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勝利の女神:NIKKE 稗史:伏魔殿の道化師はヒト探し中(13)

音量上げろ!! 生前葬だ!!

『呪術廻戦』鹿紫雲一

「まぁいいわ。せいぜい足掻いて惨めに死になさいな。そこのゴミクズのようにね」
 さも死んで当然のようにヘレティックは冷淡に言い放つ。
 この場にいたニケは例外なく怒りを覚えたが、ひとりだけ異なる反応を見せる者がいた。
 シャロンである。
 ウコクとは常にいがみ合っていたこのニケにとっては、この台詞は彼女の死についてざまぁないと琴線に触れつつも、自身の手でケリをつけられなかった点において逆鱗に触れていた。
 結局のところ、怒りの振れ幅の方が上回る!
「グホッ!」
 謎のヘレティックの頬がひしゃげる。自他の配下のニケ達は誰もその動きが見えなかった。
 トンファーに変形可能な散弾銃・ドラゴンズドリームで殴り抜いていた。卑劣な先制攻撃である!
「好きな時ぃ〜 好きな場所でぇ〜 いつでもかかってこいヨ!」
「そう、ならばお前も地獄に送ってあげるわ」
 ヘレティックの体から黒き波動が発せられる。そして瞬間的に装甲が展開される!
「我が名はヘルメティカ……女王の御ためにこの身を捧げましょう」
 双頭の蛇を模った機械生命体はそう名乗った。

「「「う、撃て撃て!!!」」」
 シャロンとウコクの部隊員は射撃を開始した。ラプチャーの装甲を容易く破壊する実弾や砲弾が、鈍色の巨大な蛇に襲いかかる!
 だが、表皮は強固な装甲であり小揺るぎもしない。
「人間もどきのうち、量産型七、その他三程度か。まぁどちらでも生き残ったらエサくらいにはなるでしょう」
 射撃後に各自散会して動き回るニケ達に対して、ヘルメティカは羽虫程度にしか感じていない。
「では、一匹ずつ始末しましょうね」
「え」
 まず量産型ニケのひとりが文字通り餌食になった。驚くべきはその瞬発力で、人が十人くらい縦に並んだくらいの大きさのラプチャーが一瞬で喰らいついたのである。
「そんな」
 あまりの光景に動きを止めてしまった特化型ニケも同様に、半ば分離したもう一方の蛇頭に食いつかれて丸呑みにされた。
「「ギャアアアア!!!」」
 丸呑みにされた二名はエロティシズムを感じさせるものなど一切なく、内部でミキサーにかけられ断末魔の叫びをあげながら絶命した。
「淡麗な味わい……余程練り上げられていなければこうも美味なナノマシンは産まれぬ。この者達は素晴らしいわねぇ」
 細胞めいた装甲を伝ってきた二名の生命の水を啜り、異端者は舌舐めずりする。
「イヤーッ!!」
 シャロンがダッシュジャンプで加速度をつけたトンファーの一撃を見舞う!
 だが、多少皮が捲れ上がった程度であまり効いていないようだ。
「固いヨこの装甲!?」
 ニケ達も不死の軍勢を盾代わりに、一点集中砲火で攻撃を続けるがどうにも捗々しくない。たとえ穴が開いたとしても他所を攻撃しているうちに自己再生するのである。
「数が増えて来たわね。どんどん来なさいな、みんなめちゃくちゃに砕いてあげましょう」
 虚空より水銀様の球体が多数出現する。
「隠れるな! 走って逃げるヨ!」
 攻撃範囲を見計らって脱兎の如く駆け出した者以外は、皆この球体が破裂した散弾に撃ち抜かれた。
「鬼さんこちら」
 逃げた先には蛇の尾が振り抜かれ、これを避けきれなかった者達は見事に腰から両断された。もちろんもう一方には頭部が待ち構え、毒牙にかかった者達が餌食になる。
 シャロンの部隊員は隊長の指示もあり、多少は持ち堪えているが、ウコクの部隊員の動揺はひどいもので多数の損害を出していた。
「このままじゃ皆殺しヨ……  ニャンニャン師匠、私にもっと力を!!」
 シャロンの決断的コア爆熱で、背中からは龍の紋様がさらに強く光り輝く。
 稲光が雨雲から煌めいた瞬間、電撃を帯びた一撃が双頭の蛇の結節点を穿つ。紫電一閃と呼ばれるシャロンのフィニッシュブローだ!

 あたり一帯に大音響が轟く。
 シャロンの紫電一閃はヘルメティカの装甲板を破砕し、あの美貌が再び露わになった。
「ハァイお嬢さん、中々の意気の良さねぇ」
 小馬鹿にするようにヘルメティカは煽るが、シャロンの表情からはあどけなさが消え失せている。
「その後ろには誰がいるのかしら?」
「ほう、妾に気づくヘレティックが居ようとは……中々興味深いものよな」
「人間もどきとは思えぬその力、名前を聴いてもいいかしら?」
「ニャンニャン。閃電娘娘の名を継ぐ者よ」
 このやりとりを目撃していたシャロンの部隊員はこう述懐している。
「ニャンニャン師匠!? 概念上の存在じゃない!? 本当にいるの!?」
 折からの暗雲は、辺りに雨を降らせ始めていた。

 シャロンの身体にてニャンニャンと名乗る某かは、ゆったりと構えた。
「雷法の基礎は気、気を生み出すはエナジーコア、練り上げた気を勁(ちから)にして発するはニャン家拳なり」
(少なくとも拳法使いならば遠距離攻撃で……)
 ヘルメティカは無音で物体を連続発生させる。これは体の隅々まで存在するナノマシンを飛ばした後、急速に増やすことで行われているが、変幻自在の応用力を誇る。
「遠距離で戦おうと思うても無駄よ」
 空には十二分に成長した雨雲がゴロゴロと音を鳴らしながら土砂降りを演出している。
 これではナノマシンの射出が阻まれてしまう。実際、ヘルメティカの足元からトゲを生やす程度の芸当しか出来なくなっていた。
「仕方がないわねぇ」
 ヘルメティカはトゲを巨体で弾き飛ばしつつ距離をつめる。攻防一体の体当たりだ。
 ニャンニャンはこれをアッサリ回避。そのまま表皮に触れて気を流すと装甲は一気に爆砕した。
 雷が大地に落ちる時、猛烈な電圧がかかり絶縁体たる空気を変化させるが、さらに電気が流れるために抵抗の弱い場所を伝っていく。稲妻がジグザグ軌道なのはその為だ。
 発勁も原理は同じである。体の動きから生まれる運動エネルギーたる気を極限まで無抵抗に近づけ相手に流し込む。ニャンニャンは独自の拳を作り出したが、おおかたの套路は数多の内家拳系統の拳法を踏襲している。
 さらにコアのエネルギーを電気に変え利用することで、高威力の打撃を容易に繰り出すのである。

 しかし、いかんせんサイズが違いすぎる。
 ヘルメティカのラプチャー形態はタイラント級のそれに匹敵する。普通に殴っている程度では再生を止める事すら怪しい。
「ふむ、これでは時間がかかりすぎるな」
 互いに決め手を欠くなか、遠方で稲光が奔る。
「よし、これで仕舞いにしようかの。娘娘招雷、雷公鞭」
 ニャンニャンが大地を踏み抜く。ぬかるんだ地面すら揺るがす震脚は気の流れを収束させる。極大まで溜め込まれたコアエネルギーは、強大な電気エネルギーに変換され一気に放出された!
 ヘルメティカはもちろん、多数のラプチャーにも電撃が流し込まれ、はるか向こうの山の頂を穿ち抜いた!

「……人間もどきとは思えぬ力だが、ここからが本番よ?」
 余裕があるような台詞であるがヘルメティカの双頭の蛇頭のうち、片方の首は完全に炭化している。蛇尾を地面に突き刺して電撃を大地に流したのが奏功したようだ。
 焼け焦げた頭を切り離したヘルメティカは、更なる変態を遂げ始める。
 その一方で、ニャンニャンと化したシャロンはというと……
「ふむ、詠唱二回で出力五割というところか。あと一回はまぁ言わんだろうからの、ここらが限界かね」
 背中の龍が明滅するなか、周囲を見回す。
 先程の電撃は広範囲のラプチャーを完全に焼き払っていた。雨で電気抵抗が下がっていたのもあるだろう。
 一方で、ニケにはなんの影響がなかった。これは震脚から地面に流した気のエネルギーを彼女たちに流し込んだお陰だ。マイナスの電荷と化した彼女たちにはプラスの電荷に対して進もうとする電撃は流れ込まなかったという塩梅である。 
 そして、不死の軍勢を伴った獅子と豹が突入してくる!

「うわぁ……あんなのと戦わないといけないのは正直ツラいなぁ」
 ケイトのヘルメティカ評は忌憚の無いものであった。
 さいわい相手は未だ形態変化中である。通常なら高速で切り替わるはずだがそうでないところにダメージの大きさが現れていた。
「各自、残存兵の救助に動いて! 周囲の敵が全滅してる今しか出来ないよ」
 ケイトの引き連れた精鋭兵が救助に向かう。その多くは道場の門下生である。
 ウコクの亡骸が部隊員と共に収容されたが、皆戦友の死に泣き噦るばかり。士気の低下が著しくとてもじゃないが戦闘を続行できそうもない。
 そんななかでしゃなりしゃなりと歩いてくるニケがひとり。
「シャロン! よく無事で! ……あなた誰?」
「ヒトに名前を聞く時は、自分から先に名乗るのが礼儀ではないのかえ?」
 ケイトは身構えこそしないが、酷い喉の渇きを感じている。対応を誤れば死にかねないという恐怖が彼女を慄かせる。
「私はケイト。ラプチャーの指揮官だと思われるヘレティックを撃ち倒すために来たわ」
「左様か。妾はこやつの師のニャンニャン」
「どういう事です?」
「代わりにこやつの体を操作しておる。後ろの大将とはやや趣は違うがのう」
 アタナトイも無言ではあるが恭しく頭を下げた。
「とはいえもう時間の限界ゆえ、残りはお主らに委ねる。またの機会にな」
 そう言った瞬間にシャロンは糸の切れた人形のように倒れ込んだので、彼女の部隊に任せることにした。
 彼女達の後方からも、分離したスカーの部隊が猛追してくる。空にはラプチャー航空部隊はもういない。
「スカーも迎撃終了して帰ってきたよ」
「軍勢をだいぶ割いたのでこのタイミングで帰還してくれたのはありがたい」
 ヘルメティカはコブラのような形状に変態を完了した。決戦は必至である。


「ケイト、三分、いや一分保たせて欲しい」
「何をするつもりかな?」
「軍勢の選別。まだ戦える者はとっておかねばならん」
 アタナトイの不死の軍勢のうち、手足が欠損したものからバラバラに崩れ落ち始めた。
 その中から、手が壊れたモノは手を、脚が壊れたものは脚を、交換していく。眼球も例外ではない。残ったのはニコイチサンコイチにも出来そうにない完全なスクラップである。
 不死の軍勢。
 それはアタナトイの異能力によって運用されるニケボディの総称である。これは脳やコアが破壊されて死亡したニケのみならず、まっさらなスペアボディでも操作可能だ。逆に生きているニケボディに関して一切手出し出来ない。
 操作方法は不可思議極まりない。アタナトイがボディを認識すると自律操作が可能になる。これには特段の物体を用いない。アタナトイが操作糸を出したりとかはしないのだ。
 どちらかというとコンピュータウイルスのプログラムが次々と感染していく感覚で、一機のボディから他のボディを認識していく。アタナトイはそれに対して自分自身の意思でマニュアル操作を行ったり、簡単な命令を伝えて自律行動をさせたりできる。
 無論、一万以上のニケボディをアタナトイ自身が完全掌握すると頭がパンクするので千機に一機、高度な命令を出せるようにして数多のボディを単純なプログラムだけで動かせるように工夫しているのだ。

「それじゃ私たちは少しだけ話でもしようよ。私はケイト、あなたは?」
 返事の代わりに鱗が十数枚かっ飛んでくる。しかし、ケイトは眉も動かさず全て迎撃した。既にエンハンスメント完了しているのだ。
 巨大なラプチャーは好敵手の揺るぎない態度に一応の敬意を見せたのか、威嚇をやめスピーカーから声を出すのであった。
「私の名はヘルメティカ。その軍装は?」
「私は一応アークに避難する前から軍人だったからね。こちらの方がしっくりくるんだ。」
「……懐かしい。あのお方を思い出す」
(ふむ?)
 ケイトがこの軍装をしたニケを思い浮かべるが、このような衣装を選んでいたのは数えるほどしかいない。自分とアストリットと、リリーバイス。ちなみにティアマトは自分の故郷の軍隊のものを少し弄ったものらしい。
「あなた、相当昔から生きてるみたいね。今からでもお茶しないかな?」
 話がわかる個体かもしれない。戦闘を避けられるならできる限りなんでもしようというのがケイトの基本理念である。
「無理ね。女王陛下の命は絶対。人類は滅ぼす。それに与する人間もどきも同様にね。しかしあなた達は私達と共に歩むことは出来るわ」
「それに関してはごめん被るわ。私は私の意志に従って歩きたい。誰かに命令されるなんてとてもとても」
「NIMPHに縛られている人間もどきがいう台詞ではないわね」
「そんなものなくても私は私のまま戦うだけだよ?」
 ケイトはニヤリと笑う。
 脳内でのストップウォッチは三分をとっくに経過していた。

「お初にお目にかかる。私はアタナトイ。卿を殺してこの戦場を終わらせる者だ」
 満を持してアタナトイが前に出る。
 ケイトが生み出したのほほんとした雰囲気は一気に掻き消え、殺意があたりを覆い尽くす。雨粒も弾けるようだ。
「そういう大言壮語を放った人間もどきはおおかた私が奴隷のようにしてあげたわ。あなたに手勢をかなり潰されたからタダでは死なせないわよ?」
 ヘルメティカも戦闘モードに移行する。
「ヘレティックが巨大化したラプチャーの形態をとるのは何度か目にしたからな」
 言いかえれば、彼女はそうした輩とも対戦し生き延びてきた。そういうことである。
「私の結論はこうだ」
 アタナトイの不死の軍勢だったパーツが周りに集結し始め、みるみるうちに一体の巨人に姿を変えていく。
「無限の英霊よ、我を立たせたまえ……」
「こんな馬鹿馬鹿しいことを人間もどきが起こしうるの……?」
 流石のヘルメティカにも冷や汗が流れる。
 やがて、戦場に一体の黒い巨人が誕生した。ヘルメティカのラプチャー形態とほぼ同じ大きさまで巨大化したのだ。
「スルト・モード。ここまでするのに二千機は使わねばならん、容易く殺せると思うな!」
 獣の爪牙を纏ったアタナトイのアイスブルーの瞳には、ニケのコアエネルギーで爛爛と輝く炎がともっていた。

「おいおい、アレはないだろう」
 一部始終を見せつけられていたスカーは呆れ返っている。
「中二病だから……」
 先輩であるケイトは恥ずかしさのあまり顔を覆っていた。
 黒い巨人は、ラプチャーからの牽制攻撃なぞ無視して殴りつけた。
 ヘルメティカの装甲板は大音響を出しながら凹み巨体が揺れる。お返しに尻尾による足払い!
 巨人は足を挫いて大地に倒れ込む。首筋を噛みつこうとするが左腕を代わりに差し出す。
 アタナトイはそのまま左腕を地面に叩きつける!
 ケイトがげんなりしながら呟く。
「なんか特撮ヒーローものを観てる気がしてきた……」
 このまま十分ほど肉弾戦を繰り広げる巨人と大蛇というファンタジーを、ニケ達は見せつけられていた。互いに消耗が見られるが今すぐ終わるかは微妙なところである。
「いい加減トドメを刺してくれるぞ異端者め」
 ニケのパーツがさらに飛来し、巨人の両腕の周りに回転しながら浮遊する。
「死の扉の下より来たれ、仇なす杖よ! レーヴァ・テイン!!」
「なんだコイツはぁ!?」
「もうあいつ一人で良くないか?」
「頭痛くなってきた……」
 スカーもケイトも、ヘルメティカすらも理解が及ばなくなってきていた。
「ガアアア!」
 ヘルメティカの口内にある荷電粒子砲が炸裂する。直撃すればニケボディは蒸発しアタナトイも消し炭である。
「甘い!」
 巨人の右腕を振るい蛇の顔面をブン殴る。蛇から放たれるビームの奔流は明後日の方向に放たれる。
 しかし、地面から突如生えた鏡のような物体により反射されたビームが巨人の脚部を切断する。
 もんどりうって倒れる巨人。ぬかるむ地面からはメタリックなタケノコが乱杭のごとく生えていく。雨を避けるため地中から無限生成を実行してきたのだ!
「うわわわわ!?」
 ケイト達は急ぎ退避する。巨人対応のため大きいのが尚更危険だ。アタナトイは!?
「とう!!」
 彼女はあっさり巨人形態を捨てていた。代わりに両腕のレーヴァテインだけ纏わりつかせて、ヘルメティカに突撃する。
「これで!」
「終いだ!」
 双方共にトドメに入る。
 ヘルメティカのビームが放たれる!
 それと同時にアタナトイのレーヴァテインが構わず突き刺さる!

 ニケのパーツが高熱で溶け輝き、恰も焔の剣と化したレーヴァテインは、大蛇を引き裂いた。大爆発があたりを包む。
「アタナトイー!!」
 ケイトが叫ぶ!
「……心配するな、生きている」
 燃え盛る大地から、仮面と対ビームコーティングマントを失った総大将が現れる。金髪と褐色のアンバランスさが却って心強く感じる。
「まだ生きているとわね」
 ヘルメティカも脱皮しながら姿を現す。
「まだ闘えるぞ! さあ死合おうか!」
 アタナトイのこの挑発にヘルメティカは冷静に考える。
(この敵と戦うにはニケの数を減らさなくては……)
「この場の勝利は譲るわ。アタナトイ、いえアストリット将軍」
 異端者が指を鳴らすと、周りを囲っていたラプチャー達が突撃してきた。
「お、追え! 絶対に逃すな!」
 敵は整然と撤退を開始した。一部の敵だけ殿として捨てがまりを実行してくる。
「全軍突撃! 一匹でも多く狩り殺せ!!」
 ケイトが苛烈な機動戦を繰り返す。
 一方でスカーは指揮下に入れたシャロンの部隊を中心に、会戦前半の鬱憤を晴らすかのような勢いでラプチャーを始末していった。
 結局、これらの後備軍の投入で最後まで高い士気を維持し続けた義勇軍が、圧倒的に物量に勝るラプチャーの前衛を粉砕し尚且つ本軍を撤退に追い込んだ。

 ただし、被害も甚大である。
「三百万のラプチャー、何するものぞ!」
 勝利の美酒に酔う面々も多かった一方で、部隊の中にはこの戦闘で敵を壊滅に至らしめられなかったことを不安視する者もいる。
「クソ! クソォ!! あと一歩でトドメがさせたのに!!!」
 当の最高司令官であるアタナトイが、思い切り歯噛みしながら、泥濘となった地面を殴りつけクレーターを量産しているのがその証拠だった。
 様々な妨害要因に足を引っ張られながらも圧倒的な兵力差を跳ね除けたことは賞賛に値するかもしれない。しかしながら、作戦目標である敵司令官の撃滅を為せなかったという敗北感は、彼女の矜持を酷く傷つけた。
 義勇軍は初めて中級指揮官を失い、不死の軍勢を多数損耗したのはもちろん、生きた食客達も同じく戦死した。
 また、ヘルメティカの軍勢はこれ以降前線から離れた後方でひたすら手持ちのラプチャーを平押しする作戦に終始するようになった。
 これによる物資や士気の阻喪が静かに、だが大きく響くことになる……

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