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今の自分に「OK」を出すこと

今日はとある心理学の先生と数年ぶりにお話ししました。
ハンドメイド・作家活動とは関係ない話になります


この春から始まる子育てについてのヒントや、
母親になる自分の成長のために学びたいな、と思ったことがきっかけです。

心理学については割愛しますが、その先生は私が理想とする子育ての理想(の1つにある感情的にならず、子供の成長を見守る)を現時点で叶えている点・結果(現象)が出ている点から、信頼できる尊敬する大好きな先生なのです。


最後にお話ししてから、2〜3年くらいの月日が流れていましたが当時よりも先生は若々しく、お美しくなられていて、私も見習わねばな…!という気持ちに。
(どうしても家で仕事をしていると、体を動かすことに対して怠慢になりがち)


社会人/主婦をしていると日々の業務やTo Doに追われることも多いですが、やることをきちんと片付けていても「自分なんてまだまだだな〜」と自分を責めてしまうことってあったりしませんか。

私は結構あるのですが(特に長女は、自分責めの傾向が強いようです。私も長女)、今日先生とお話しをして「mihoさん、それってすごいことですよ」「自分を褒めること、どんどんしていきましょう!」「褒める=エサがないと人間は動けません」と言っていただけたんですね。


これが私の中では結構大きな収穫で、「え?こんなことで褒めていいの?」と、目からウロコ。


私の中では「まだまだだな〜」「もっと〇〇出来たかもしれない…」と思うことが、視野を広げてみると「出来てる」ことがいっぱいある、と。

完璧主義寄りの長女(親から完璧に育ててもらったから、自分や他人に対するハードルが高い。これがいい・悪いかはケースバイケース。自分で自覚して選択できるようになれば最高!らしい。by先生)は「自分責めしすぎ!」ということで、もっと自分の能力を認めて→さらに能力を拡張しましょうね。ということでした。


ここで私は

そもそも自分の能力を過信しすぎて、自分に対する要求が現実の自分に対して大きすぎていないか?
例:To Doを詰め込みすぎる(本来自分の持つエネルギーに対して、必要な不足しているので、結果ももちろん出にくい。)

・例えば「自分ができること」=「他人も出来て当然の当たり前のこと」という前提がそもそも本当なのか?疑ってみることも大事なのかも。という視点

・「褒める」ことは、親が子供に対してしてくれたようなものではなく、自分で自分を認めて褒めるという「自己完結型」が大人になってからの「褒める」ということ。


ということに気がついたんですね。



「いやいや、何言ってんの?あんたなんてまだまだ全然だから」

なんて、他人からの言葉が怖い時は、自分がその呪いを相手に投げかけている時


自分の世界の中での「OK」に他人を介入させる必要はないし、いつだって比べる対象は自分自身でしかない。

あー、そんな簡単なことだったんだな、と以前からこの考え方は自分の身についているつもりでしたが、改めて気づきがあってハッ!とした1日でした。



話は変わって、私は(ほぼ)毎日3行日記のようなものをつけているのですが、その中に必ず「出来たこと」を書くようにしています。

嫌なことがあった日、今まで書いてきたような「まだまだ全然だな」なんて思うことがあった日も、必ず何か「いいこと」「成長できたこと」を見つめて書き留めるようにしています。

後から見返すと「この時の私頑張っていたな」「すごいな」と、純粋に自分のことを尊敬できたり、認められるようになる気がして。

今日のことも「私って、すごいんだ!って褒めていいんだ!って改めて気がつけて、今日という時間やお金を使って学ぶことを選択した私最高!」と書き留めたいと思います。
この小さな習慣、地味だけどすごい効きますよ…!!!



明日の後半戦も楽しみになってきた…!
当初の目的「子育てのヒント」がっつり吸収できるように、今日の復習をしてがっつり寝ます♡


ここまで読んでくださり、ありがとうございました!


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