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学会遠征編ショート版 第27話

CRAZY TIME

 今ここにいる僕のホテルは、シーロムの通りにある、明日の学会会場から600mで道一本の好立地だ。対してCRAZYが予約したところはここからもっと西にあるところである。とはいえ2km以内なので全然歩いて行ける。CRAZYの荷物も預けたいのでそちらに向かうことにした。またもや猛烈な暑さの中をかぎ分けるのである。南の方角に歩いていると、そこでは多くの人が路上で物を売っていた。こちら側も向かい側も食べ物や衣服が数多く売られている。中でも我々の目を引いたのが小道具を売っているお兄さんだった。ちょっとしたぬいぐるみやアクセサリーなど、観光客がお土産にと喜びそうなものばかり並べていたので2人して止まってみていくことにした。なんともかわいらしいグッズばかりだ。早速だがここでお土産を買ってしまおうということで各々気に入ったものを買った。僕はゾウさんのぬいぐるみ2つとゾウさんの小銭入れを買った。どれも20バーツという破格の安さである。これがこの国の物価ということなのだ。また、4個入りのマグネットをCRAZYとお金を出し合って2個ずつ分ける取り決めをした。彼は彼で息子に物をあげたいのだろう。彼は基本的に問題行動ばかりしているが、時折息子思いになるところはやはり人の親だ。もう少し進むとなんとコンビニのセブンイレブンもあったのだ。しかも日本の都会のコンビニのように、建物の一角に狭苦しく存在しているのである。ちょうど2人とも飲み物が切れてきたので新しいものを買うことにした。店内は冷房が効いていてむしろ寒暖差で鳥肌が立つくらいだった。やはり日本とは物価が全然違う。十数バーツもあれば飲み物なんて変えてしまう。幼少期の自販機よりも安い。その商品も思っていた以上に日本語で書かれたものが多く、日本人観光客の多い年なのだなと改めて実感した。僕はその日本語で書かれたヤクルト飲料と、少量のドライマンゴーを買うことにした。どうせこの後どこかしらでまたドライフルーツは口にするのだろうと思いながらも、空いた小腹の面倒と味見をしたいスケベ心に押されて選んだのだ。安いしいいだろう。先にレジに並んでいたのはCRAZYの方だった。ジュースを1本持ってレジに並び、支払いをクレカで済まそうとしていたが、
「300バーツ(=1200円くらい)以上でないとクレカは使えない」
と言われ渋々現金で支払っていた。タイ国内での支払いをすべてクレカで済ませようとにやついていたCRAZYにとっては痛すぎる出費だ。それを見て僕も100バーツ札を崩すことになった。店を出たらコンビニ前にATM的な機会が設置されているのを見かけた。そういえば、ここに来るまでに同種の機械はいくつも見つけた。何かあればここで現金を引き出せばよいのだろう。大事をとってCRAZYにはいくらか現金を持っておくことを勧めたが、またもや
「オカネガアリマセン」でアドバイスを水に流された。
 地図を見る限りCRAZYのホテルはこの大きな川を越えなければいけないようである。日本の皮に比べて横幅が広く、水の流れも遅いため茶色く汚い。この川こそが有名なチャオプラヤ川だ。こんなのに足をつかれば聞いたこともないような伝染病に体を蝕まれること間違いなしだろう。船を使って渡ることができそうだ。面白そうなので乗ってみたいという気持ちはあったが、オカネガナイCRAZYのために無料で川を超える方法も見つけておきたいということで、川の上を大きくまたぐ橋を使うことにした。歩いて渡るにはけっこう長い橋だった。補導があるのでそこを安全に歩くのだが、車道を飛び交う車やバイクは野蛮だった。よく見るとホンダやイスズなど日本の製品が多かった。ちなみにタイではバイクのことをホンダと呼ぶこともあるらしい。橋の上から記念写真を撮ったが背景はドブより汚い濁った茶色である。今の自分なら淀川をクロールで横断できそうだ。暑さに悶えながらも橋を渡り切ることができた。
 車道は少し高いところを通っていたので階段を下りて歩行者ルートを通った。川沿いには屋外ジムや公園があり、さらにはフットサルに興じる若者たちまでいた。元サッカー部の僕からすれば一緒に混ざってやりたいという気持ちも湧き出たが、こんなクソ暑い中本当にやりたいのかとすぐに冷静になった。確かに、真夏の練習中に何人の部員が倒れたことか。これを思い出せば冷静になるのに時間は要さない。川の向こうも似たような世界が広がっていた。路上ミュージシャンもいたが、同じレジャーシート上に寝転がる女の子はニンテンドースイッチに夢中になっていた。子守のために連れ出しているのだろうが、全く興味を持たれていないのには少し吹き出してしまいそうになった。地図の確認のために歩みを少し止めていたりすると路上バイク「トゥクトゥク」に乗ったおじさんから「乗っていくかい?」とよくナンパされるが、あと少しなので歩くことにした。こうしてCRAZYのホテルにも自分たちの足は運んでくれた。CRAZYがチェックインを済ませる間は近くのソファに腰かけて待っていた。順番を待っている間、またもやCRAZYは近くにいた男女に話しかけていた。"How are you? "からはじまり、楽しく会話していた。彼らはオーストラリアから来た人だと言う。その後は思っていた以上に外が暑いだというようなありきたりな会話で盛り上がり、すぐにチェックインの順番が回ってきた。こちらはもう部屋のカードキーを貰えていた。部屋に行けるならそこに荷物を置いていきたいということで一緒にCRAZYの部屋まで向かった。エレベーターに乗る前、その向かい側に青く透き通ったプールが見えた。
「ワタシは時間がないのでプールへ行きません。」
とCRAZYは頑張って日本語で伝えてきた。それもそのはず、いまだに明日の発表資料が完成していないからである。これはすなわち、発表資料を事前に教授に打ち合わせていないということでもある。それは怒られるのも無理はないだろう。
 エレベーターで上がった階はまだ掃除中だったが、部屋に入れるなら入りたい。渡されたカードキーを使って開錠しようとするがなかなかうまくいかないので、清掃員に使い方を聞いたら開け方を教えてくれた。差込口にカードを一瞬させばよいのだ。僕も部屋に入ってよいとのことだったので入室した。なかなかに良い部屋だ。赤色ベースの絨毯に見通しの良い景色。大きめの現代アートが額縁に入れて飾ってあり、CRAZYは気に入っているようだった。ここまで来て疲れたので休憩したいとCRAZYは言い、ソファに横になった。寝すぎてもよくないので30分休むのだが、その間僕は暇になるので冗談でベッドを使わせてくれと言ったら本当に使わせてくれた。あまりそういうのは気にしないタチなのだろう。念のため汗拭きシートでさっぱりしておいた。ついでにスマホも充電しておいた。数分くらいゆっくりとしていたら、CRAZYのスマホに電話がかかってきた。ゆっくり休んでいたCRAZYが嘘のように元気になり、饒舌に話し始めた。会話の仕方から察するに息子と話しているのだろう。タイ時間で現在は11時台なのでケニアはその4時間遅れの7時台だろうか。早朝から父親と会話しようとしているのが健気でかわいらしい。僕もその息子と少しだけしゃべった。その後もCRAZYはウキウキと電話していたが、僕は30分間休んだ。頭も体もすっきりしたところで再出発だ。

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