野呂雪花

ものがたりつくってます

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オレンジ/おやすみばく/⑤みかん

オレンジおやすみばく ⑤みかん  我家はとても慎ましく暮らしていたので果物というのは贅沢品でした。実際にはいつも夕食後にデザートがあったので、果物を「贅沢だね」と笑い乍ら食すのが習慣だったのです。好きな果物はたくさんあります。無花果。昔住んでいた家のそばに沼地があって無花果の大木が横たわるように生えていました。小学生だった私と弟は長袖のジャージで武装して、ビニール袋を片手に無花果を摘みに行きました。今でも無花果をみると弟は子どもにその話をします。最近は八つに切ってガラスの

    • オレンジ/おやすみばく/④ひなげし

      オレンジおやすみばく ④ひなげし  クレバヤシが髪を切った。  セーラー服の襟の水平のライン。天使の羽が隠れる長さ。そうしていつも小豆色のシュシュを何重にもして固く一つに絞っていた。納豆の藁苞みたいだ。発酵するような形容を発酵物でブレンドしたかったけれど、上手くいかず水時計のように分離している。一度だけクレバヤシが髪をほどいたのを見たことがある。秋の球技大会。声援とスパイクの摩擦音が反響する体育館。バスケットボールに参加していた女子のポニーテールを結んでいたゴムがぷつんと

      • オレンジ/おやすみばく/③ぎんなんと目白

        オレンジおやすみばく ③ぎんなんと目白  その日はイチコの父親の命日で母親がお供えに炊き込みご飯を作った。差し出された夕ご飯の茶碗の上にはぎんなんがたくさんのっかっていた。  見ているととても幸せな気持になった。  イチコの父親が亡くなったのは三年前の真冬で、前日がバレンタインデーで、看護師さんがイチコの掌に小さなチョコレートを載せてくれた。その頃には母親が病院に泊まり込むことが多く、いつも胃がキュッと締め付けられるような感覚でいて、学校から病院を経由して家に帰り洗濯物

        • オレンジ/おやすみばく/②三十一

          オレンジおやすみばく ②三十一(さんじゅういち) 『ケータイのあわきひかりにちかづけど またされびとはおもてをあげず』 「これ、本当はちょっと違うんだ」 「ああ、スマホですか?字足らずになっちゃいますね」 「うん。それもあるけど」  村松三十一(みそか)は笑った。  町村冬星(とうせい)が学校から帰ると、彼の部屋で姉の夏月(かづき)が共用のノートパソコンを触っていた。 「遅かったね」 「うん。学祭近いから」  冬星は生徒会の役員をしている。一年生なので何かと雑用が多い

        オレンジ/おやすみばく/⑤みかん

          オレンジ/おやすみばく/①おやすみばく

          オレンジおやすみばく ①おやすみばく 「間に合わないかもしれない。シマちゃん。もう間に合わないよ」  改札が近づくとシマちゃんはぐっと加速して、私をおいてけぼりにして駅の階段を昇っていく。私は息を切らしながらやっとプラットホームにたどり着いた。 「クルミ、クルミ」  シマちゃんが赤い電車から首を出している。足も出している。  けたたましい駅員さんの警笛の音。  電車が動き出して、膝を曲げてハアハア云っている私にシマちゃんは云った。 「クルミが遅れたら、いつだって私が足出し

          オレンジ/おやすみばく/①おやすみばく

          キミが笑えば

          ☆一話ずつ投稿していた物語を一つにまとめて再投稿したものです☆ キミが笑えば 目次 キミが笑えば 一、雨の月曜ジョッキー 二、トーベくん、走る。 三、ミューズの加護 ※ 登場人物         三上雨(みかみあめ)    北橋中学二年         藤部礼(とうべれい)    向北中学二年         石川賢人(いしかわけんと) 北橋中学二年         古崎和歌(ふるさきわか)  北橋中学二年        町田周子(まちだしゅうこ) 北橋

          キミが笑えば

          オレンジ/やさしいくま/⑥三月なのに

          オレンジやさしいくま 目が覚めて カーテンを開ける 春なのに雪が降っている 夜なのに明るい 三月だから 外へ出る 雪だと思ったのは白い帷子だ 繊細な織物のようで 半透明のポリ袋のようで 手を差し伸べて 開く くぐる 外へ出るのか 中に入るのか 公園のジャングルジム 赤と青と黄色 隣りあわない同じ色 中ほどで君が得意気に半身を出す ゆっくりとのぼって ゆっくりと降りて 私はベンチで待っているから もどってきたらとっておきのクイズをだそう 見上げて問題を考える 思いつかな

          オレンジ/やさしいくま/⑥三月なのに

          オレンジ/やさしいくま/⑤ゆるすすくう

          オレンジやさしいくま ゆるす/すくう  シカちゃんはサクの自家製の友人である。サーモンピンクのソフトボールと水色の木馬が遊びに来たときのお気に入りだが、五歳を過ぎてからはサクにとって最も跳ね返りのいい話し相手でもある。  今日サクは自分の部屋で、小さい頃から大切にしている童話をシカちゃんに読んであげた。かつて追われた村に復讐に現れた魔物が一人の少女のやさしさに触れ、結果的に村の救世主となる物語である。  ゆるす/すくう… 「しりとりみたいだね」シカちゃんが云う。 「何が

          オレンジ/やさしいくま/⑤ゆるすすくう

          オレンジ/やさしいくま/④プリンか何か

          オレンジやさしいくま ④プリンか何か バームクーヘン コーヒーゼリー コンビニのサンドイッチ棚とレジを結ぶ動線の上 佇む私の右肘にたてかけたオリーブの日傘を 二足歩行の耳折れウサギが少しよろめいてそっとつかむ 「ボクにプリンか何か食べさせてください」 折り畳み式のテーブルを広げて座布団を勧めると ゆっくりと正座して膝の上に両手をそろえた 白地に黒と赤の菱型模様のティポット 「うさぎとお茶会だ。ワンダーランドだね」 「あれはそんなに心躍る場面じゃないから」 耳折れウサギ

          オレンジ/やさしいくま/④プリンか何か

          オレンジ/やさしいくま/③百個のビー玉

          オレンジやさしいくま ③百個のビー玉  それは私の最初の記憶なのですが、何かの呪文で封印されていたようです。  というのは従来の私の最初の記憶は弟が生まれたことだったのですが、おこったのはまちがいなくそれより前のことなのです。つまりは弟が生まれる直前、一人でお布団に寝ていた四歳の私におこった出来事です。  目が覚めると五月の初めだというのに紺色のピーコートを着たお姉さんが座っていて、私にあみあみの袋を差し出しました。中には百個のビー玉が入っていました。  といってもそ

          オレンジ/やさしいくま/③百個のビー玉

          オレンジ/やさしいくま/②緑のバラを胸に抱えて

          オレンジやさしいくま ②緑のバラを胸に抱えて すずらんの模様のブラウスを サテンのハンガーにひっかけて 四月の窓辺になびかせている 知らない間に手の甲に傷ができている 巨大怪獣は湾岸地帯からオフィス街まで迫ってきている まっぷたつに切られても すぐもとにもどる 白い光輪が 何度も彼/彼女を攻める 絶え間ない手紙のよう クローバをくわえた小鳥の群れのよう 涙も流さず 血も流さない 彼/彼女は大丈夫 ヒトの傷だって時がたてば癒える 流れる時間の尺度がちがうのだろう だ

          オレンジ/やさしいくま/②緑のバラを胸に抱えて

          オレンジ/やさしいくま/①やさしいくま

          オレンジやさしいくま ①やさしいくま 機能性よりもデザインで買ってしまった一人掛のソファに やさしいくまがすわっている 背凭れにはバラの刺繍 肘掛にはイラクサのつる  今よりちょっとケーザイに余裕があって 今よりちょっとココロに余裕がなかったんだろうな だけど それを真近く思い出すことはできなくて ただ ソファのかたさが そんなだったんだよって 忘れさせない すわり心地のいいデスクチェアときれいなベッド 傍らにぼんやりとたっていた ガナシュ色のくまに  私はソファをすす

          オレンジ/やさしいくま/①やさしいくま

          白線流しが描きたくて

          1996年1月 残業で遅くなった私を母が駅まで自転車で迎えに来ていた。 当時私は名古屋に務めるOLで帰りが23時を超えることもしばしばだった。 自転車に二人乗りして帰る道、母がキャッキャと話していた。 「松本を舞台にしたドラマをしてたの。主人公の男の子がかっこいいの。中居くんよりかっこいい!」 母は長野県出身で、私は当時中居くんウォッチャーだったのだ。 (テレビでの言動を垣間見て、何かすごい子がいる…ってなってた) 翌週からそういえば…と見始めた私はドはまりし、 今でも「白

          白線流しが描きたくて

          オレンジ/オレンジ/②ミフユ

          オレンジオレンジ ②ミフユ  ミフユの高校の創立記念日に合わせて母親も有給休暇をとり、二人で百貨店が並び立つ街中へとくりだした。この辺りは若い頃に母親が勤めていて、曰く「フランチャイズ」で、それでも当時隆盛を極めていた銀行や証券会社がコンビニエンスストアやファストフード店に姿を変えているのに今日もまた気づき、そうしてまた「あそこ。何があったんだっけ」とつぶやいている。ほぼほぼノープランの外出だがミフユの家族は総じてインドア系なので、ちょっとした外出でも十分観光気分を味わう

          オレンジ/オレンジ/②ミフユ

          オレンジ/オレンジ/①トモコ

          オレンジオレンジ ①トモコ  みかげ公園の常夜灯の足元に扉があることはこの界隈の猫なら知っている。  なにせ鼻先でツンとふれただけで開いてしまうのだからしかたがない。だけど戻ってこられないわけではないし、行って戻ってきたところで今のところ何の支障もないので、深夜に行われる集会でも警告が発せられるわけでもない。それでも無言のコミュニケーションの話題は扉をめぐるあれこれが主たるものになっていて、お前はもうくぐったのかという問いかけやかまかけ、やっとくぐったことを伝えたくてたま

          オレンジ/オレンジ/①トモコ

          オレンジ(目次)

          オレンジ  オレンジ   ①トモコ   ②ミフユ  やさしいくま   ①やさしいくま   ②緑のバラを胸に抱えて   ③百個のビー玉   ④プリンか何か   ⑤ゆるすすくう   ⑥三月なのに  おやすみばく   ①おやすみばく   ②三十一   ③ぎんなんと目白   ④ひなげし   ⑤みかん  ネムリヒメ   ①夢の会社   ②teenageeve   ③アマガエル ああ…もうすぐ年をとってしまう… と目次だけつくりました。 大タイトル/中タイトル/小タイトル の見

          オレンジ(目次)