#72

1. 勉強記録

今日は教育史の続きと英語の勉強をしました。

英語はまず、英検1級の単語帳200語に取り組みました。その後に長文読解をする予定だったのですが、何となく参考書を開く気分になれなかったので代わりに「なぜ犬はしっぽを振るのか」という英語論文を読むことにしました。語彙レベルとしては英検準一級~1級レベルだったので、良い勉強にはなったかなと思います。
今日の日記はこの論文の紹介です。

予定より時間がかかっていますが、明日こそ教育史のインプットを終わらせたいと思います。明日は日本教育史です。

また、明日はなんとか時間を作って卒論を進められたらなと思います。
久しぶりに言語学の話も書けたらなと思います。


2. 日記

論文紹介:Why do dogs wag their tails? (Leonetti et al. (2024))

今回紹介するのは、Leonetti et al.の『Why do dogs wag their tails? 』という論文です。なぜイッヌはしっぽを振るのか、という言われてみれば気になる疑問に迫る論文です。日記の始めと最後にURLを貼っておくので、ぜひ読んでみてください。オープンアクセスなので、どなたでも無料で全文読めます。

少し長く記事が長くなってしまったので、日記の本文を飛ばして最後の「まとめ」を読んだ後に実際にLeonetti et al.の論文を読んでいただくのも良いかなと思います。

また、Leonettiらが引用している文献の内容に関しても本文(この記事の本文ではなく Leonetti et al. (2024).)からご確認ください。
(この論文を紹介する上での著作権に関しては、Creative Commonsの規定を確認し、著作権上の問題が無いことを確認しておりますのでご安心ください。詳しくは以下の【重要】をご確認ください。)

【重要:著作権に関して】
本記事で紹介する『Leonetti et al. (2024). Why do dogs wag their tails? 』は、The Royal Societyから出版されています。The Royal SocietyはCreative Commonsライセンスを有していますが、The Royal Societyが有しているCCは「BY 4.0 DEED」となっているため、適切なクレジット(著者名・論文へのリンクあるいはDOI)を表示することを条件に自由なフォーマットでのシェア・改変が可能です。クレジットについては、この注意書きの下部と記事の最後に記載します。
本noteは論文紹介を目的としているため、論文の内容を筆者(しがない言語学徒)の言葉に置き換えて解説します。そのため、多少内容の改変が生じうることをここに記します。
また、CC BY 4.0では営利目的での使用も許可されていますが本noteは無料で全文公開しているため、Leonetti et al. (2024). を掲載することによって、noteの筆者(しがない言語学徒)に財産上の利益が生じることはありません。

Silvia Leonetti, Giulia Cimarelli, Taylor A. Hersh, and Andrea Ravignani. (2024). Why do dogs wag their tails? The Royal Society.
DOI: https://doi.org/10.1098/rsbl.2023.0407

犬(Canis)と人間は、大昔から居住スペースを共にしてきました。共に生活する中で、犬と人間は有効なコミュニケーションの手段、特に視覚的な手段を用いてきました。その手段の1つが、「しっぽを振る (tail wagging) 」という行為です。我々人間は一般的に、犬のしっぽを振る行為と犬のポジティブな感情を結び付けて捉えてきました。

ではなぜ、犬はしっぽを振るのか。この疑問に対する研究や理論的枠組みはこれまであまり注目されていませんでした。

ティンバーゲンの4つの問い
「なぜ犬はしっぽを振るのか」というのは非常にアバウトな問いであり、アバウトな問いでは研究を行うのが非常に困難になります。Leonettiらは、この問いに対して「ティンバーゲンの4つの問い (Tinbergen's four questions) 」をベースに考察することにしました。ティンバーゲン4つの問いとはオランダの動物行動学者のニコ・ティンバーゲンが提唱したもので、彼は生物の不思議な特徴について説明するには4つの問いに答えなければならないと考えました。それは、①その特徴はどのような仕組み(Mechanism)なのか ②その特徴はどのように発達するのか(Ontogeny) ③その特徴にはどんな機能(Function)があるのか ④その特徴はどのような進化(Evolution)を経てきたのか というものでした。
Leonettiらはこれら4つの問いに答える、あるいは考察するという形で論文を書きました。そのため非常に読みやすい構成になっています。
(ちなみに、ニコ・ティンバーゲンは1973年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。)

しっぽを振るメカニズム - 犬の感情としっぽの関係性 -
そもそも犬のしっぽというのは、脊柱の延長にあたるものだそうです。
では、どのようにしっぽの動きがコントロールされているのでしょうか。実は犬のしっぽは、脳からどのような刺激を受けているのか(つまりその犬がどのような感情なのか)によって、左右どちらかにしっぽを振る強さが偏るそうです。例えば犬が右側に強くしっぽを振っているとき、これは左脳が活性化しているときであり、正の感情価を持つ刺激が発生しています(感情価 (Valence)とは、ポジティブやネガティブという感情の質を規定する心理学の用語だそうです 難しいですね)。逆に犬が左に強くしっぽを振っているときは右脳が活性化しているときであり、負の感情価を持つ刺激が発生しているのだそうです。
めっちゃ嚙み砕いて言うと、右に強くしっぽを振っているならその犬はポジティブな気持ち、左に強くしっぽを振っているならその犬はネガティブな気持ち、ということでしょう。これがティンバーゲン4つの問いの1つ目、Mechanismの話です。

神経生理学(neurophysiology)という分野での犬研究によって、犬のしっぽの振り方はポジティブな感情とネガティブな感情の両方に関係していることは判明しました。しかしながら、そこからさらに進んだ議論については研究者の間でも意見や研究結果がバラバラなようです。
例えば幸せホルモンのオキシトシンとの関係性(なついている人間に会った時など)が指摘されたりもしているものの、まだまだ研究の余地がある状態です。

仔犬のしっぽ実験 - しっぽを振る行為の発達過程 -
「しっぽを振る」という行動がどのように発達するのかについて調べるために、ある実験が行われました。この実験では、人間によって育てられた犬(ビーグル犬)の子どもと狼の子どもが、どの時点でしっぽを振る行動を示すのかを観察しました。結果、生後4~5週間で仔犬がしっぽを振る行動を示し始めたのに対し、子ども狼がその行動を示すことはありませんでした。
この結果はまた別の研究者による実験で示された、「犬が実験者(人間)と親しくなるにつれ、しっぽを振る強さが徐々に左から右に移った」という結果にも沿うものでした。

つまり、犬(Canis / Domestic dogs)という動物は人間と長い時間を過ごすことで「しっぽを振る」という行動を発達させ、ある特定の人物と徐々に親しくなるにつれて正の感情価による右寄りの(ポジティブな)しっぽ振りが増える、ということが考えられます。
これが、ティンバーゲン4つの問いの2つ目、Ontogenyの話です。

しっぽが持つ意味 - 宥和・服従・ポジティブ感情 -
犬は「犬ー犬」「犬ー人間」「犬ー物体」の、どの場合においてもしっぽを振ります。ティンバーゲン4つの問いの3つ目 Functionの話では、これら3つの場面においてしっぽを振る行為がどのような機能(意味)を持つのかについて議論していきます。

犬同士、つまり「犬ー犬」でのコミュニケーションにおいて犬がブンブンと振るのではなく小さくしっぽを振っている場合、それは相手の犬に対して宥和(譲歩)や服従などの非攻撃的な意思を持っていることを意味します。
またある研究では「犬ー人間」の場面において、犬がしっぽを振るときはその人間に対して何かしらの要求を伝えようとしていることが示唆されています。この研究結果の可愛いところは、犬は親しい人間と親しくない人間の両方にしっぽを振りはするものの、最もしっぽを振るのはご主人が目の前に現れた時である、という点です。
最後が、「犬ー物体」におけるしっぽ振りです。ここでいう物体(object)とは、食べ物やビニール袋などの身の回りにある物を指します。犬は他の犬や人間との社会的交流の場面のみならず、食べ物やビニール袋を見た時にもしっぽを振るようです。この場面におけるしっぽ振りは、ポジティブな感情やある種の興奮を示しているのであって、恐れやストレスのようなネガティブな感情を示しているわけではありません。

「犬ー犬」「犬ー人間」「犬ー物体」、どの場面においても犬はしっぽを振るものの、その行為が示す機能(意味)はそれぞれ異なっている。これがティンバーゲン4つの問いの3つ目、Functionの話です。

しっぽ振りの進化 - 犬のしっぽは異質? -
最後はティンバーゲン4つの問いの4つ目、Evolutionの話です。
犬に限らず、脊椎動物のしっぽというのは体のバランスをとったり、虫を叩いたりするような運動的機能(locomotion)のために用いられてきました。しかし、イヌ科動物はもはやこういった目的のためではなく、むしろ儀式的なコミュニケーションのためにしっぽを用いていると考えられます。

ここまで解説してきたように、犬(Canis / Domestic dogs)のしっぽを振る行為はその発達過程等において、近い種族(狼など)と異なっていると言えます。そこで最後にLeonettiらは、「飼育(domestication)がしっぽを振るという行為にどのような影響を及ぼしているのか」という点について議論していきます。


犬の飼育が与えた影響 - 家畜化症候群の副産物か人間のエゴか -
言わずもがな、現在人間は様々な動物と共に暮らしています。
この「人間と共に生活すること」や「人間と頻繫に接触すること」は動物に大きな変化をもたらしました。犬の先祖として有力視されている狼と比較しても、たれ耳やクルンっと巻いたしっぽのような身体的特徴、ホルモンバランスの変化やそれに伴う攻撃性の低下、脳の萎縮などの変化が飼育された犬に見られます。このように、人間に飼育されることによってその動物に何らかの変化が生じることを「家畜化症候群(Domestication Syndrome) 」と言います。

家畜化症候群の理論によると、動物を飼育すること(domestication)は予期せぬ副産物を生むこともあるそうです。狼と犬を比較した研究では、犬は人間に飼育されてきた中で人間とコミュニケーションをとったり人間に協力する能力を大きく発達させてきたことが示されました。また、キツネを飼育して行われた実験では、人間に飼育されたキツネのしっぽは丸くカール状になり、しっぽを振る行動が見られました。この実験はキツネが飼育された犬のような行動を示すようにすることを"狙って"行われたわけではないのですが、偶然の結果として「飼育」によって人間との接触が増えたキツネは犬のような特徴や習性を身につけたのでした。
これらの実験から考えられる1つの仮説が、「犬が人間に飼育されることによってしっぽが丸くなったりする家畜化症候群が生じる。そのような変化の副産物として、しっぽを振るという行動を示すようになる」というものです。

もう1つの考え方が「人間は犬の家畜化のプロセスにおいて、よりたくさん、よりリズミカルにしっぽを振る犬を意識的(あるいは無意識)に選択してきた」というものです。Leonettiらはこの仮説を「the ‘domesticated rhythmic wagging’ hypothesis」と名付けました。
未だ明らかにはなっていないものの、認知神経科学分野での研究で「人間の脳はリズミカルな刺激を好む」ということが指摘されています。そのため、昔から人間はよりリズミカルに・よりたくさんしっぽを振る犬を(意識的にor無意識に)優先して選択してきており、その結果犬は人間とのコミュニケーションの中で特にしっぽを振るようになっているのではないか、という仮説が立てられました。

「人間に飼育されたことによる家畜化症候群の副産物として、犬はしっぽを振る行動をとるようになった説」と「リズミカルな刺激を好む脳を持つ人類がしっぽを良い感じに振る犬を優先的に選択した結果、犬は特に人間の前でしっぽを振る行動をとるようになった説」、この2つの仮説について現在も研究が進められています。


まとめ
今回紹介した論文では「なぜ犬はしっぽを振るのか」という大きな問いに答えるために、「しっぽを振る」という行動を主に 仕組み・発達・機能・進化 という4つの観点から考察しました。
「人間に飼育されたことにより犬はしっぽを振るようになった」という仮説と「人間の脳はリズミカルな刺激を好むため、良い感じにしっぽを振る犬を選択してきた。そのため、特に人間とのコミュニケーションにおいて犬はしっぽを振るようになった」という仮説の2つがあり、その検証が現在も研究者たちによって行われています。
我々人間にとって非常に身近な存在の犬。大昔から共に生活してきた彼らの事を、私たちはほとんど理解できていなかったのかもしれません。研究者たちによって犬の秘密が解き明かされ、より良いコミュニケーションをとれるようになる日が来ることを楽しみにしています。

今回紹介した論文 『Leonetti et al. (2024). Why do dogs wag their tails? 』の本文は以下のリンクから読めます。
可能な限り原典にも目を通していただけると幸いです。オープンアクセスかつCCの制限をこれほど緩くするのには、著者の方々はかなり大変な思いをされたと思います。
世界中の動物研究者に敬意を込めて、これで論文紹介を終わらせていただきます。

Silvia Leonetti, Giulia Cimarelli, Taylor A. Hersh, and Andrea Ravignani. (2024). Why do dogs wag their tails? The Royal Society.
DOI: https://doi.org/10.1098/rsbl.2023.0407

ではでは。最後までお読みいただきありがとうございました。


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