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六丁の娘 第四章【総集版】

 徒歩かちで鳥羽を通りかかった時、例の崩れかけた廃寺を見かけたが、屋根や柱の焼け残りが目立つばかりで、猫の子一匹さえいなかった。
 城南宮寺じょうなんぐうじの跡から川沿いに南へ下り、草津湊くさつみなとで三十石の人船ひとぶねに乗った。
 しほは小さな市女笠いちめがさに虫の垂衣たれぎぬを掛け、人形のようにちょこなんと座っていた。
近江川おうみがわ下りか。山城国の外へ出るのは初めてだ」
 ウガヤは戯れめかし、片目をつぶってみせた。脛巾はばきを巻き、菅笠に手甲という旅姿だった。三人連れで、他に供はいない。
「ウガヤは、どこで生まれたんです」
「俺は生まれも育ちも洛中さ。京の他にも世界はあると思って、あちこちうろついてはいるが、まだまだ狭い世界だ」
「深草さんみたいな、お公家様の御曹司ですか」
「まあ、そのようなものだ」
「どの公卿のご子息なんです」
「いや、公卿ではないな」
 やっぱりか、という気もした。右大臣の隠しぶりからして、意外に位階が低く、公家たちを束ねるには物足りない家柄なのかもしれない。
 あるいは、もっとはるかに下賤の出なのか。だがそれでも、初めてウガヤの素性に触れる話ができて嬉しかった。

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