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憧れの一閃 七剣士物語 ~私たち高校1年生~ 其の三十二

※其の三十一からの続きです。気軽にお付き合いください。



 1学期の期末試験も終わり、今日から再び総武学園そうぶがくえん剣道部の練習が再開される。7月で引退するか悩んだ末、3年生の先輩方は夏休みいっぱいまでは練習や試合に出場する。他の高校は状況次第で、夏休み期間に世代を変えて新チームでスタートするのだが、総武学園うち琴音ことね先生が最後まで3年生の力を試したいようだ。藤咲ふじさき以外の実力が劣る私たち1、2年生の出番は、どうやら2学期からということになる。そして、もう一つ大事なことが。 

「……相馬そうま。……ありす。……です」
四日市美静よつかいちみせい……。お願いします……」

2人の新入部員。しかし、彼女たちがこうして道場で自己紹介するまでには長い道のりでもあった。私たち1年生部員だけで相馬と四日市の関係に決着をつけようとしたが、どこかで誰かは見ているもので、先生方も先輩たちも私たちがどう対応するのかギリギリまで泳がせていたらしい。当然、荒れに荒れていた相馬と四日市の関係も先生方は問題視していた。

「ま、まぁ! みなさん! 新しい新入部員も入ってきたことだし、夏の大会に向けて頑張りましょうよ!」

2年生の渡部わたなべ先輩が無理やり場を盛り上げようとするが、なかなか歓迎できたものではない。それだけ校内でも異端児であった相馬と四日市。テスト前休みで部活の練習がなかったのも幸いした。

「……今までの行いから、どう考えても『ありす』って名の柄じゃないよな」

八神やがみが私に耳打ちしてくる。雰囲気的に私は八神の胴を肘突いといた。他の先輩方は困惑していた。『大丈夫なのか?』と。

「……いいわね。特に1年生。私との約束。絶対に守ること!」

琴音先生がいつも以上に厳しい声を出す。大徳だいとく先生やあらし先生。そして琴音先生と交わした約束。

『部活内で喧嘩したら即刻全員退部すること』

いつもみたいな私や藤咲や八神が言い合う口喧嘩などではない。互いに傷つけあったら今度こそ琴音先生は許さないと。

「……雪代ゆきしろ。この件はあなたが責任持ちなさい」

私が言い出したことなので当然と言えば当然だ。当の本人たちは気だるそうに、今も目は死んでいる。あの日、相馬の弟、宏樹ひろきは泣きながら仲直りしてほしいと2人にしがみついた。ほとんど出なくなった声を懸命に出しながら。

「……じゃあ、今日は簡単に練習前の掃除から教える」

2人についてくるよう言うと、ひかりも手伝うと言って協力してくれた。説明中もほとんど会話はない。まるで脱け殻になってしまったように、ロボットみたく言われたことを2人はやる。

「……稽古前の掃除ぐらいは、中学でもやってた、でしょ?」

光が強引に会話を引き出してくれた。

「……あぁ」

四日市が小さな声で答える。雑巾を取ろうとした際に四日市と相馬の手が触れあった。

「……」
「……」

何かが起こるでもなく、互いに視線を合わせ、手を引っ込める。稽古が終われば1年生は再び道場を清掃する。2人はまだ防具を着けて稽古はしない。相馬にやられた四日市の喉。私の突きで相馬も喉元は真っ赤に腫れ、互いに包帯を首に巻いている。何より2人の心の問題は大きく残る。私以上に。制服は汚れてしまうが、それでも稽古終わりの掃除を2人は教えた通りにやった。

「イャーー! メーーン!!」
「メン! メン!! メンー!!!」

毎日毎日、道場には竹刀と竹刀が交じり合う音がする。相馬と四日市は正座をしながら見学する。稽古が終われば先生方も気にかけることなく、礼をしてさっさと道場から出て行く。冷たい対応と思われるかもしれないが、これはある意味でのテストだ。2人はちゃんと毎日道場へ来るのか?剣道の礼法を忘れてはいないか?なにより、お互い隣り合わせで正座しながら見学できるのか?2人に声をかける部員はいない。

(頑張れ2人とも。今は耐え時だ)

2人が見学に来るようになってから1週間が過ぎた。いつも通り、練習が終わった後の掃除を1年生がやっていると。

「……宇都木うつぎ先生」

四日市が琴音先生に声をかける。掃除をしながら近くにいる部員は耳を立てる。

「……ウチら、練習に参加できないんスか?」

相馬が言うと、琴音先生はギロッと2人を鋭く睨んだ。掃除をしていた1年生部員。片付けをしていた2年生部員。帰宅準備をしていた3年生部員もその場で背筋が凍る。琴音先生の『無言の圧』琴音先生の『怒りのボルテージ』。今は誰も琴音先生を見ることはできない。私も一生懸命モップを握ってゴシゴシ床を擦る。

「あ、あ……。わ、私たち、は、練習、参加、できない、の、でしょうか」

どっちが言ったかわからないようなロボットみたいな声が出る。直ぐに返事をしないのが、本当に怖い。

(琴音先生……。コワイッス!)

私は心の中で叫ぶ。道場は静まり返ったまま、ピリついた空気だけが支配する。一瞬だけ2人を見たが、目も合わせられずに体はガクガク震えていた。


                 続く





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