スピカと星の海
あるところに、スピカという男の子がいました。
森の奥の小さな家に、おばあちゃんと2人で暮らしています。
スピカには、お母さんがいません。
先月、重い病で天国へと旅立ちました。
スピカは、お母さんがとても大好きでした。
天気のいい日は、見晴らしの良い丘の上でピクニックをし。
具合が悪いときには、大好物のすりりんごを作ってくれて。
そして毎晩、素敵なお話しを聞かせてくれたのです。
お母さんの口癖は「スピカ、大好きよ。」で、スピカにたくさんの愛情を注いでくれました。
そんなお母さんも、もういません。
ある日、おばあちゃんが言いました。
「人は皆、亡くなったら星になって人々を見守ってくれているのよ。」
「じゃあ…ママも?」
「ええ。あなたのお母さんも、あなたの事をいつも見守っているわ。」
スピカは、空を見上げました。
空には、太陽と白い雲が浮かんでいるだけ。
星など一つも見えません。
「見えないじゃないか。本当にママは、今も見守ってくれているの?」
おばあちゃんは、少し笑って言いました。
「もちろん。昼間だから見えないだけで、月や星はずっと空にあるのよ。スピカがリンゴを頬張っているところも、庭のお花を摘んでいるところも全部、ママは見ているわ。」
「ふ〜ん…。」
スピカは、嬉しいような寂しいような不思議な気持ちになりました。
その夜。
夜空一面に輝く星を見てスピカは、呟きました。
「ママ、会いたいよ…。」
頬に、雫が一筋。
ベッドに横になり、そのまま眠りにつきました。
スピカが目を覚ますと、ボートに乗っていました。
両手には木でできたオールが握られています。
「ここは、どこ…?」
スピカはボートから上半身を乗り出して下を覗いてみました。
すると視界に映ったのは、ミルキーウェイ。
果てしなく続くミルキーウェイは、とても幻想的でキラキラと輝いています。
その光景に目を奪われ、思わずうっとり。
お月様だって、こんなに近くで見たのは初めてです。
「すごいや!」
ワクワクが止まらなくなったスピカは、オールを前へ前へと漕ぎ出しました。
オールを漕ぐ度に、星々が重なり合いシャラシャラと音が鳴ります。
途中、金色に輝く海賊船に遭遇しました。
オリオン座の蝶がスピカの周りを飛び交い、魚が飛び跳ね、おおいぬ座が、おひつじの群れを追いかける。
双子座のダンスに、おとめ座の美しい歌声が響きます。
夜空の世界は、こんなにも楽しいんだ。
ボートは、やがて岸に止まりました。
すると、どこからか「スピカ」と呼ぶ懐かしい声が聞こえます。
「スピカ。」
「ママ!?」
金色のオーラに身を包み、優しい笑みを浮かべてこちらを見つめています。
スピカはボートを降りると、駆け足でお母さんの胸の中へ飛び込みました。
「会いたかったよう!」
「ママも、会いたかったわ。」
2人は熱いハグを交わしました。
あぁ…大好きなママの匂い。
「ごめんね、スピカ。」
「あのね、おばあちゃんが言ったの。ママはお星様になって、僕や皆のことを見守ってくれているんだよって。おばあちゃんのお話しは本当だったんだ!」
「そうね。スピカが毎日、花を生けてくれているところも、おばあさんのお手伝いをしているところも全部見ていたわ。ありがとうね。」
「ねぇママ、一緒に家へ帰ろう。せっかく僕が来たんだ。ボートに乗って帰ろうよ。」
お母さんは、静かに首を横に振りました。
「ごめんね。ママはもう、ここから動くことができないの。ママはお空からスピカのことをずっと見守っているから。何があっても、ママはあなたの味方よ。愛してるわ、スピカ。」
別れ際にお母さんは、星の欠片がはめ込まれた指輪をスピカに渡しました。
「いいこと? 寂しくなったら、この指輪を見て思い出すの。ママは、いつでもスピカの側にいるってことを忘れないで。」
お母さんはスピカをもう一度抱きしめ、頬にキスを落としました。
窓の外から、小鳥の歌う声が聞こえます。
雲ひとつない青空が広がる気持ちの良い朝です。
「ママ…?」
眠い目をこすりながら辺りを見回すと、自分の部屋のベッドの上でした。
ミルキーウェイを漂うボートの上でもありません。
大きなお月様も、愉快な星座たちもいません。
なんだ、夢だったのか…。
スピカは、がっかりしました。
「そうだ、指輪!」
自分の手を見ると、お母さんがくれた指輪が嵌っているではありませんか。
スピカはお母さんに会うことができました。
その証拠に、星の欠片の指輪がスピカの人差し指にキラキラと輝いているでしょう。
「ママ。僕、ママの分まで生きるよ。僕がいつかお星様になったとき、楽しかったことや悲しかったこといっぱいママにお話するから。僕の人生は幸せだったって、胸張って言えるようにたくさんお手伝いして勉強して悔いのないように生きてみせるからね。ずっと見守っていて…。」
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