見出し画像

フェイ・エンダー/おわりびと⑱ 第三章 太古の記憶「3-2 期待という名の世迷い言②」


第3章 太古の記憶

3-2 期待という名の世迷い言②

( 前作 「 期待という名の世迷い言① 」 のつづき )


「二十三年間もほったらかしにしておいて、今さら名乗り出られてもなあ。
当然肉親の情はこれっぽっちも湧かないし、息子としての義理も感じないし、別段会いたいとも思わないぜ? それが今頃やっきになって死んだも同然の俺を探し回るとは、都合がよすぎないか? どうしてもっと早く探してくれなかったかな、と不信感で一杯なんだがな」

 視線をわずかに逸らした様子を見て、フィオランは鼻で笑った。

「利用価値を見つけたんだろう?」

「いや、違う。そうではない。誤解だ、フィオラン。陛下はともかく、ラダナス殿下は心からあなたに会いたがっておられる。長い間ずっと」

「よしましょう、アーネス。これ以上、誤魔化したって仕方がないわ。本当のことを言わなければ、この人は今度こそ姿を消してしまいかねない」

 ずっと傍観していたエリサが、ここが潮時と判断したようだった。
 険しい表情をフィオランへひたと向けてくる。

「あなたには力があるとされている。これはあなたが産まれ落ちてから、王室の魔道士も正教会の面々も口をそろえて認めた事実よ。
 古のモーラ族の末裔であるあなたは、代々の系譜の中でも傑出した能力を持つと。その力を持つゆえに、スタフォロス四世はあなたの養育を放棄した。次の王位継承者は長子であるラダナス殿下へと決まっていたから。
 長子相続は法ではっきり決められてはいないけれど、国王は殿下を自分の分身のごとく溺愛していている。もしあなたをそのまま宮殿で育てれば、派閥が二分して争うこともなく、自然と第二王子であるあなたが王太子に選出されたでしょうね」

 アーネスとは対照的で、エリサの歯に衣を着せぬ説明はわかりやすい分、どこか突き放したような冷たさを感じた。
 聞きたい情報をやっと正しくもたらされ始め、フィオランの苛立ちが鎮まってくる。

「あなたのお母様、モーラ族の姫エーティンが幼いあなたを連れて宮殿から逃亡するのにも、陰で陛下が手を貸されたのではないかとわたしは推測しているわ。そう思う根拠は、これまで第二王子を捜索するどころか、やっきになって探し回る正教会側をことごとく邪魔し続けてきているからよ。表向きは行方を捜すフリをしてね」

 これにはフィオランも注意を引かれた。

「なんだって?」

「あなたが見つかって具合が悪いならそうするしかないんじゃなくて?
まさか手にかける訳にもいかないでしょうし」

「おっそろしいことを言うねえちゃんだな」

「エリサ……」

 フィオランは呆れ、アーネスは女伯爵の不敬ぎりぎりの表現に頭を抱えて唸った。
 自分に向けられたがさつな物言いをあえて完全無視して、エリサは肩を竦めてみせる。

「事実でしょう? 宮廷人のように腹黒さを綺麗にデコレートして相手を操るなんて芸当、わたしにはできないわ」

「あんた、上位貴族なのに宮廷人じゃねえのか。ま、その方がイカしてるぜ」

 この下品な表現にはさすがに耐えられず、鼻の頭に深い皺を寄せてフィオランへ軽蔑の眼差しを送った。

「正教会側に目をつけられて今まで無事にいられたのはそういう訳よ。皮肉にも、陛下があなたを守っていたという事になるのかしらね」

「そんなに俺の力というのは魅力的なのかねえ。何もない所から金塊をホイホイ生み出せる訳でもねえのに。大体俺自身が自分のことをろくにわかっちゃいねえんだ。正教会は俺になにをしてほしいんだ?」

 正教会のことはこの際どうでもいいのだが、情報は必要なのでとりあえず聞いてみた。

「わたしたちにも実のところよくわからないわ。あなたを王位につけたいのか、それともあなたが持つ力を何かに利用したいのか。そうだとしても、その意図も目的もわたしたちには謎」
 
 多分その両方だろう、とフィオランは見当をつけた。
 目的はどうあれ、ろくなものじゃないと断言する。権力者の欲するものとは大抵相場が決まっている。

「そうまでして遠ざけていた息子を呼び戻したい理由はなんだ? まさか、俺に王位を継がせるつもりじゃあないだろうな」

「そうよ」

 あっさり肯定され、フィオランの顎が落っこちた。
 予想もしていない展開だった。どうりで、こんな重大発表を告げることをアーネスが嫌がるわけだ。
 部外者のベヒルは、魂消すぎて石像と化している。

「じょ…冗談も大概にしやがれ。おまえら、しょーもない変節野郎か? 
さっき何て言った? 王太子殿下のためにひと肌脱いでいるようなことをぬかしていたよな? 俺が現れたら、おまえらの大事な殿下の地位が揺らぐんじゃねえのか? それが大事な殿下のためになるのか? 言動が矛盾してねえか?」

「もうひとつ、理由があるわ。タルル山が噴火しそうなのよ」

 王位継承と火山噴火が結びつかず、フィオランは混乱した。

「ラダナス様は今、病を患っていらっしゃる。政務を執れないほどによ。
そんな状態で災害が起きてしまうことを非常に恐れておられる。ご自分の身にもしものことがあれば、ラダーンは後継の王を喪ってしまうのだから。
 陛下も殿下もそれを最も案じておられるのよ」

「さっさとガキを作ってしまえばいいじゃねえか」

 フィオランにとっては単純な問題のように思えたが、エリサもアーネスも異様な表情で黙り込んだ。その点については何か事情があるらしい。

「ラダナス様は弟君に会いたがっておられる。純粋に、心から。それだけを願いにしておられる。わたしたちはその決して口にはされない願いを叶えて差し上げたいだけよ。矛盾などしていないわ。周囲の思惑などどうでもいい」

 張り詰めた様子のエリサを見て、フィオランは気づいた。
 彼女は出会った当初から余裕がなく、狩人に追い詰められた獣のようにキリキリしていた。
 いうなれば、それは絶望の淵から必死にあがき、なんとか活路を見出そうとしている者の哀しい気迫であった。
 酒場で視た映像の一端を、エリサの面上に透かし見たような気がした。

「もしかして、時間がないのか?」

 大きな寝台に横たわる、やせ細った男だった。
 映像の流れが早すぎて顔立ちまでは確認できなかったが、あれが王太子だったのか?

 エリサは瞬きひとつせず、大きな眼を宙に据え、乾いた声で告げた。

「そんなことはないわ。ただ、ずっと体調を崩されて弱気になっておられる。殿下は聡明な方だから、心底国の行く末を案じておられるだけよ」

 嘘をついている。フィオランはそう直感した。まだ何かを隠している。
 表情のないエリサの、その眼の奥に押し殺した感情が暗く沈んでいるのを見つけてしまった。
 それを見てしまったのは失敗だった。
 フィオランは両の掌で顔をたっぷりと撫でおろした。

 後に引けなくなっちまったと、胸の内でぼやいた。
 同時に、これほど女に全身全霊をかけて愛される王太子をほんの少し羨ましいとも思った。
 手をおろしてアーネスを見やると、その誠実そうな目に山ほどの思いを浮かべて自分の言葉をひたすら待っている。
 フィオランは深いため息をついた。

「病人の見舞いに行くと思えば話は簡単だな」

 アーネスはほっとしながらも、気づかわしげに確認してきた。

「陛下に知られずに、王太子殿下の元へ訪れることは決してできない。陛下はあなたの存在を知ればすぐにでも」

「わかっているさ。いくら息子を溺愛しているからといって、この先玉座を空にするわけにはいかねえ。そのための苦渋の決断だったんだろうということくらい、無知な俺の頭でもわかる。結局予言通りになっちまいそうな展開だが、後継者が必要で焦っているのはあくまでもそちらさんの都合だ。俺の知ったことじゃねえ」

 眉根を曇らせたアーネスを制するように、すぐにフィオランは言を継いだ。

「ラダーンへは行く。ついでに親父の顔も拝んでやる。だが王位継承だのなんだのという話を受け入れるつもりはない。はっきりと本人にもそう言ってやるさ」

 きっぱりと断言しながらも、話し合いは相当もつれる予想はしている。

 そして国王以外にも厄介な存在がもう一つある。
 フィオランの入国時、正教会がどう出るか予測がつかないのだ。
 まさか国内に入った相手を堂々と誘拐するとも思えないが。
 さらに、まだ釈然としないことが残っていた。

「山が火を噴くことはそりゃあ一大事だろうが、どうも腑に落ちねえ。
国の一大事に、勝手の分からない借り物みたいな王子がそんなに必要かねえ。年老いた王だろうが、病気持ちの王太子だろうが、国を動かす熟練者が二人も揃っているんだろうが。俺の出る幕はないと思うがな」

 このわざとらしいぼやきに、二人はひやりとした顔をした。
 なぜわかるのだ――恐ろしく頭が回る。そう顔に出ている。
 まったく育ちのいい人間というのはこうも素直なのかと、フィオランは感心した。

「王や王太子の目的は、本当はもっと別なんじゃないのか? あんたら、それを知っているんだろう? ……たとえば、俺にあるという力」

 フィオランは身を乗り出して、アーネスへ顔を近づけた。

「もう一度聞くぜ。本当は俺に何をしてほしいんだ?」

 アーネスは深い溜息をついた。これを言ってしまえば、前言を撤回されるかもしれない。

「……魔道士たちも正教会も、あなたには災害を食い止める力があるとみている。陛下はそれを信じておられる」

 フィオランは思いきり天を仰いだ。
 
 どいつもこいつも時代錯誤もいいとこだ。
 今は魔法や妖術が飛び交う太古の昔か?
 世迷い言も大概にしやがれ、と怒鳴ってやりたかった。

「フィオラン――」

 心配そうに呼ばれ、フィオランはどうっと息を吐いた。

「会うと言ったからには約束は守る。心配しなくていい」

 アーネスは今度こそ心から安堵した。
 フィオランに至っては、文句は当事者にたっぷりと浴びせかけてやる心づもりであった。

「あなたを守ることも我々の役目のひとつと思っている。わたしは王直属の近衛隊を率いている身分だ。魔道は使えないが、それ以外の事ではかなり役に立てるだろう」

 アーネスはそう言った後、胸に片手を当てて深々と頭を下げた。
 これにはフィオランも慌てた。

「何の真似だ、やめてくれ」

 顔を上げたアーネスは真摯な面持ちで、心をこめて言った。

「殿下とわたしたちは幼少の頃から今日まで、兄弟のように共に育った。
 わたしたちにとって家族以上の意味を持つ大切な方だ。その方をやっと安心させることができる。ありがとう」

「礼を言うのはまだ早いんじゃねえのか?」

 フィオランは顔を顰め、背を向けた。
 誰かのために動くわけではない。あくまでも、自分がそうしたいから決めただけのことだ。
 ましてや、火山活動をどうにかしようなど、思い上がった考えはこれっぽっちも抱いていない。

 自分の勝手な思惑に対して頭を下げられるのは、どうにも居心地が悪い。育ちがいい人間というのは相手を疑うことを知らない。この先自分が何をしでかすか、わかったものではないというのに。
 そんなフィオランの背を、エリサは何ともいえない表情でじっと見つめている。

 話がひと区切りついたので、フィオランはヴィーの傍へ歩み寄った。
 個人的な内容に遠慮して、ヴィーとベヒルは部屋の隅でひっそりと待機してくれていたのだ。

 壁に背を持たれて佇むヴィーの足下で、ベヒルは頭を抱えるように蹲っている。
 話の内容に衝撃をうけているのだろうが、恐らくそれ以上に自分が属する正教会のもうひとつの姿を知り、苦悩しているのだ。

 ベヒルの価値観が大きく揺らぎ始めているとしても、その葛藤は本人自身が向き合い乗り越えることだ。してやれることは何もない。
 顔を上げたベヒルと目が合ったが、結局声をかけることはしなかった。

「あんたとはラダーンへ入国した時点でお別れかな?」

「そうなるだろうな」

 フィオランは二の句を告げようと口を開きかけたが、思いとどまった。
 今、口をついて出そうな言葉は、少なくともこの場には不似合いだった。
 この一風変わった案内人との二人きりの旅を結構気に入っていたことを自覚し、それが過去になってしまったことを残念だと思った。


~次作 「 3-3 怪鳥ラミア 」 へつづく


 


この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?