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『雌蛇の罠&女豹の恩讐を振り返る』 (28)龍の覚醒。

リング上でシルヴィア滝田と相対した龍太は不思議な思いになった。
“何故俺はこうして女性相手に真剣に戦おうとしているのか?”
男と女が格闘技で真剣勝負するなんておかしいではないか。男の方が絶対強い生き物に決まっている。あの日があるまでは、、、男はか弱い女を守るものと信じていた。

10年前、元日本王者のベテランキックボクサーであった尊敬する父が、まだ17才女子格闘家の挑戦を受け敗れた。そして帰らぬ人となった。龍太は女子に敗れた亡き父の無念を晴らすため、代わりにそのリベンジすることを固く心に誓った。
父の代わりにNOZOMIへのリベンジを果たしたい。それは分かっている。それでも、何故、女相手に自分はこんなに真剣になっているのだろうか? しかし、現実的には父とNOZOMIの試合以降、NOZOMIが興した女子格闘技団体NLFS所属女子選手が男子格闘技界に殴り込みをかけると、次々と男子格闘家を倒し男女対抗戦では女子が男子を圧倒してきた。それは、男子側が女子とはやりにくい、本気で殴ることは出来ないという戸惑いが大きいのだろうが、確実に男女の差が縮まってきたことは確かだ。

そんな様々な思いを胸に龍太はシルヴィアに目を向け、ゴングが鳴るとスススっと前へ出ていった。女とて容赦しない。。。

シルヴィアは堂島龍太が、又一段と逞しくなっているのを感じた。最初に龍太と手合わせしたのは10年前。当時のシルヴィアはまだ15才で、KG会空手の道場で龍太の父、源太郎に指導を受けていた。幼い頃から気が強くケンカ空手少女と異名があったシルヴィアを堂島源太郎は「君は女の子なのに根性があって素晴らしい。高校生男子でも君に勝てるのはそうそういないだろう」
シルヴィアはKG会空手の大先輩であり、人気キックボクサーでもある源太郎に褒められとても嬉しかった。

「龍太! このお姉ちゃんに稽古をつけてもらいなさい。シルヴィアさん、これは私の息子だ。相手してやってくれないか?」

それがシルヴィアと龍太の最初の出会いであった。当時、まだ10才の少年に過ぎなかったが、信じられないスピードに小学4年生とは思えない闘志で、流石のケンカ空手少女シルヴィアも驚くのだった。
“この少年は将来絶対に強くなる! 流石、堂島さんの息子さんだ”

シルヴィアは更に思い出していた。

龍太との初対面で稽古をやったのは今から10年前の夏だった。その半年後の年末格闘技大会で 堂島源太郎 vs NOZOMIがあったのだ。シルヴィアは男と女が格闘技で真剣勝負するなんて思っていない。どうせ、プロレス的なショーなのだろうと思っていた。しかし、尊敬するKG会空手出身でキックボクサーである堂島源太郎が、女の子の腕の中で失神したシーンは自分の目を疑った。いくら総合ルールとはいえ、一番強い格闘技は一撃必殺KG会空手だと信じてきたからだ。当時のNOZOMIは17才で、15才のシルヴィアとは2つしか違わない。そんな高校生の女の子が、あの強い堂島源太郎を倒してしまった。信じてきたKG会空手が女の子に負けてしまったようで悔しかった。それと共に女子であっても鍛錬によっては男子に勝てるのかも?とも感じた。
その後、NOZOMIがNLFSを立ち上げるとシルヴィアは早速入校した。彼女が格闘技デビュー戦で、巨漢、元幕内力士雷豪の顔面を破壊したのは3年後18才の時である。

龍太は同じKG会空手の先輩であるシルヴィアを前に遠慮気味に向かっていく。そこへシルヴィアのジャブが、ローキックが飛んでくる。その強烈な一打一打に怯むことなく懐に入るとその顔面に向かってパンチを振るう。何故か、あの柳紅華と対戦した時のような女子と戦っているという違和感がない。アフリカ系アメリカ人を父に持ちその褐色の肌、そして、鍛えられた肉体は女子とは思えないド迫力だ。女子の身体的特徴、しなやかな戦い方が多いNLFS女子ファイターの中では異質で、ガンガン真正面か前に出てくる。とても女子と戦っているという感じでなく男勝りのパワー。

龍太はシルヴィア滝田との因縁を思う。
小学生時代に稽古をつけてもらったのが最初だ。その5年後、龍太がKG会道場で稽古をしているとシルヴィアが訪ねてきた。そして急遽スパーリングすることになった。
15才の龍太は、既にNLFSのスター選手になっていたシルヴィアから2度のダウンを奪うも、下段蹴りを散々受けていた龍太も同時に倒れ込んだ。周囲はシルヴィア相手に善戦だと言うが、あれは龍太のみヘッドギアを装着してのもの。実力の差を感じた。

あれから、又、5年…。
これは宿命なのだ! 打倒NOZOMIという目的の前に立ちはだかる大きな壁。それがシルヴィア滝田なのだと思う。

試合は同じKG会空手出身、両者とも意地の打撃戦になった。ダウンの応酬、、、それでも、もうシルヴィアの胸を借りたあの頃の少年龍太ではなかった。いくらKG会史上最強女子と言われるシルヴィアであっても龍太は20歳になった立派な男。龍太はこの戦いの中で自分が覚醒していくのを感じていた。それでも、シルヴィアの打撃はその一発一発の破壊力がすごく、一瞬気が遠くなりそうになるのも何度か感じた。
彼女の打撃はKG会空手をベースにしているが、父は元ライトヘビー級ボクシング世界ランカーである。その指導も受けているようでより実践的になっている。殴り合いに限定すればボクシングは最強格闘技。
特にシルヴィアの右フックは、MMA男子70㎏以下級では植松拓哉に次ぐNo.2と目されていた酒井篤を一発で沈めている。NOZOMIの打撃が槍のようにシュッ!とした切れ味ならば、シルヴィアのそれはドスッ!と大木を刈る斧のようだ。

試合は最終ラウンド(5分3R)を迎えていた。
それまで双方4度のダウンを奪い奪われつつも、龍太はシルヴィアの動きがよく見えていた。そして勝負に出た。はっきりとした決着つけないとNOZOMI戦が遠くなる。
打撃戦に拘っていた龍太が、片膝を付いているシルヴィアの背後に回るとその首に腕を、、裸絞(スリーパーホールド)である。
完璧に極まったそれをレフェリーが確認している。抵抗するシルヴィアの動きが止まるとそこでレフェリーストップ。
宿命の対決を制したのは堂島龍太。試合後お互いの健闘を称え合うハグ。思いっ切り戦え自分の成長を確信した龍太。シルヴィアも負けて清々しい気持ちだ。壮絶な試合だったがふたりとも嬉しかった。

リング下で観戦していたNOZOMIは龍太の想像を絶する成長に心が震えた。
NLFS No.2?のシルヴィアに勝った、、凄い試合だったが内容は堂島龍太の完勝だ。
“私の近くに迫ってきたようね…”

NOZOMIの視線の先に植松拓哉が見えた。
彼はシルヴィアvs龍太の試合を見終わると
口元に冷たい笑みを浮かべ席を立った。
この試合で勝利した龍太は植松拓哉への挑戦権を得たことになる。

あの植松さんの笑みは “こんなもんか ” と思っているような冷たいもの。

NOZOMIはそう感じた。彼は国内であと一戦後、海外へ渡り世界王者ドナルド・ニコルソンに挑戦することを公言している。

龍太君は彼に絶対勝てない。私が…。


その頃、次の試合に備えてダン嶋原が控室で心を集中させていた。

ダン・嶋原vs ASAMIが始まる。

つづく。



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