するのでしょう。ここで「青酸の杖」を振ると「桃の花」「苦いアーモンド」の香りがするというのは、まさに青酸ガスの特徴的な匂いそのもので、「死」をイメージさせるとともに、次の一節のキャリル・チェスマンのイメージをさらにここで強調するために使われているのだと思います。
*16:キャリル・チェスマン(1921〜1960)は、アメリカの死刑囚。死刑判決を受けてから執行されるまで12年間の間に獄中から4冊もの著書を出版し全米から注目された人物です。死刑の是非などが議論される際の象徴的なキャラクターだった人ですが、最終的にガス室で死刑が執行されています。sniffs the air(空気を吸う)とは、そのイメージからの言葉であり、前節の「青酸ガス」を吸い込むという直接的な表現でもあったのかもしれません(実際当時のガス室では別のガスが使われていたようですが…)。ここでは、パレードを先導してる人物として登場しているわけです。
*17:ハワード・ヒューズ(1905〜1976)は、「地球上の富の半分を持つ男」とも言われたアメリカの大富豪。晩年強迫性障害となり、数々の異常行動が話題になる。特に潔癖症が酷く、自分が吸い込む空気中の細菌などを常に異常なまでに心配していた。「タバコを吸う人を見て微笑む」というのも、恐らく潔癖症の彼が絶対にしないであろう態度を言葉にしたものだと思われます。1972年にある作家が自伝を出版しようとするものの、内容が捏造であることが発覚し、作家は後に禁固刑を受けるという事件がありました。直近の話題の人物だったのでしょう。
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