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WRC 2023 Rd.8 Rally Estonia


後半戦の幕開け

WRCは早くも後半戦を迎え、エストニアで高速グラベル2連戦の幕を開けた。
このエストニアは2020年にWRCに昇格し、ここ数年夏の高速グラベル2連戦を演出してきた。
2020年は地元のタナックが優勝、2021年にはロバンペラが自身初の優勝と共に史上最年少優勝の記録を塗り替えた事でも記憶に新しい。
更に昨年は、圧倒的なラリー運びで、天候の移ろいも手伝い最終SSでは
2位エバンスを22.5秒も突き放す圧巻のベストタイムで2連勝を飾っている。

エストニアはラリーフィンランドの前哨戦としても捉えられることがあり
WRC昇格以前は、ラリーフィンランドに備えてトヨタをはじめトップチームがワークス体制で参戦をするなどしてきた。

熱狂的なファンはもちろん、ドライバー達からも非常に好評なイベントで
ロバンペラはカレンダーの中でも最も楽しめるラリーだとして笑顔を憚らない。しかしながら、2024年はERCで開催となり代わってラトビアが昇格すると決まっているため、今年で一旦エストニアはWRCを休むことが決まっている。

このラリーエストニアは今年もサービスパークを、第二の都市タルトゥに構える。国立博物館の敷地内にサービスパークが構えられるのだから、ラリー文化が如何に身近なのかが良くわかる。
全21SSで競われ、競技区間は300.42㎞、リエゾンを含む総走行距離は1366.66㎞となる。


ナローツイスティハイスピード

高速グラベル2連戦の片翼を担うエストニアであるが、そのキャラクターは
フィンランドと全く同じという訳ではない。
路面の砂は柔らかく、その量も多い。更に道幅が狭い箇所も多々あり
出来た轍を踏み外すと手痛いロスを抱えることになる。
更に、この掘れてしまう轍が曲者で、Rally1とRally2では轍の出来が異なる。
そのため、2回目のリピートステージでも、Rally2が大量に走った後で
Rally1の出走となると砂かき役とは違った難しさを背負うことになる。
コース自体も、狭く曲がりくねりつつ速度域の振れ幅大きい。そこを全開で攻めるには懐の深いマシンとセッティングが求められる。

加えて、エストニアはジャンプを人工的に盛る箇所があり、過去にはそのジャンプで背中を痛める選手が発生したりもしている。
19年のエバンスをはじめ、21年は勝田のコ・ドライバーを務めたバリットも
ジャンプの衝撃で負傷するなど、ジャンプの攻略についてもフィンランドとは違った走り方が求められる。
よってエストニアとフィンランドは丸きり同じという事は無く、其々に個性的な高速グラベルイベントだと言える。

ジャンプの様子
画像出典:トヨタGR公式HP

圧巻のロバンペラ

このエストニアはロバンペラが土曜日から完全制圧。SS9からSS21までを総なめにして、追いすがるヌービルに52.7秒もの大差を築いて優勝した。
そのパフォーマンスは正に王者たる堂々としたもの、初日の出走順の不利を囲う金曜日から果敢にプッシュ。午後の天気の崩れを受けSS5とSS6で更に攻めて前を行くヌービルをとっ捕まえる。後はそのまま首位で金曜をクリアし
土曜からはご存じの通りワンサイドゲームを展開、自分以外の全てを置き去りにしてみせた。

ラリーを通して殆どのミスも無く、パワーステージもガッチリ抑えて昨年の再演とでも言わんばかりのパーフェクトな走りを披露した。
ただ本人も述べているが、ラリー前にタナックがエンジントラブルに見舞われ、車検後だったことからエンジンの載せ替えで5分のペナルティを受け
それによりタナックがSS1より前からいきなり戦線離脱という展開は残念だと口からこぼしていた。

ロバンペラはこの優勝で自身通算10勝目を計上、これは同郷の先輩アリ・バタネンや01年王者のリチャード・バーンズの累計勝利数と同列になる。
もちろんここからロバンペラはもっと勝ち上がっていくだろうから、先を行くタナックとヌービルの現時点での18勝をいつ追い抜くのか注目だ。

ハットトリック(3年連続)優勝を喜ぶハルットゥネンとロバンペラ
画像出典:トヨタGR公式HP

ラリーエストニア 2023 最終結果
1位:カッレ・ロバンペラ/ヨンネ・ハルットゥネン(トヨタ)
2位:ティエリー・ヌービル/マーティン・ヴィーデガ(ヒョンデ)
3位:エサペッカ・ラッピ/ヤンネ・フェルム(ヒョンデ)
4位:エルフィン・エバンス/スコット・マーティン(トヨタ)

5位:テーム・スニネン/ミッコ・マルクッラ(ヒョンデ) 
6位:ピエール-ルイ・ルーベ/ニコラ・ギルソウル(フォード)
7位:勝田貴元/アーロン・ジョンストン(トヨタ)
8位:オイット・タナック/マルティン・ヤルヴェオヤ(フォード) 
9位:アンドレアス・ミケルセン/トルシュテイン・エリクセン(シュコダ) ※WRC2
10位:サミ・パヤリ/エンニ・マルコネン(シュコダ) ※WRC2


各チーム其々の週末

◆トヨタガズーレーシングWRT
トヨタは8戦中6勝を計上、この書き出しも"毎度"の事になりつつありトヨタ贔屓の筆者としては嬉しい限りだ。だが、冷静になってみてみるとこのエストニアは手放しで喜べる内容ではない。
ロバンペラは圧倒的なスピードで駆け抜けて見せたが、エバンスは最後までラッピを捉え切れず4位に甘んじている。
更に勝田は初日からマシンのフィーリングに苦しみ、土曜日もインターコムのトラブルなどが発生、結局最終SSまで満足なスピードを発揮することが出来なかった。
トヨタはこのエストニアからエンジンをアップデートし、戦闘力を高めて臨んだがエバンスも勝田も今一つスピードを引き出すことができなかった。
本来であれば、昨年同様に1-2フィニッシュを再演してほしかったが、それは叶わなかった。クロアチアを除いて、エバンスはもう少しの所でヌービルやラッピを抑えられない部分は、後半戦で早々に改善していって欲しいなと筆者は思う。
パワーステージは1-2を攫ったので、9ptの追加ポイントを得た。ここは評価したいところで、リザルトの2-3を固められてしまった上でこの9ptは非常に重要だった。
メイクスポイントの差は57pt差となっており、第12戦を終了時点で52pt差があればメイクスタイトルが確定するため、続くフィンランドで差を広げ、出走順から苦戦を強いられるギリシャなどで上手くダメージコントロールをしたいところだ。

◆MスポーツフォードWRT
ロバンペラと並び優勝候補筆頭に数えられていたタナックは、シェイクダウン後にトラブルのためエンジンの載せ替えを敢行。結果車検後のエンジン載せ替えは5分のペナルティとなり、タナックはSS1を走り始める前から優勝争いから脱落してしまった。
タナックはSS1~SS4、SS7~SS8でベストを刻み、土曜以降もアタックを続け最終的にはWRC2勢を全て抜き去り、8位まで戻ってきた。だが、エストニアではRally1のデイリタイアがだれも出なかったため、この8位が限界であった。
チームメイトのルーベについては、最終SSで前を行く勝田を逆転して6位入賞を果たした。ここ数戦で久しく大きなトラブルに見舞われず走り切ったラリーとなり、勝田を上回って見せたスピードは印象的なものであった。

◆ヒョンデ シェル モービス WRT
昨年のトヨタ勢につけられた圧倒的な差を想えば、かなり改善を果たしたと言える。この手の高速グラベルではここ数年良い所のなかったヌービルも2位を獲得するなど、サファリでのレッキ違反で失格によりポイントを失った中で、重要なポイントを得たと言える。
これで、一気に選手権3位までヌービルは返り咲いたが、首位のロバンペラまでは58pt差となっている。つまり、次のフィンランドで61pt差まで広げられたとして、それを第11戦のチリまでになんとかできないと、ヌービルの自力王者は不可能ということになる。
今季からヒョンデもマシン開発をフィンランドで行っており、こうした高速グラベル/スノーでのパフォーマンス改善は顕著だ。だが、結果的にはスウェーデンはフォードに奪われ、エストニアもトヨタとロバンペラの前にはベストを1本も取れていないので、ヌービルも言う様に「まだ何かが足らない」と言える。


ラリーエストニアのおわりに

【勝田はスピード不足に悩む】
勝田が得意なイベントの一つとして挙げていたエストニアだが、今回の勝田のパフォーマンスは精彩を欠くものであった。
土曜日はSS完走後にエンジンがストールする症状が頻発し、インターコムの故障などもあって相棒アーロンとヘルメットを交換して走る場面も見られた。
Dirt Fishのインタビューでも、自身のエストニアにおけるパフォーマンス不足に対して率直に答えており、フィンランドでの改善を誓っている。
だが、今年はパートタイムとはいえ、レギュラーチームに昇格した訳が故に仕切り直して次回次回!というのでは、この先シートは"普通"確保されない。
トヨタ内で勝田選手のシートについて、どう取り扱われているのか筆者は知らないが、自社内育成枠のため、他の選手に比べれば幾分か猶予はあるはずだ。
だが、昨年の安定感とコンスタントなリザルトを買われて昇格した以上、そろそろこの辺で表彰台は立っておかないと、フルモーみたいにWRC2への降格人事があってもショッキングではなくなってしまう。
F1ほど生き馬の目を音速でブチ抜くようなドロドロしたものはそこまで濃くないとは言え、WRCも世界選手権であり、トップチームの椅子の数はF1よりも更に少ない。
トヨタはすっかりWRCの強豪チームであり、サミ・パヤリの様な有望なフィンランドの若手も多く、そのシートが欲しい選手は多い。
うかうかしていると来年のモンテカルロには勝田の姿が無い可能性もある。勝田にはフィンランドでなんとしても表彰台を射止めるパフォーマンスを発揮してもらいたい所だ。

【スニネン初Rally1を5位完走】
2021年、開幕戦モンテカルロのSS1で右コーナーを処理しきれず、左手の土手にフィエスタWRCをぶつけ、そのままバウンドし崖下へズリ落ちたその日
そこからスニネンのキャリアの歯車は上手く回らず、軋み音を立てながらコトが思うように進まない時期に入った。
そして、2年前のここエストニアでも最終SSで岩にマシンをひっかけ、良い所が無く、その後の第8戦ベルギー終了後にはフォードから出ていくことになった。
そうしてここ最近をWRC2で過ごした彼が、このエストニアで久しぶりのトップカテゴリーへカムバックを果たした。久しぶりのワークスエントリーとなる中、ラリーを通して一貫したペースを発揮。
勝田やルーベに対して一度も逆転を許すことなく、安定感のある走りで5位を得た。次戦フィンランドでは出走順の有利もあり、その走りには当然注目が集まる。

【ロバンペラがリードを拡大】
ロバンペラがエストニアでフルポイント優勝を果たした事で、ドライバーズランキングでは170ptとし、2位のエバンスに55ptのリードを構築した。
エバンスの他にも、シルバーコレクターの渾名返上のために闘志を燃やしているであろうヌービルは58pt差、タナックは66pt差だ。実質エバンス、ヌービル、タナックのみがなんとか自力王者への道筋を残していると言える。
ここまでのポイントについて各選手の平均を見ると、ロバンペラは8戦平均で21pt、エバンスとヌービルが14pt、タナックが13ptとなっており、この平均点ベースで積算していくと第11戦チリでドライバーズタイトルに決着がつく可能性が出てくる。
もし、次のフィンランド終了時点でロバンペラが2位の選手に61pt差を築けたならば、続くギリシャ、チリとそのリードを見ながらラリーを戦えば良いので、ロバンペラの2年連続王者の公算が濃厚だ。
タナックについては既に66pt差となっているため、ギリシャの展開次第によっては自力王者の可能性が消滅、19年以来の王座奪還の道筋はすでに赤信号が点滅している。


次戦は高速グラベルその2フィンランド

次戦フィンランドは8月3日~8月6日にかけて行われる。
エストニアに続く高速グラベルイベントで、なんとトヨタからは監督であるラトバラが現役復帰を果たす。聞きなれた表現をするならば"代打、俺"だ。
オーナーであるモリゾウさんに隠さずRally1乗りたい!と言っていたラトバラの念願叶うラリーフィンランドで、もちろんラトバラの走りは注目だが
未だ地元での優勝はないロバンペラが地元優勝を攫って行くのか。
出走順的に有利となるラッピ、スニネンをはじめ、昨年優勝のタナックも出走順的には大きなチャンスがあるので彼らが躍動するのか。
真夏のフィンランドは今年もアツい展開になりそうだ。

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