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ソドムの市、バカ搾取原理主義、臙脂、

三月七日

大衆の心理は、すべて中途半端な軟弱なものに対しては、感受性がにぶいのだ。女性のようなものだ。かの女らの精神的感覚は、抽象的な理性の根拠などによって定められるよりも、むしろ足らざるを補ってくれる力に対する定義しがたい、感情的なあこがれという根拠によって決せられるのだ。だから、弱いものを支配するよりは、強いものに身をかがめるということをいっそう好むものである。大衆もまた哀願するものよりも支配するものをいっそう好み、そして自由主義的な自由を是認するよりも、他の教説の併存を許容しない教説によって、内心いっそう満足を感ずるものである。

アドルフ・ヒトラー『わが闘争(上)』「第二章 ウィーンでの修業と苦難の時代」(平野一郎/将積茂・訳 角川書店)

午後十二時二分。ネスカフェコーヒー、芋けんぴ。
隣の爺さんは生活保護を申請した方がいいレベルかもしれない。きのうもまた千円を借りに来た。金は来月にまとめて返すという。ガスを止められているので数日にいちど近所の銭湯に行っているらしい。たぶん彼は「自分はそれほど落ちぶれていない」と思っている。インターネットに接続されていなので「制度リテラシー」(上野千鶴子)も低い。教養も絶望的になさそうなので生活保護を「施し」だと勘違いしている可能性がある。つまり日本国憲法第二十五条について何も知らない可能性がある。電話でしか使わない「スマホ」を買うのにのこのこ「携帯ショップ」に行って「一円スマホ」に騙されてしまうのも問題だ。アンブローズ・ビアスの『悪魔の辞典』風に言うなら、「資本主義」とは「どんな不快や生きにくさもそれのせいにしておけばいちおう見当違いではなさそうな何か」なのだろうけど、場合によってはやはり「愚か者(情弱)に罰金を課するシステム」と言えそうだ。俺は大学入学時に親に奨学金を借りろと言われてまんまと借りてしまったような愚か者なので、たぶんこれからもあらゆる方向から「カモ」にされ続けるだろう。こまったな。ただ少なくとも俺は自分の知性を平均以上に見積もってしまうほどの馬鹿ではない(「レイク・ウォビゴン効果」という言葉をいま思い出したけど、私はそういう「通俗心理学」のようなものは好きではないのだ)。
昨日は図書館に行かず、またうつのみや香林坊店の古書市に行った来た。入手したのは、橋本治『江戸にフランス革命を!』(上中下)、野坂昭如『騒動師たち』、伊丹十三『女たちよ!男たちよ!子供たちよ!』、『テネシー・ウィリアムズ回想録』、柴田宵曲『古句を観る』、『アメリカ俗語辞典』、ジル・ドゥルーズ『マゾッホとサド』の九冊。しめて二六〇〇円。ウィリアム・バロウズの『ソフトマシーン』もあったのでいっしゅん買おうと思ったけどぱらぱら読むと「真珠の陰茎をアルマジロの肉片に浸しながら」みたいな俺がいつも書いてるようなことしか書かれてなさそうだったので買うのはやめた。バロウズは『裸のランチ』でもう飽きた小町。ほとんどの文学は俺には凡庸すぎる。しかしこまったな。賃貸だから本はきほん買わないことにしたいとか言ってからもうすでに一五〇冊以上は買ってるよ。アルコール依存よりたぶんこっちの依存のほうが深刻。そのうち寝るスペースがなくなるかもしれん。早く「図書館」を作らないといかん。本を車庫みたいなところで共有できる友人が必要だな。ジモティで探すか。

別役実『もののけづくし』(早川書房)を読む。
奇書。むろん「奇妙な書」という意味で。ひろゆき氏の「名言」ではないが「嘘を嘘と見抜ける」ような人でないと別役の「づくし」シリーズは楽しめないかも。それにしても海のものとも山のものともつかぬ文章を書かせたらこの人の右に出る人はたぶんいないね。
のっぺらぼう、ひとつめこぞう、さとり、ふんべつ、これくらい、かいせん、すなかけばば、どうも、あまんじゃく、とここで分析されている妖怪はすべてひらがな。ひらがなのほうが「妖怪感」があるのはなぜだろう。何よりも本書は「こじつけ」を通した社会批評だ。この人はいつも真剣にボケている。その真剣さがしばしば不気味に思えるほど。そもそも別役自身がもうすでに妖怪的なのだ。水木しげるや熊倉一雄が妖怪的だったように。いや人間はみな最初から妖怪的なんだ。
僕が好きなのは「つめかみは」。別役によると歯や爪や髪は人間と共生関係にある妖怪であるらしい。その一部を引用したい。

ところで、これらが我々と共生関係にある妖怪であるということになった時、問題となるのは「はげ」と「歯痛」である。共生関係そのものについては、古くからそのようにやってきたのであるし、ここへきて他と契約し直さなければならない理由は何もないのであるから構わないが、「はげ」は困る。そしてそれ以上に「歯痛」は困る。「はげ」というのはそれがそうなるいきさつから判断して、妖怪の側からの一方的な契約の破棄と考えざるを得ないが、その理由がはっきりしないのが不都合であるし、不愉快である。しかし、何よりも問題なのは、「歯痛」であろう。「歯痛」というのは、読んで字の通り、歯の痛みのことであり、歯それ自体が引き受けてしかるべき痛みであるにもかかわらず、事実上は我々が引き受けさせられているからである。

つめかみは

最初から最後までこの調子だから「ただの妖怪ファン」はとちゅうで投げ出すだろう。別役実の「本業」は劇作家だが、上述の鵺的エッセイのほかに、童話を書いたりもしている。戯曲については『天才バカボンのパパなのだ:別役実戯曲集』(三一書房)がおすすめで、童話については『淋しいおさかな』(PHP研究所)がおすすめ。
ハイチの治安はいまどうなんだ。ギャングが刑務所を襲撃したとか聞いたけど。いまも写真を撮るときにハイチーズっていうのかね。

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