勝利の女神:NIKKE 稗史:伏魔殿の道化師はヒト探し中(5)
「アハハハハ! 一周回って良いじゃないその格好!」
お屋敷の門前で待っていたネイトさんは私の道化師姿を見た瞬間、ゲラゲラと大笑いしました。昨晩は興奮しすぎて、こうなると考えなかった私のバカさ加減も込みだといいのですが……
「そう言うネイトさんは昨日とまんま同じなんですけど」
「朝帰り」
「え?」
「男とホテルで盛ってきたってことよ? まだ早かったかな?」
口に出すには恥ずかしい事柄である事は確かなようです。
「みなさんおはようございます」
「あっプリンちゃんおはよう! プリンちゃんはこれまた素敵な服だね」
ディシプリン--プリンちゃんって呼ぶことになりました--は、大学で着るような式服風の衣装を身に纏っていました。これが彼女本来の格好のようです。
「ルカちゃんはピエロに転職ですか?」
「みんなひどいよぅ。髪がこんなだから仕方なくだよ」
私がライムライトの色のカツラを外すと、露わになった緑色の丸坊主にふたりはしまったというような顔に変わります。
「なるほど……ごめん!」
「そういう事だったのですか。思慮が足りず申し訳ありませんでした」
カツラを被り直すと、いよいよ教練に向けてお屋敷の中へとみんなで入って行きました。
「Hi! みんな来たね!」
あてがわれた部屋で待っていたニケは、これまた鮮やかなオレンジ色のショートヘアが印象的でした。何故か道着を着ています。
「「「おはようございます」」」
「私は軍事教練担当のケイトです。今日はテストなので試験監督もするよ。ちなみに銃剣道に興味ある?」
「いいえ」
プリンちゃんは相変わらず即答です。
「がっかりパンダ〜。もっとカラダ鍛えなきゃ!」
「ラプチャー相手に銃剣って危なすぎじゃね?」
「でもこれが意外と効くのよ! 本当の話」
「近接格闘部隊がいたそうですが全滅して、事実上白兵戦は御法度の筈ですが?」
「よく知ってるわね。でも実際はそこまで悪くなかったみたいよ?」
ふたりが積極的に会話しているのをみて、私も質問してみることにした。
「そもそも銃剣道って何ですか?」
「銃剣って元々はライフルの先につけて槍の代わりにするものなのだけど、これを槍術に見立てて武道に組み込んだのが銃剣道よ。剣道と違って突き技のみを叩き込むのがポイントよ」
ケイトさんは嫌な顔ひとつせずニコニコと丁寧に教えてくれた。
「アサルトライフルとかはよく使うけど、銃剣突撃なんて今日日使わなくなったから、今やっているのは人もニケもひっくるめても百人もいないかも。でもそれって勿体無いじゃない。無くなるのは簡単だけど、復活させるのは大変だからね。一生懸命残さなきゃ!」
やるやらないは別にして、ケイトさんはとても真面目なニケだということがわかりました。
「さて、銃剣道の話はこのくらいにして、早速みんなの今の学力を見させてもらうから、まず簡単なテストを受けていってね」
テストは、小学校一年生の内容のテストから、段々と難しくなっていく具合です。これがスラスラと解けなくなった時点が現在の学力と見做されます。
私は中学二年くらい、まぁこの時分にニケになったはずなのでしょうがないかなというところです。
ネイトさん達はどうでしょうか?
「うああ分数とかデシリットルなんて忘れたわ……」
ネイトさんは小卒くらいで停滞しているみたいです。
「ここは難しいですね」
反対にプリンちゃんは高校レベルまで到達しています!
「そろそろいいかな? みんなよく頑張ったね。とりあえず目標は大学入学レベルまで! ニケの記憶力なら数ヶ月もあれば難しくないよ。明日からまた頑張ってね!」
ケイトさんは元気だなぁ。
「次は軍事教練だよ。たまにスカーが代わりにやってくれるけど、基本は私が担当します」
「スカーって何方です?」
「会長が個人で雇用しているニケだよ。名前の由来は顔にキズがあるから。私より軍歴が長いから厳しいよー」
私は昨日会長さんと一緒にいたニケを思い出しました。あれがスカーさんだったんだね。
「ケイトさんも元軍人さんなわけ?」
「そうだよ。私は元士官で指揮官だったんだけどね。ちなみにスカーは現地徴用からの叩き上げなんだよ」
鬼軍曹のイメージ! すごく怖そうです……!
「軍事教練は、軍事史から地図の読み方、ニケやラプチャーの形態、実戦に必要な行軍や戦闘の訓練、果ては指揮官の代わりに行う書類作成までやるからね」
「指揮官の代わりに書類作成までするんですか!? ニケがですか?」
プリンちゃんが食いついていましたが、私もその辺よくわからないので気になるところです。
「最近ニケは道具という扱いに成りつつあるから、一応押さえておかないと不必要な誤解を受けかねないからね。あんまり良くない風潮だとは思うけど、就職して事務仕事をやる気持ちでいて欲しいな」
ケイトさんは明るいトーンを崩してはいないけれど、あんまりいい顔は出来ないようで苦笑していました。
「じゃあ、これからシミュレーションルームまでランニングしていって仮想軍事演習するからね。みんな急げー!」
ケイトさんに連れられて、マラソンまでさせられるとは!?
ニケなのでそこまでキツくはないですが、けっこう疲れました。ネイトさんやプリンちゃんは運動不足が祟って息も絶え絶えです。
「ニケも筋肉使わないと衰えちゃうんだよ?」
ケイトさんはガッツポーズです。流石!
「スカーだと四十キロの背嚢を背負って全力疾走させられると思うから、今のうちに足や肺を元に戻しとこうねみんな!」
四十キロがそんなに重く感じられなくても絶対したくないよね、という空気が三人の中で共有されました。
シミュレーションルームでの訓練は、障害物で身を隠しながらの銃撃戦です。私はコレが性に合わないのです。
「成績はネイトが一番だね。ルカが最下位だけど武器のせいでもあるから、それはあんまり気にしないで良いからね?」
「ヤリィ!」
「もっと精進します」
「うぅ……」
私だって動き回れれば……!
「シミュレーションルームを終えるねー?」
空中にインク--シミュレーションルームを統括するAIなんですって--のホログラムが現れる。
「ねぇインク、このまま個人戦闘シミュレーションに移行してくれる?」
ケイトさんがインクに提案すると、空間が道場のそれに変わりました!
「こういう感じで良い?」
「グッジョブ! それじゃ最後に私が稽古つけたげよう」
不完全燃焼だった私にも、チャンスが巡ってきました!
「私からですか……」
一番手はプリンちゃんです。
「この子の能力は基本多数向けだから、シナナキャ……」
「終わりました」
プリンちゃんの口元は普段からは想像も出来ないほど嬉しそうな笑顔を浮かべていました。ウェリントンのメガネの奥には、ゾッとするほど緋い瞳が見えた気がしました。
そう言うと、戦闘開始のコールが鳴った瞬間ケイトさんが持っていたアサルトライフルの銃底を地面につけて自身の顎に向けて発砲し自決したのです!
頭を吹っ飛ばされ頽れたケイトさんですが、すぐに再生されました。
「いや〜、まさか初っ端から使ってくるとはね。参った参った」
「教官。その事はあまり他人に口外しないでください、お願いします」
「じゃあ今回のこれはノーカウントで。もう一回真面目にやろうね?」
真面目に戦った結果は、ケイトさんの圧勝でした。
「ほいじゃ私のスナイピングを見せてしんぜよー」
「オッスお願いします!」
ネイトさん対ケイトさん! なんか似てるね。
両者とも十秒間攻撃出来ない代わりに移動し放題という縛りでの戦いです。当然、ネイトさんの射線から外れるように蛇行しつつ回り込もうと動きます。ネイトさんも向きを変えて対応します。
残り二秒でケイトさんが突撃!
射線をずらしての吶喊です。これは決まったかな!?
「なんとか見えてるから、当たれよ!」
「届け、私のサイドワインダー!」
一瞬の交差。
勝ったのはネイトさんでした。ケイトさんはコアを正確に撃ち抜かれていました。一方のネイトさんもコア付近にアサルトライフルが深々と刺さっていました。
「うーん、術理は理解した。結論、真っ当な戦闘ではあなたには勝てない! ありがとうございました!」
負けてもケイトさんは礼を忘れない。
一方、勝った方のネイトさんは煮え切らない感じです。なんでだろう?
「……今の絶対まぐれじゃないし」
「それじゃ真打登場だね! よろしくお願いします!」
「えっと、少し準備したいので……インクさん! ボディの外見を戦闘用のに変更って出来ます?」
「んー、今から変えるね」
私のカラダは緑の粒子を纏い始めます。
「それじゃ私も頼むね」
ケイトさんも衣装チェンジするようです。流石に道着で戦場には出ないよね。
私は道化師の姿から、白亜のボディスーツに身を包んだ緑髪のロングヘアに変わります。こうでなくっちゃ!
ケイトさんも変身が始まりました。黒色の軍服に身を包んだケイトさんは威厳に満ち満ちています!
ですが、軍帽からちょっとはみ出たアホ毛がかわいかったり。
「じゃあ、白黒つけようか」
「よろしくおねがいします!」
お互い得物を構えて、試合開始です!
(さて、銃剣付きアサルトライフルで突っ込んでくるかもだから一旦横に跳ぼうかな)
しかし、ケイトさんは射撃から始めました。三点バーストで出方を伺ってきたのです!
読みを外したものの辛くも当たらずに済みましたが、予測射撃でも当たっていたら大ダメージです。
「慎重だねぇ? 銃剣に意識がいっているんだね」
ケイトさんは三点バーストからフルオート射撃に切り替え、追撃を開始しました。しかし!
「相手の動きは遅い!」
私のボディが疾駆して、ケイトさんを翻弄し始めます。基本的なスペックは私に分がある様です。コレならいけそう。
「うーん、こちらも走りながら撃ってるのに弾より早く動けるとはね。並じゃないとはわかっていたけど。こちらも奥の手出すとしましょう!」
タイムリーレインを撃ち込みながら、徐々に距離を詰めていた私は、妙な光を見たのです。ケイトさんの銃が光っている?
「Enhanced……」
口元がそう唱えた瞬間、弾丸の速度が著しく上がったのを確認しました。
「ウソ!? 武器がパワーアップしてるの?」
「今日の色は水色か! 一番強い色で嬉しいな」
青白い光が、ケイトさんのサイドワインダーにまとわりつくと、一気に性能が高まったようでした。事実、外れた弾が地面に落ちると凄まじい勢いで削れていくのです。
(武器の性能差が逆転しちゃった!? だけどまだ方法はある)
私は弾丸を放ちながら突撃をかけます。長期戦を捨てて一気に勝負に出よう!
「それは悪手……と言い切れないけど決めさせてもらいますか!」
互いに武器のリロードを無視して、格闘戦に活路を見出そうとしていました。
「イヤーッ!」
こう叫ぶと強い攻撃が出来る気がします! 殴打がケイトさんに当たります。
「ほい」
「えっ!?」
ですが、アサルトライフルの銃底を巧みに使って、いとも簡単にいなされました。危ない!
「エイヤー!!」
ケイトさんは一瞬の猿叫の後、私の喉とコアと胴体を三連突きし、私は機能を停止しました……
「剣道三倍段って言ってね、武器持ちには余程力量差がないと相手にならないんだ。無手勝流で勝てるほど甘くないよ?」
「ハァ……」
私はダメダメです。とんだ道化です……
顔をくしゃくしゃにしているとついでに涙も込み上げてきました。
「けど、私に本気を出させたんだから実質勝利だからね?」
「私の時はアレ使ってないんだよ。おったまげなんだから!!」
「あんな動きは私には出来ません。ルカちゃんはすごいです」
みんな励ましてくれるのですが、今はそっとしておいて欲しいです。
「では、今日の訓練はここまで! 帰りは特別にタクシー呼んであげよう」
「「「やった!」」」
十分後。大きな車両のタクシーがやってきた。
「はいおまたせー! どうぞどうぞ」
みなでワイワイ言いながら乗り込みます、私の心は未だ暗い闇の中ですが。
「ロイヤル地区のマーガレットさんところの邸宅まで」
「地区まではわかるけど、どの屋敷かは正直わかんないから後で細かく教えてねー」
随分気安いタクシードライバーです。運転手の名前は表示を見るに、タクシスというニケのようです。
十分後……
早いけど恐ろしく荒っぽい走行で到着しました……ケイトさん以外は青色吐息になっています。
「運賃は領収書切れます?」
「アイアイサー」
「まぁ領収書書いて受理されるかわかんないけどね、私のメチャクチャ高いから」
「ウチの財団そこまでケチじゃないから大丈夫でしょ」
ふたりは顔馴染みのようです。
「じゃあみんな明日もよろしく! 解散!」
「「「ありがとうございました……」」」
楽をしたはずなのにこんなに疲れてるのは何故かしら?
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