湖の精

少女は、いじめっ子たちに追いかけられていた。

それは、母親に頼まれてチーズを買いに出かけたときのこと。

グラシアおばさんのブルーベリー畑の前を歩いていたら、どこからともなく泥団子が少女の右頬に当たった。

驚いて辺りを見回すと、向かいの塀からいじめっ子たちが顔を出し、少女を見て大笑い。

そして気づいたら森の中へ。

薄暗い木々を抜けた先で、少女は立ち止まった。

少女の目に映ったのは、透明感のある大きな湖。

陽の光に照らされてキラキラと輝く水面は、まるで星屑が漂っているよう。

なんて神秘的な景色なんだ…。

その美しさに感動していると、穏やかに波打つ水面が突如、勢いよく渦を巻き出した。

何事かと目を凝らすと、渦巻く水の中から1人の女性が現れた。

女性は、見惚れるほどの容姿端麗な美女で背中には大きな羽根が生えている。

「あなたは、妖精…?」

少女が問いかけると、女性は黙ったまま頷いた。

そして、静かに少女の目の前へ向かうと両手を広げて歌い始めた。

妖精の綺麗な歌声が森中に澄み渡ると、穏やかな風が少女の身体を包み込む。

「もう、大丈夫よ。」

妖精は、そう少女の耳に静かに囁いた。

すると、これまで蓄積されてきた不安や苦しみを浄化してくれているような不思議な感覚に陥る。

すごく心地が良い。

「もう、行きなさい。あなたを追いかけ、いじめっ子たちがやって来るわ。」

少女は妖精にお礼を言い、駆け足でその場を去った。

その数分後。

少女を追いかけ、いじめっ子たちがやってきた。

彼らが目にしたのは、茶色く濁った湖。

水辺には、数十匹ものヒキガエルやネズミ、ヘビがウヨウヨと点在している。

少女の見た、あの綺麗な青とは打って変わってドブと化した湖から妖精が現れることはなかった。

少女は家に帰ると、母親に例の湖の話しをした。

「あなたの心が潔白だから、美しく見えたのね。」

と、母親は言った。

その湖は、目にした人の心の美しさで見え方が変わるのだそう。

反対に、汚れた心の持ち主が見ると、いじめっ子たちのように汚く見えてしまうという。

本来、美しいものが美しく見えないなんて可哀想だ。

湖だけじゃなくて、花や空、音楽など、世界にはたくさんの美しいものがあるというのに。

見る人によって、感じ取り方が違うのか。

(それらが美しいのは、当たり前ではないんだな。むしろ幸せで、ありがたいことなんだ。)

と、しみじみ思った。

少女は、心に誓った。

自分が今、美しいものに囲まれて生きていることに感謝し誇りを持って、毎日を過ごそう。

と。



追伸。

湖の精について、未だ謎に包まれたままである…。




















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