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遍路47日目 帰福(最終日)

2022年11月2日(水) 天気 晴

朝6時過ぎに目が覚めた。
昨夜は晩御飯を食べ腹一杯になったまま寝落ちしてしまった。

船室は携帯の電波も入らないし、無料WI-FIも10分しか使えないので何もする事がない。

朝食は6:40からなので、それまで船室を出て携帯の電波が届く展望ラウンジで時間を潰す事にした。

6:40になったのでレストランに行き朝食を食べる。
今度は取りすぎないよう注意して皿に盛りテーブルにつく。
どうやらこの遍路の旅で胃袋が小さくなったようだ。
ちょっと少な目に取った量が丁度良い量だった。

少なめに取ってきたつもりだったが

朝食を食べ終わるともうする事がないので、荷物を纏めまた電波の繋がる展望ラウンジに行き新門司港到着迄時間を潰す。

フェリーの旅はのんびりして良いが、ネット環境が今ひとつなのがネックだ。

予定通り8:30に新門司港に到着した。

新門司港ターミナル

ターミナルの前には小倉駅行きの連絡バスが2台待機していた。
先頭のバスに乗り込み小倉駅迄行き、JRに乗り換え自宅に帰る。

小倉駅行きのバスの中で来春遍路に行きたいと準備している男性に声をかけられる。

バックに同行二人の笠を付けているのを見かけ遍路帰りの人ではないかと思い声をかけてきたそうだ。
宿の取り方や遍路グッズの購入方法など具体的な質問に答えているうちに小倉駅に到着した。
3月から徳島県の区切り打ちをするらしいので、頑張って回ってくれればな〜と思う。

小倉駅からはJR鹿児島本線の快速に乗って自宅に帰る。
伸びきった無精髭は意外にも家族に好評だったが、日常生活には不自由なので綺麗に剃る事にした。

のんびり風呂に入り体重を測ってみると、出発前より8Kgも減っていた。
88番の大窪寺を打った後は結構ハイカロリーな物を食べていたと思うが、フェリーの中で感じたように胃袋は小さくなっている様で、元の体重に戻るにはもう少し時間がかかりそうだ。

このまま胃袋も小さいままだったら、この体重を維持できるかなぁ〜。

でもあっという間の47日間だった。
最初は重い荷物も気にせず歩けていたが、室戸岬を回る頃から足にマメができ高知県はマメとの戦いだった。

中村の町で不要な物を自宅に送り返し、2Kg程度は軽量化できたと思う。
その後は体ができてきたのか軽量化のおかげか、荷物が重いと苦痛に感じる事はなかった。

足のマメが気にならなくなったのは松山を過ぎてからだった。
特に、松山で靴を買い換えた後はマメの心配もなく歩くことができた事が大きい。
靴の影響も多分にあるようだ。

足の筋肉はかなり無理をしていた様で、家に帰り荷物がない状態で歩くと、膝や太腿の筋肉が微妙に歩くリズムについて来ていないのが分かる。

松山以降新しいマメは出来ていないが、それまでマメの出来た所の皮がパリパリになって剥け始めている。
一番外側の古くて硬い皮と、2番目3番目の皮、一番内側の皮と足の裏の皮の硬さが違い、歩くと足の裏の皮がつっぱり、大きな絆創膏を貼っている様な感覚だ。

思い返すと苦しかった事も思い出されるが、終わってみるととても充実した日々を過ごせていたと思う。
次はもっと時間をかけて、88ヶ所の札所以外にも足を伸ばし四国を満喫したい。

今回は中途半端な参拝になった別格20ヶ所周りもしたい。
荷物をもっと軽量化し野宿遍路を楽しみたい。
そんな思いが強くなっていく。四国病にかかってしまった様だ。

最後に、このblogを読んでくださった方にお礼を言わせていただきたい。
個人的に旅日記をつけ記録を残す事と、家族にどの様な遍路生活をしているのかを知らせる事を目的に始めたblogだったが、投稿を続けるうちに800件以上のアクセスを頂いた。

(当初、他のblogで遍路中毎日投稿していたが、そのblogでは写真投稿ができなかったため、改めて今note.comにコピーして遍路中の写真を添付しています。)

拙い文章で非常に読みづらかった事をお詫びすると共に、最後まで読んでいただき大変感謝しています。
自分の記録として記載していた目的地・通過地の時間や、野宿場所などの情報が役に立つ事ができれば幸いです。

歩き遍路を暖かく見守りサポートして頂いた四国の方々に感謝をし、このblogを終わらせたいと思います。
以上ありがとうございました。

本日の歩行距離  2.7Km(4,046歩)
通算の歩行距離  1,290.7Km(1,838,091歩)


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