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第85回全国都市問題会議     「文化芸術・スポーツが生み出す都市の魅力と発展」


令和5年10月に青森県八戸市で行われた第85回全国都市問題会議の内容です。今回は「文化芸術・スポーツが生み出す都市の魅力と発展」がテーマ。この内容は講演内容及び当日配布された資料を基に記述しています。


【基調講演】
「アートの役割って何だろう」
        日比野克彦氏(東京藝術大学長アーティスト)

<要旨>
 アートとは一体何か?アートが人に及ぼす機能、可能性を改めて考え、現代社会における人に対してのアートの働きを、①「生きる力」、②「多様性ある社会を築く基盤」、③「社会的な課題に対して持続的に取り組み続けていくには大切なものである」等の3つのとらえ方で分析する。
 ①アートとは「生きる力」と捉える。アートに欠かせないのは想像力である。想像力を備えているアートには、時間に制御されてしまっている私たちの身体の中の時間を柔軟に伸ばしたり、縮めたりすることができる機能がある。アートには、自分ではどうにもできない時間をにじませることができ、人間が人間らしく生きていくためにとても重要な役割をもっている。
 ②アートは「多様性ある社会を築く基盤」と捉える。現代社会において、多様性の価値観への眼差しが次世代の大きなテーマとなっており、誰もが互いにその人のそれぞれの「らしさ」を排除しない社会を目指している。他者との違いがその人の個性となるというアートの価値観は、多様な価値観の存在を認識できるフィールドになる。他者との差異には明確な線を引くことはできず、アートには、人と人のあいだにある永遠に広がる差異のグラデーションを認識できるという特性がある。
 ③アートは「社会的な課題に対して持続的に取り組み続けていくには大切なものである」と捉える。人の心を動かすことはアートの機能、役割、特性ともいえる。様々な社会的課題には共通する原因がある。その共通の原因は人の行動に起因しているということである。その行動を変容させるには心の動きが必要であり、心に作用するところにアートが機能してくる場面がある。
 アートは時空間で制御される以外のところの感覚を、人が忘れないように気づかせてくれる。今ではない未来を想像する力、ここではない場面を想像することができる力、一人一人の差異を否定することなく、そこにいることを排除しないという感覚。創造力を備えているアートは人の生きる力になって、一人一人の差異を個性という価値観を持ち、人を繋ぎ心に作用するアートは、社会的課題に取り組んでいく上で大切なものになる。


【主報告】

「八戸市の文化・スポーツによるまちづくり」
熊谷雄一氏(青森県八戸市長)

<要旨>
 八戸市では古くから、市民による文化活動が、様々なジャンルにわたり、幅広い年代で活発に行われてきた。市は、2006年、「市民の多様で特色のある自主的な文化活動」を「多文化」と定義し、市民や有識者による「多文化都市八戸推進会議」 を立ち上げ振興策を検討してきた。
2011年には、地域資源の魅力、を創出・発信し、文化芸術、産業、観光、市民活動、子育て支援といった各施策を一体にした施設として、新たな交流と創造の拠点、八戸ポータブルミュージアム「はっち」が開館した。オープンした。
 八戸のアートプロジェクトは、アーティストのアイデアと地域の協働を通じて、地域資源を活用し新たな魅力を発見し発信してきた。市民が当事者として参加し創作できる場を提供することが「はっち」運営のキーコンセプトとなっている。これに基づいて、八戸ブックセンターや八戸まちなか広場マチニワ、八戸市美術館など、異なる役割を持つ文化施設を整備し、市民と連携して企画事業を展開している。
 また、八戸市はスケートが古くから盛んで、数々の大会が開催されてきた。2023年には全国最多の14回目の「国体」が開催され、スケートは八戸の文化として根付いている。長根リンクは歴史あるリンクであったが、老朽化により閉鎖され、YSアリーナ八戸が代わりにオープンした。また、フラット八戸という民間施設も登場し、スケートに関する新たな展開が進んでいる。市はスポーツ・ツーリズムの推進など新たな展開が生まれた。さらには市と競技団体が連携し、競技人口を増やすために「氷都八戸パワーアップロジェクト」を実施している。
 文化・スポーツが多くの人を引き付けてやまないのは「生きる喜び」に直接訴えかけるという、本質的価値によるところが大きい。文化・スポーツは、この本質的価値をコアとしながら、社会的価値や経済的価値を有すると言えるが、社会的価値の側面に焦点を絞りながら、都市経営における文化・スポーツが持つ力について考えを巡らせてみたい。
 継続的な取り組みを行っていく上では、拠点があることが重要である。「本のまち八戸」の拠点である公営のブックセンターは書店機能を持ち、「本を『読む人』を増やす、本を『書く人』を増やす、本で『まち』を盛り上げる」を運営の基本方針とし、企画を担う専門人材を確保しながら、様々な取り組みを行っている。その取り組みの一つに、地元の民間書店間のネットワークづくりがある。公共の施設が専門人材という人的資源をもちながら、ハブとなる持続的な拠点として、まちのコミュニケーションの新たな回路をつくり、ネットワーク化することが、内需経済のプラスも生み出しながら、「地元民間書店」という地域資源を活かすことにつながっている。
 人々の関心やテーマに基づく顔の見えるリアルな人と人との関係づくりの重要性が相対的に高まっている。プロセス重視型のアートプロジェクトや、「はっち」の事業は若者をはじめとして、新しい人を惹きつけている。八戸美術館は、アートコミュニティーを耕し、地域社会のことを考え、アーティストと共に創作活動に取り組む市民を「アートファーマー」と呼び、市民が主体的に美術館経営にかかわることや、地域都のつながりを生み出すことを目指している。スポーツでは各プロスポーツチームが取り組む育成チームやスクールへの小学生等の参加を通じた、親子同士のつながりやチームを支えるブースターやファン同士のつながりは、新たなコミュニティである。
 八戸美術館の「ジャイアントルーム」は展示企画と連動した市民参加型の様々な活動を行う場所であり、また同時に、美術とは異なるジャンルのモノやコトを受容し、出会う場としてあるいは「美術」に特化しない曖昧な場所として、例えば美術に関心のない人にとっても居心地の良い場所として機能している。
 効率や成長を重視することから成熟社会への価値観の転換を前提としたまちづくりの在り方の一つとして、互いの顔や活動が見える空間づくりにより、コミュニティ間隔を醸成し、そこに誘発される交流からより良い社会をつくるイノベーションが生まれるきっかけになればよいと考える。

【一般報告】
「まちづくりの活力は地域に根ざした文化政策から育まれる」
吉川由美氏(文化事業ディレクター 演出家)

<要旨>
 八戸市は中心市街地の活性化を目的に「八戸ポータルミュージアム はっち」を2011年2月に開館させた。「はっち」は、八戸の人びとの営みを訪れた人が知り、疑似体験できる施設で、当時のまちづくり文化観光部まちづくり文化推進室により企画された。八戸の職員はアートの力で中心市街地を再生していこうという明確なビジョンを持っていた。
まちを再生する市民力を高めるには、市民がジブンゴトとして参加できる、分野を横断し壁を揺さぶるようなアートプロジェクトが必要だと考え地域に根差したテーマを探し、アーティスト、市職員、コーディネーターたちとプロジェクトを進めた。
 八戸市は文化のまちづくりを進めている。文化政策は、コンサートや展覧会の鑑賞の機会をつくり出すだけでなく、市民が主体的に心豊かに生き生きと生きられる地域社会をつくる政策に他ならない。
 アートプロジェクトの現場では、異なる立場の人たちの間にある壁が壊れ、対等の語り合い、異なる価値観を認め合える場が生まれる。例えば、八戸三社大祭における山車づくりは、世代や立場、考え方も異なる人々が創造の難しさと喜びを共有している。寛容に違いを受け止め認め合い、孤独から解放され、地域社会の一員としての自分自身を確認し、人としてのあり方を親や上司以外から学ぶことができる。
 そして、祭りを「支える」市民の無償の行為と心意気こそが、八戸三社大祭を支える「地域の分母としての文化」である。大切なことは、人々が疲弊することなく、祭りや芸能に参加する喜びと意義を感じ続けることで、その継承につながる。支えている市民力の価値を可視化し讃える機会「地域の分母としての文化」の価値を行政も市民も意識するべきだ。
そして、文化は地域社会の分母として、根源的な地域基盤である。それは、危機的な状況に置かれた人間に、再生へのクリエイティブなアクションを起こさせる力をもたらす。
 2010年からにも関わってきた南三陸町は2011年の東日本大震災でまちの主要部と基幹産業、行政機能をまるごと失った。しかしながら産業の復旧にとどまらず、持続可能性を意識した先駆的な方向性で進められてきた。最も被害が大きかった戸倉地区の37人の漁師たちは、2016年に日本初のカキ養殖での国際認証を取得した。震災前、我欲にまかせ海の環境を悪化させてもカキを密植してきた彼らは、復興のために自身の養殖の権利を全員が一斉に放棄する決断をした。その決断を促したのは、「地域社会の分母としての文化」の力である。文化こそが、より困難な選択へと人を駆り立て、未来のために挑戦する気概を人の心に生み出すのである。
 地域課題が山積する今、文化政策はどうあるべきか。「地域の分母としての文化」は、災害などの危機から再生する力やインクルーシブな思想を住民の中に育み、自身を肯定しながら安心して生きられる社会の礎を創る。分子としての文化政策より、分母を支える文化政策が求められている。まちのソフトパワーと地域社会の分母を担う人づくりを意識し、地域に根ざした文化政策のあり方を考えたい。

「標高差1,500mの地勢を活かしたスポーツ・ツーリズムの創出」
花岡利夫氏(長野県東御市長)

<要旨>
 東御市では、平成30年に文化芸術やスポーツの一層の振興および身近な文化芸術やスポーツが持つ「魅力」や「可能性」を再認識し、総合的かつ効率的に推進できる体制の構築とともに、地域の資源や特性を活かした「まちづくり」を図るため、文化芸術行政とスポーツ行政を市長部局へ移管するとともに「東御市スポーツ推進計画」と「東御市文化芸術推進計画」をそれぞれ策定した。
 本市は市のほぼ中央を千曲川が東西に流れ、その右岸から浅間山系にかけては標高差が1,500mにも及ぶ南面傾斜の扇状地が広がっている。この標高差のあるまちの特徴を活かすためにまず思いついたのが、ワイン醸造ともう1つ、標高差を活かせるものが「高地トレーニング」だった。
 この高地トレーニングエリアを中心施設が「湯の丸高地トレーニング施設」である。かねてより日本において水泳の高地トレーニング施設の適地を模索していた日本水泳連盟が視察に訪れ、湯の丸高原の"1,750m" という標高に興味をもった。高地トレーニングは、高地の低酸素状態で血液中の酸素を体内に運ぶ能力を高めるものだが、2,000mクラスの高さでは高地に順化できる人とそうでない人との個人差が出る。その点、「湯の丸」は1,750mであり、専門家によると個人差が出るのを避けられるギリギリの標高とのことである。
 建設にあたっては資金面で大きな課題があった。当初、高地トレーニング用屋内プールの建設費は、補助金と寄附金などで賄うことを予定していたが、補助対象にならず、寄附金も十分に集まらず、その一部を地方で賄うこととなった。しかしながら企業をはじめ個人多くの方から支援をいただくとともに、施設運営費も当初想定の半分程度に抑えられたことなどから、地方債償還の財源となる基金も順調に積み上がり、所期の目的のとおり、財源確保に目途が立つ段階にまで至り、今般、償還は無事終了した。
 スポーツ施設は、すべて公費で設置・運営するのが当たり前という考え方ではなく、施設の設置によって利益を得る者(ステークホルダー)等と相互に協力し合うという意識改革、ステークホルダーが建設にあたっても、運営に対しても応分の負担をし、地域とともに支えるという新しい形の地域づくりスタイルこそが地方創生"なのかもしれない。すでにある地域資源から自らの手で新しい価値を生み出したこと、そして多様なステークホルダーが参画・連携し、共創によって新しい公共スポーツ施設が建設されたことに大きな意義があると感じる。
 平成29年11月には、国内最高地点の全天候型400mラックが完成し、令和元(2019)年10月には、高地トレーニングができる国内唯一の屋内プール「GMOアスリーツパーク湯の丸屋内プール」が完成した屋内プールは標高1,735mに立地し、50m×8レーン、水深2mであり、日本水泳連盟の公認規格を満たしているほか、日本オリンピック委員会水泳競技強化センターに認定されており、アスリートのパフォーマンス向上を支える環境が備わっている。また、パラリンピック競技のハイパフォーマン向上のための施設として、日本障がい者水泳協会から助言いただく中で、ユニバーサルデザインを取り入れ、パラリンピック・アスリートの競技力向上にも資する施設環境を整えた。
 高地トレーニングの取り組みを中心にご紹介したが、地域資源を活用し、地域活性化・健康長寿に取り組むための土壌も以前からあった。高齢者モデル施設「ケアポートみまき」や医科学的な見地で側面的な支援を行う「身体教育医学研究所」などを中心とした高齢者の転倒・介護予防活動のほか、里山の自然のなかで子どもたちが自ら考え、遊びを通じた育ちの応援、ボッチャを中心とした障がいの有無に関係のないみんなのスポーツ普及活動など、地域の課題を地域の資源として活用しながら、これまでも市政運営を行ってきた。
 これからも、多くのアスリートが湯の丸でトレーニングを行い、国際的な競技力を向上させ、東御から世界へ向かう場所であり続けるとともに、将来的には日の丸に医科学的なデータを集積させることで、市民の健康長寿の取り組みに還元できる場所にしていきたい。


「まちづくりにおけるプロスポーツクラブの有効活用」
          鈴木秀樹氏(株式会社アントラーズFC取締役副社長)

<要旨>
 1993年に10クラブでスタートしたJリーグ(日本プロサッカーリーグ)の加盟クラブは30年の歳月を経て、60を数えるまでになった。それ以降、全国に100を超えるプロスポーツクラブが存在する。
 ほとんどのクラブが本拠を置く地域に根を張り、地域の象徴的な存在として、地域に活力を与え、またその存在はシティーセールスにつながる。しかし、プロスポーツクラブは単に地域ににぎわいをつくるだけではない。人々の心象風景を変えるにとどまらず、まちの姿そのものを変える力がある。プロスポーツクラブには地元自治体、企業と連携しながら、まちづくりを推進していくポテンシャルがある。
 鹿島アントラーズは発足30年の歩みから、まちづくりに関わることこそが地域に存在する意義であるという思想に至った。だがまだ、その点に気付いているクラブは非常に少ない。そして、プロスポーツクラブを抱える自治体もそのように認識していない。
 アントラーズが本拠を置く地域はかつて農漁村だったが、高度経済成長期の1960年代に大規模な工場群、火力発電所が立ち並ぶ工業のまちとなり、それに伴い雇用が生まれた。しかし、近隣に娯楽施設がなく、若者の首都圏への流出が社会問題になっていく。旧住民と新住民をいかに融和させるかという課題も生まれた。そのため鹿島町、神栖町、波崎町(当時)が有識者と共に「楽しい街づくり懇談会」を立ち上げ、議論を重る中、日本サッカー協会によるJリーグ構想が目にとまり、「サッカーによるまちづくり」に舵を切った。
 そして不可能といわれながらも、日本リーグの住友金属工業蹴球団をプロ化し、日本初の屋根付きサッカー専用スタジアムを急ピッチで建設し、1993年のJリーグ参画を果たした。それ以来、自治体、民間企業、アントラーズが一体となって地域の活性化、地域振興を進めてきた。クラブ創設時からホームタウンの自治体が出資団体として参画していることがアントラーズの特徴であり、各自治体はいわばクラブ運営の責任を負っている。
 ホームタウン5市の行政職員が1人ずつ1年交代でクラブに出向(派遣研修)しているのも特徴だ。行政職員はクラブの地域連携グループ行政連携チームで地元との関係構築、社会連携活動、地域からの集客などに携わりながら、民間企業の経営感覚、意志決定のスピード、幅広い視野、斬新な発想の仕方を身につけていく。もちろん、行政職員はアントラーズのリソースを頭に入れて各自治体に戻る。自治体にとってのアントラーズの使い道を理解している職員が年を追って増えるわけで、彼らが庁内で影響を及ぼし、クラブの思想と潜在力が広く知れわたる。
 鹿嶋市は総合計画の中でアントラーズとの関わりに触れている。2022年に策定した第四次鹿嶋市総合計画はアントラーズおよび茨城県立カシマサッカースタジアムを重点地域資源と捉え、「他の資源と結びつけながら地域経済の核とする」とうたっている。自治体のすべての決定の基本、行政運営の指針となる総合計画に、アントラーズとともにまちづくりを進めると明示してあるのは重い意味を持つ。そしてアントラーズは地域に根ざしたクラブづくりを進めながら、さらには、次のフェーズに踏み込み、地域の社会課題の解決を使命と捉え、数々の事業に取り組み始めている。
 アントラーズが本拠を置く地域は高度な医療、教育機関に乏しい。それが大きな地域の社会課題であり、域外からの雇用・移住促進の足かせにもなっている。
 2015年、カシマスタジアムに隣接する「アントラーズスポーツクリニック(ASC)」を設立し、アントラーズのチームドクターと理学療法士(PT)が整形外科医療、リハビリの高度なノウハウを地域に還元する形を整えた。
教育分野では、アントラーズはホームタウン5市の教育委員会と手を携え、地域の教育事業にも力を入れている。プログラミング教育では、アントラーズのパートナー企業でユナイテッドの子会社、キラメックスをクラブが鹿嶋市教育委員会に紹介し、2020年10月から鹿嶋市内の5つの小学校でキラメックスの小中学生向けカリキュラムを導入したプログラミング教室が始まった。
 さらに環境の分野では、2023年3月にアントラーズのオフィシャルパートナーとなった空調大手の高砂熱学工業と同年5月に包括連携協定を結んで、カーボンニュートラルの実現、エネルギーの地産地消に向けた事業に取り組むことになった。
 社会課題の解決はプロスポーツクラブだけではできないが、プロスポーツクラブは多種多様な企業、人材とつながっている。クラブがハブとなり、そうした存在を巻き込むことで社会課題の解決が可能になる。
 鹿島アントラーズはさまざまなデジタル施策を進めてきた。詳細にわたる顧客データを収集、管理、活用することで集客を図っている。アントラーズはスタジアム来場者、ファン・サポーターを対象に定期的なアンケートを実施しているが、最低でも2,000件、多いときには4、000件の回答がある。自治体によるアンケートでは、よほどのことがない限りここまでのボリュームの回答は集まらない。
 アンケートの結果から、道路の渋滞、交通アクセス、宿泊施設、駐車場の問題など地域が抱える課題が浮かび上がる。それはまさしく、試合に訪れる人々が抱いている鹿嶋地域の課題感であり、克服しなければならない重要な問題を指している。自治体は、地元クラブが集積しているデータを有効に活用すべきであり、より多様なデータ収集をクラブの力を借りて進めるべきだ。
 アントラーズはパートナー企業との連携のもと、試合開催日でのデジタルテクノロジーの導入を進めている。生体認証技術の活用もその1つで、将来的には入場から売店決済までカードもスマホも出さずとも支払いができるスムーズなスタジアム体験の提供を目指している。スタジアムをラボ(実験の場)とし、そこでの実験をもとに地域への技術導入につなげていくという構想だ。
 スタジアムや体育館はほとんどが公共施設であり、自治体はブロスポーックラブの試合や練習時に施設を貸している。単に貸すにとどまっているから、「ハコモノ行政」と批判される。地域のプロスポーツクラブと連携し、スポーツ施設をフル活用するプランを練ってはどうか。アントラーズはそんなカシマスタジアムを常に進化するプラットフォームにすべく、2021年10月に新スタジアムプロジェクトを発表し、まちづくりの核とするための青写真を自治体とともに描いている。目指しているのは地域の課題解決型のスタジアムであり、スタジアムの四方にまちが発展していくことを思い描いている。
 しかし、どのプロスポーツクラブも地域に根を張り、地域とともに生きていこうとしている。地域の活性化、発展がクラブの存亡に関わる問題であると認識している。自治体に望みたいのは、地域の貴重な資源であるプロスポーツクラブの有効活用であり、活用を進めれば自治体だけではできないことが可能になる。社会課題を解決し、まちづくりを推進することができる。だから、もっとプロスポーツクラブの力を引き出し、使い切ってもらいたい。そのためにプロスポーツクラプは存在すると言ってもいいのである。


【所感】
文化・芸術・スポーツ振興はどの自治体でも行っている。しかしながらその政策における考え方は大きな転換点に来ていることを感じた。これまでも公民館や地域会館、図書館、スポーツ施設等は、自治体のなかでも郊外に設置され、その地域の活性化、及び市民の文化的生活の向上や学ぶ権利の保障に役立ってきた。しかしながらその多くが例えば、展示や公演を行っている時のみ人が集まるようなものであったり、図書館においては本を読む、調べ物をする、本を買借り、返却するといったものであったり、サークル団体が趣味に高じる場であった。そうした機能は民主主義にある一定の役割と効果を果たしてきたと言えるが、近年、若者や高齢者の可能性を引き出し、多様性を認め合いながら多くの市民を巻きこむ形への政策的転換が今求められる。2020年に制定された文化観光推進法の主旨は、文化の振興を通じて観光と地域の活性化を結びつけ、その経済的な効果を文化の振興に再投資していく好循環を促進することを目指している。
 こうした文化施策・スポーツ施策が従来の課題解決に向かうとともに、新法の精神を活かし、地域の活性化、文化の振興に結び付け、さらには観光振興・地域経済の活性化に資する取組にしていくには、何が必要であろうか。
 まず、第一に、地域には各自治体独自の文化があるが、様々な分野での歴史の中で育まれた特性を改めて見出し、これを磨き上げる必要がある。福生市も伝統的な文化がある。各町・自治会単位で行われる夏祭りや社寺で行われる季節の行事などがそうである。また70か国以上の外国の方々が生活しており、全国でもまれな多様性を包摂する地域となっている。
 そして第二に、必要なのは市民の主体的な取り組みである。市民が行政に頼り切るのではなく、能動的に責任をもって事業を実施することが一層求められる。福生市は従来から公民館活動が活発な地域であり、そうした面ではポテンシャルを有していると言える。しかしながら公民館団体もその担い手の高齢化が大きな問題となっている。自分自身の活動を静かに行っているものの、他を巻き込み大きなうねりを起こそうというまでには至らない。地域の魅力を向上させる主体的な活動を起こすリーダーやコミュニティ等人的社会的資源を掘り起こしていかなければならない。その際には、地域のアーティストやエンターテイメントをコーディネートしたり、またそのパフォーマンスを発信できる若い世代をどのように確保し育てていくかがカギとなる。また、そこにおいては従来の発想や制度の押し付けによって、新たな可能性の芽を潰してしまうようなことがあってはならない。子どもも若者も高齢者も楽しめるような新たな工夫と寛容さが必要だ。
 そして第三には、その器としての文化・スポーツ施設の従来のあり方および理念を見直し、市民の自由な文化活動の拠点として位置付け、形状も多様な市民が集い自らか公演事業やフェスティバルを制作し楽しめるものとならなければならない。単発のイベントを文化にしていくには、交流人口、さらには関係人口を拡大させ持続可能なものとしていく必要がある。それは観光振興や地域経済の活性化に資するものとなり、文化と経済の好循環を生み出す。
 現在、福生市では公共施設等総合管理計画が進んでいる。床面積換算で公共の施設の20%を削減する見通しとなっている。その計画においては、小学校7校、中学校3校が統廃合され大きく4つの学校施設となり、そこに生涯学習関連施設を寄せていくといったイメージが構想としてある。そこにおいては地域の文化・生涯学習と学校教育の接点がこれまで以上に生まれ、子ども達を巻き込んだ地域の芸術・文化・スポーツ施策の展開がこれまで以上に期待できると考える。伝統・文化・生涯学習と教育の融合による住民自治の機会を育むことが地域の民主主義を醸成させていくと考える。
 また、市民個人と行政、文化・スポーツ団体と行政との「協働」はこれまでも行われてきた。これに加え、今回の都市問題会議で目をみはったのは株式会社アントラーズFC取締役副社長鈴木秀氏が紹介した、鹿島アントラーズの地域での取組みである。鹿嶋市の2022年に策定した第四次鹿嶋市総合計画はアントラーズおよび茨城県立カシマサッカースタジアムを重点地域資源と捉え、「他の資源と結びつけながら地域経済の核とする」とうたいアントラーズとともにまちづくりを進めると明示しており、アントラーズは、地域の社会課題の解決を使命と捉え、数々の事業に取り組み始めている。
 人口が減り、税収不足、人材不足が避けられない将来が見えている。今後は地域の課題を行政のみで解決していくのが困難である。例えば、教育においては部活動の地域移行が今後の課題となっているが、企業のリソースを活用して行くことで課題解決を図ることもできるのではないかと期待する。企業との連携はあらゆる行政分野で今後進めていかなければならない。企業が持つ人材や文化を地域に還元しWinWinの関係を築いていくことが必要であると考える。現在も災害における協定等を様々な団体と結んでいるが、芸術や文化スポーツ等の領域での包括連携協定はこれからである。企業が進めるCSRの取組みをよく理解し、包括連携協定の目的及び理念を整理し、またこれを市民と共有しつつ企業との協働を模索していく必要があると考える。
 基礎自治体の今後を考えた時に、今の形で存続していく基礎自治体はどのくらいであろうか。消滅する自治体は当然出てくる。そのような中で、その地域がもつ精神は、文化というかたちでしか残していく以外にはない。文化・芸術・スポーツの真価を見定め、市民の主体性を育むと同時に、企業をはじめとする多様な団体との一歩進んだ連携を行政は推し進める必要がある。

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