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編集者として自分のまちと関わる|金澤李花子さん(新潟 / 30代)

LIVE DESIGN School の23年度メンバー同士が、根掘り葉掘りするインタビュー企画! 各地で活動するメンバーたちが日々考えていること、そして、LDSの参加を経て見えてきた展望とは...?

プロフィール
 
鎌倉市生まれ、新潟市出身。30歳。フリーランスの編集者。2021年12月に新潟市・古町にオープンした複合施設〈SAN〉の副館長を務める。
 大学進学のため上京し卒業後、東京で雑誌『TOKYO GRAFFITI』編集・ディレクションをはじめ、企業や自治体の広告・クリエイティブ制作業務に携わる。2020年9月から東京と新潟市の二拠点生活を開始。2021年9月、〈SAN〉を立ち上げるため、10年ぶりの新潟へUターン。移住を機にフリーランスとなり、リモートで企業や自治体のオウンドメディア編集業務や制作を行いながら、〈SAN〉でギャラリー兼ポップアップ企画を行う〈踊り場〉を運営。2023年9月からは、SANと並行して、新潟三越跡地のプロジェクト「み〜つ」を開始。より古町の未来を明るく想像できるための企画運営をおこなう。

━━ どのようなきっかけでLIVE DESIGN Schoolに参加されようと思いましたか。

私は新潟市出身で、現在フリーランスの編集者として活動しています。2年ぐらい前に地元に帰ってきて、あらゆる人がもっと好奇心を持って集まれる場所を作りたいなと思い、フリーペーパーを作ったりしていました。

リードデザイナーであり、新潟の上古町商店街で活動する迫一成さんにそのフリーペーパーが見つかって(笑)。迫さんからも「場所をつくりたいと思っている」という話をしていただき、そのために一緒にやらないか、という誘いを受けました。

当時、私にとって東京の魅力は様々な人と出会えることでしたが、コロナの影響でそれが難しくなりました。そんな中、迫さんが、一緒に場所を作ろうと言ってくださり、本格的に新潟に戻る決意をしました。

新潟では、迫さんはじめとするhickory03travelersの方々と職場が近くなり、一緒にお仕事をするようになりました。東京にいた頃は、ロボット的だったり、自我が強かったりするデザイナーに不信感を感じていた一方で、新潟にはディレクターや編集者がおらず、デザイナーがマルチにできるという状況で。ローカルには多い構図かもしれませんが、“デザイナー”がコピーライト、サイトのコーディング、写真撮影をするなど、ワンパッケージで何でもできる人が多いです。しかし、デザインとディレクションが一体化しているため、予算の関係もあるけれども、デザイナー1人の目でプロジェクトが進行していくことに、新潟のクリエイティブの危惧を感じていました。

それで、どうやったら編集者として新潟でデザイナーさんたちと一緒にやれるだろうか、と考えたときに、他の地域に根ざした幅広いデザイン活動をする人たちの動きを知りたくなりました。他の地域では、どのようなやり方があるのかを知り、これから新潟でどんな関わり方ができるのかヒントにしたかったというのが、LDSに参加したきっかけです。

━━ LIVE DESIGN Schoolに参加して、関わり方のレパートリーや他の視点について何か見つかりましたか?

開校式でもあったように、デザイナーという肩書きでデザイン全般を一括りにするのではなく、言葉がもう少し分解されるといいなと思いました。

新山直広さんのように行政や仕組み作り、巻き込むことが強いタイプや、吉野敏充さんのように人と一対一で好奇心を持って柔軟にプロジェクトに取り組むタイプなど、個々の特徴を感じました。

今では、私が東京で感じてきたデザイナーの印象とは異なり、デザインするだけの人ではないという安心感が生まれました。基本的にものづくりやデザインが好きな人たちが多くて、デザインしない私は、サポート・ディレクション側に回ることが多いので、何かそういう作りたい欲求がある人たちをもっとプッシュできるような立ち回り、やり方が私のあり方かなと思いました。

━━ LIVE DESIGN Schoolを通して、印象に残っていることはありますか?

アクションシェア(参加者自身が活動をプレゼンするプログラム)などを通して、SANのような場所は、思いさえあればどこででもできることだなっていうのはとても感じたことです。場所があって人が集まる企画やポイントを作れば、それが地域のアイデンティティになる。場所が違う、地域が違う、人が違う、エリアが違ったりするだけで、共通の仲間が全国にできていくんじゃないかというわくわく感を感じて、他の地域での事例から学びをすごい得ていますね、なるほどなるほど!と。

また、LIVE DESIGN Schoolのおかげで、これまで意識していなかった地域にも足を運ぶようになりました。例えば、この前は富山で活動されているリードデザイナーの羽田純さんのイベントに参加しました。これは外に友達ができるような感覚で、とても新鮮ですね。

━━ ズバリ、参加されて良かったですか?

一緒に学んでる人たちからの刺激は参加して良かったと思えるところです。参考にし合える関係というか。

LIVE DESIGN Schoolに参加されている方って、大人で、しっかり忙しいであろう仕事をしているのに、みんな頑張ってるなと思っていて、私も頑張ろうと刺激になります。みんな仕事を持ち、家庭を築き、人によっては東京で家も購入しているけれども、それでいて、ローカルな活動に深い興味を持ち、視察に来るなど、その熱意に驚かされます。

1年間のスクールなので、4月の開校式で出会った人たちの、みんなの頑張りが横でちゃんと見えますよね。たとえばアクションシェアでお話ししていた学生と福井のRENEWのイベントの場で会って、そのプロジェクトを実現させたという話を聞く機会がありました。

定期的に会うことで、みんなの努力が目に見える形で表れているのがわかりますし、言ったことを実行に移すのは難しいですが、サポートしてくれる運営とリードデザイナーがいて、そういう熱量がある学校はいいなと思って。そういう刺激がいくつもあります。私もそうやって行動していっていいんだなって思ったりしていますね。

あとはスクールを通して、新潟のデザイナーとどんどん事例を作りたいと思うようになりました。以前は自分のポジションにすごい悩んでいましたが、今はデザイナーをもうちょっと信頼して(笑)、一緒に取り組んで行ってみようと思っています。

━━ 今後は金澤さん自身、どのようなことをしていきたいと考えていますか。

独立して2年経ち、東京の仕事で外貨を稼ぎつつ新潟でのびのびと活動するスタイルから脱却したいなっていう気持ちになっています。

新潟でも、プロデュースや編集として入るお仕事が増えてきたり、地域の人たちから様々な相談をいただいたりしています。今までは時間や単価的に断ることもありましたが、地域にもっと根ざして活動したいなと感じています。

当初は新潟で失敗したら東京に戻ることも考えていましたが、新潟で生活するなら、ここで経済的な基盤も作り、新潟に軸を置かねばという気持ちですね。

(聞き手|尾崎友紀さん)


地域で必要とされる「広義のデザイン」について、各地のデザイナー陣と参加者どうしが学び合う場として始まったLIVE DESIGN School。現在、24年度のエントリーを受付中です!デザイナー(志望)はもちろん、イラストレーター / 大学生 / 行政職員 / 地域おこし協力隊 / 販売員 / 製紙業 / 百姓!などなど多様な肩書きの方にエントリーいただいています。詳細はこちらから!


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