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記憶のすみっこ

距離も時間も離れた人の記憶に
ふと自分の影がよぎったなら
それはとても有り難く、嬉しいこと☘に思えます。

自分は、大勢の中で発言する事も、あまり多い方ではないし
多分、目立たぬ方の人で
きっと同窓会に行っても「誰だったかな?」と思われるに違いない
どんな場所に居ても、そんな頼りない存在感だと、常々思っていました。

引越しをしたのは、去年の秋の終わりで
今は春を待つ3月となり
こちらでも、新しい暮らしに慣れて来て
やっと今回、新しい職場にも通い始めました。

「新しい場所・こと・ひと」に慣れるのに
人一倍エネルギーが必要に感じます。

だからこそ、ひとつひとつ、1人1人
丁寧に感じて、丁寧に理解しようと思うのですが
やはりこれは、時間がかかります。

いちいち立ち止まっていては、列車に乗り遅れてしまうのでしょうが
もうそんなに急いでも、きっと遠くへは行けない気もするので
私は私のペースで「自分の時刻表」を刻んで行こうと思っていました。

そんな時に、以前の職場の知人から連絡が来ました。

以前の職場に戻って来ないか?と言う、お誘いでした。
そして知人は上司の代理という事で
戻る内容は、とても良い条件の待遇を伝えてくれました。

そして何より上司が
職場の雰囲気を変えたいと思った時に
自分を思い出してくれたことが
私には、とても嬉しいことでした。

影の薄い人なんだと、自分を思っていたので意外でもありました。

ただ良い返事をするには、乗り越えるハードルが高すぎて
残念ながら、期待に応える事は出来ませんでした。

いったい何歳だったら、どんな環境だったら
私は飛び込んで行ったのだろうか・・・。
自分の力を試したいと、考えたのだろうか。

でも、これはきっと年齢にも影響されることですが
私が「何を優先して暮らしたいのか」なのだと思いました。

神様は時おり「自分を見直すチャンス」のために
「小さな問いかけ」を
私のそばに、置いてゆくような気がします。

「あなたの大切にしたい事、人、空気感、願い」は何ですか?

そんな問いかけを、何度も頂いているような気がします。

生きていくことは、とても面倒なことだと言いますが
その面倒を
「苦」にするのも
「喜」にするのも
何だか、自分次第のような気もします。

誰かが、少し困った時にでも
誰かが、何だか少し、心寂しい時にでも
誰でもいいから話を、聞いてほしい時にでも

そこに浮かべる面影があったなら、それは幸せなこと☘


「美味しいご飯が食べたい」と
家族の誰かが、私を思い出してくれたなら
それは今の私にとって
一番の「よろこびごと」かも知れません。



追記
ギャラリーからお借りしたのは
大好きな「hoho」さんの作品です🌷ありがとうございました






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