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『雌蛇の罠&女豹の恩讐を振り返る』 (30)女豹の飛び膝蹴り。

第2ラウンド早々、ダン嶋原は前に出た。第1ラウンドは相手の出方を見過ぎていた。嶋原はNLFS女子格闘家の研究から、様子を見すぎるのは良くないという結論に至っている。いくらタックルの達人ASAMIといえでも前に出てくる相手にそれは容易に決まるものではない。それでも、不用意に突っ込めば組み付かれてしまう可能性がある。そこは慎重に前へ出る。

多くの男子格闘家がNLFS女子格闘家に敗れてきたのは、女子と戦うことへの違和感、躊躇い、男として負けられないというプレッシャーがあったのは事実だが、実際にリングで相対してみると、従来の格闘技スキルとは異質で、彼女たちの間合い、リズムに戸惑ってしまう。気が付けばその餌食になっていることが多い。彼らは自分の力の半分も出し切れていない。
ダン嶋原は、そんな女子による女子のためのNLFS流格闘技を徹底的に研究してきた。

ビシッ! ビシッ!

2R開始早々、嶋原のローキックが麻美の太腿、下腿部に面白いようにヒットする。麻美とてKG会空手経験があり、NLFS道場でもムエタイ等のトレーニングを積んでおり負けてはいない。それでも、スタンディングでの打撃戦では明らかに嶋原の方が一枚も二枚も上。持ち前の運動神経でクリーンヒットこそ許さないが、麻美の脚、その美しい顔にも微かな痣が見て取れる。

麻美はこの不利な攻防を打破したく、色々フェイントしながら組み付こうと仕掛けるが嶋原は決して麻美のゾーンに入ってこない。それでも一か八か胴タックルを狙い一歩前に出た時だった。嶋原のハイキックが麻美の側頭部に炸裂。一瞬気が遠くなりそうになるとリングを這っていた。この試合初めてのダウンである。嶋原はそのままマウントになることなく麻美を見下ろす。寝技では麻美の領域になってしまう。あくまで立ち技で勝負するつもりだ。

ダウンを奪ったとはいえ、嶋原は手応えを感じない。あの角度からあのハイキックが決まれば普通なら決着がつくだろう。しかし、麻美との間合いを気にするあまり、どうしても一歩足りず腰が入らない浅いものになってしまうのだ。それに、麻美はキックが飛んでくる瞬間、微妙に身体をずらしている。恐るべき動物的カンとしか言いようがない。嶋原はゾッとした。

”今度、1Rのようにマウントになられたら脱出するのは容易ではないだろう…“

カウント8で立ち上がった麻美に向かって、
嶋原はすぐさま攻め立てる。パンチ、キックでロープに追い詰める。必死に組み付こうとする麻美だがそれを許さない。2Rも残り1分を過ぎた頃、防戦一方になった麻美に「まだ出来るか?」とレフェリーが声をかけると麻美は必死に前に出てきた。

“麻美ちゃんのバックボーンはレスリングが主だが本質的にはストライカー。それは兄の龍太君も同じ。流石、堂島源太郎さんの遺伝子。天才と言われたこの俺に、これだけ攻められても決定打を許さない。想像より遥かに高い打撃テクニックだ… ”
嶋原はそう思った。

前へ出てきた麻美だが、やはり、嶋原のローキックは厄介だ。再びロープに追い込まれる麻美だったが残り時間10秒を切ったところだったろうか、、、一瞬の隙をついて、麻美の右ストレートがカウンター気味に嶋原の顔面を捉えた。嶋原は足にきたのか?フラフラと後退する。チャンスと見た麻美が飛び込もうとしたところで第2ラウンド終了のゴングが鳴った。

嶋原はダウンこそしなかったが、ゴングに救われた格好になった。

” あれはカミソリパンチだ! 重さこそないが恐るべき切れ味。まともに喰らえば立っていられないだろう。打撃戦になっても決して油断は出来ないぞ…“

そして、試合は運命の最終Rを迎える。

もう、嶋原は戦っている相手が、あの可愛らしい麻美ちゃんという意識はなかった。目の前にいるのは男を喰らおうとしている猛獣、女豹ASAMIなのだ。
嶋原は猛然と前に出た。組み付かれる危険を冒してまでインファイトに持ち込もうとしている。猛攻が始まった。
麻美はインファイトに出てきた嶋原に組み付こうとする。こういう形になればチャンスだ。しかし、思っていた以上に嶋原の力は強い。これが、男の人のパワー? 体幹が強くて掴もうとしても跳ね返される。男子と女子のフィジカルの差を感じる。

強烈な嶋原のローキックが決まる。麻美はたまらず膝をついた。でも、麻美は嶋原が襲い掛かってくるのを待った。ガードポジションを狙い尻をついた状態で脚を嶋原に向けた。しかし、その作戦は嶋原も百も承知で乗ってこない。絶対スタンディングで決めてやるという意思の表れである。
再びスタンディングでの攻防から、麻美はコーナーに追い込まれた。それでも、麻美の打撃戦での防御テクニックもかなりのものでクリーンヒットを許さない。逆にローキックを打ち返しパンチを振るおうとしている。中々組み付くチャンスがないので打撃勝負に出てきたのか?

打ち返してきた麻美のカミソリパンチを警戒した嶋原が数歩下がった。そこへ麻美が襲いかかろうとすると、嶋原は体を躱し逆に右フックを打ち込んできた。それは見事に決まり麻美はダウン。
残り時間も2分を切った。それでも終了のゴングが鳴るまで麻美は絶対諦めない。カウント9で立ち上がると拳を構えた。そこへ嶋原が突進してきた。たちまちコーナーに追い込むと再び猛攻が始まった。

嶋原の打撃を受け続けてきた麻美は、その美しい顔、美しい脚が痣だらけである。防戦一方の麻美の様子を見たレフェリーが、試合を止めようかどうか?の素振りを見せている。嶋原もここがチャンスとばかりに絶対決着をつけようという形相。これが落とし穴だったのかもしれない。

残り時間1分を過ぎたあたりだった。
麻美を倒そうと攻撃一辺倒になった嶋原に隙が出来たのか? その一瞬を見逃さなかった麻美が背後に回ると腰に手を回した。それはがっちりクラッチした。そのまま、麻美は嶋原を後ろに投げ捨てた。見事なレスリング流の高速反り投げだ。麻美は体が柔らかく背筋力が強いので、美しい弧を描いたスープレックスであった。

嶋原にとっては初体験のこと。
絞め技や関節技対策をしたことはあっても投げ技を受けたことはない。それも、こんな強烈なスープレックスを食らい後頭部を強打。普通なら立ち上がれないはずなのだが戦う男の本能がそうさせたのか?

フラフラと立ち上がった。

目の前で宙に浮いている女豹が嶋原に目がけ飛んできた。

ズガッッ!!

麻美の膝が嶋原の顎に突き刺さる。

飛び膝蹴りである。

仰向けに倒れているダン嶋原。
それを見たレフェリーが手を振った。

戦う男は戦う女に敗れた。

つづく。


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