人生観を語るにする

ええ、それでは不肖ながら、私の人生で言えばほんの僅かな時間ながら、スピーチと言えばとんでもなく長い時間を頂戴致しましてお話させて頂きます。
前振りも根回しも無かったものですから、全く内容も皆無です。ですがせっかくですので少し私の事を知ってもらうべく、私の人生観についてお話したいと思います。
皆様、欠伸を抑えるまでもなく子守唄としてご活用ください。

さて、それでは本題ですが、
私の人生観、もとい人の人生観を知ると何が分かるのでしょうか。
そもそも人生観とは何なのかという話なのですが、私が考えるに人生観とは人が死の直前にどのようなシチュエーションで死にたいかだと思っています。
少しイメージがふんわりとしていて理解しづらいかもしれませんが、
要は私がどこでどのように死にたいかです。あ、大丈夫ですよ。私は思い詰めても病んでもいません。
例えば私が死ぬイメージをすると、
四方の壁を本棚に囲まれた和室で白いベッドに横たわっていて、そして朝日なのか昼の差し込む光なのかは分かりませんが、それに照らされてゆっくり息を引き取るのです。

ここで少しポイントがあります。
私はどちらかというと、ギリギリ社交的な方です。友達も少ないながらいますし、何より家族大好きです。今でさえ家に帰りたいから飲み等の約束を袖に振り撒くってる私であるのに、死ぬ時は看取って欲しいではなく1人でゆっくり死にたいらしいのです。

これは暗に深い場所の願望を晒している気分になりますね。
本当は凛とした空気感の中、
沢山の物語に囲まれて静かにいたいなんて小っ恥ずかしい感覚です。
しかしながら誰にだってそのような側面があるかもしれませんね。隣の芝ではないですが、自分が持ちえなかったものや存在を今生の間際に求めてしまうのかもしれません。

この話を上手く纏めるつもりがないので終着点がわかりませんが、以上を踏まえると伝えるべき事はわかってまいりましたね。
私は色々な方と触れ合って繋がりを大切にしていきたいと思ってはいますが、ふらっと1人で閉じ籠りたいタイプでもあります。皆様方におかれましてはその部分を充分ご承知の元、沢山構ってください。

それでは少しばかり目の覚めた方もいらっしゃるのでこのスピーチも無駄ではなかったということで今日はゆっくり寝れます。
ご清聴ありがとうございました。

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