【大好きなバイトを卒業します。】

ささやかな重みと温もり。

2021年7月に初めてバイト先となる大将とお話をした時、大将の思いが乗った言葉に感動し自然と涙がでてしまったのを覚えています。内容はうろ覚えだけど、ものが大切に受け継がれてきた話をしてくれた気がします。すごく引き込まれて、空間があるようでなく、ないようである。お店は広いわけではなかったけど、無限の広がりを感じました。体の内側からわくわくする何かが湧いてきて、あ、この感覚、忘れちゃってた大事なやつだって思いました。

アルバイトが始まり、とりあえず最初はまかないが美味しすぎてバイトというよりまかないを食べに行っていたように思います(笑)。忙しいのに美味しいまかないを作ってくれる料理人さんには本当に頭が上がりません。しかも、え、それ食べたかったやつ！っていう感じに、リクエストしてないのに食べたいやつがほかほか出来立てで私の目の前に出てくるし。いつも花束をもらったみたいに嬉しくなります。

初日に食べたまかない

アルバイトの内容は、お皿洗い。
お皿洗いと聞くと簡単そう！と思っていたけど、そのお皿というのは、良い器で高価なもの。だから落としても絶対に割れないだろうという高さで慎重に洗いました。最初は良さとか値段が高い理由とかもよくわからなくて、ただ単純に綺麗だなと思いながらとりあえず丁寧に洗っていました。

半年くらい過ぎたくらいだったかな、私は器にだんだんと興味を持ち始めました。これはなんていうものなんだろう。どこから来たんだろう。誰が作ったんだろう。いつのもなんだろう。どんな物語があるんだろう。私は湧いてきた疑問を料理人さんに投げかけました。料理人さんは、それを200％の熱量で返してくれました。だから私は器の世界に魅せられ、入り込みました。器やものにいちいち感動して、そこにしか目がいかなくなって、今までだったら絶対手に取らなかっただろう本を読んだり、博物館に行ったりしました。その頃から、茶道のお稽古に縁があって行くようになり、奥深い茶の湯の文化が大好きになりました。

茶道をやり始めてからのお店でのバイトはまた少し見え方が変わりました。
その作業の先にいる人を思い、心を込めて目の前のことをしたいと思ったし、動作をする時は残心を忘れないように意識しました。暫く経つと、私はカウンターで料理人さんの横で補佐をするような形で料理を出したり器を並べたりする機会にも恵まれたので、相手の呼吸を読み、タイミングをつかむことが重要だと気が付き、頃合いと呼吸を知りました。
頭では理解して意識しているけど、体は全然ついてきていなくて、結局今でもできていると言えません。それでも、見え方が変わるだけで毎日が楽しく豊かになりました。

私はこのお店で、大将と料理人さんの心配りと表現力、彼らの機微を感得するお客様の心が合致して、お互いの心が重なり合った時のより深い境地の心に染みるおいしさを学びました。そして、器や人を通して「本物の世界」を知りました。ほんと何様&知ったかぶりもいい加減にしろ〜って感じだけど、ずっと大切に受け継がれてきた器や、自然と生まれたものなど本当に色々あって、このお店にあるものが大好きです。

このお店で好きな器に出会うたびに、感じたことをメモしました。
例えば、
生命力あふれる器、優美さと大胆さをもつ器。
無秩序に見えながら絶妙なバランスを保つ絵唐津。
自由な中に渋さと遊び心があって、素朴な味わいがある器。
恐る恐る引いた線でなく、スピード感があってリズミカルな線。
うさぎが描かれた器に対しては、
うさぎはよく聞くことができる。世間のことや色んなことを聞けるし、かつ早く情報をキャッチできる。さらに安産多産。だから描かれることが多い。

などです。

400年前の器は桃山という時代の気が入っていて、当時の人の感じる心の内容を想像する楽しみがあって。もっと昔の器も、まず今目の前にあってそれが使われていることの奇跡に感動して。
ここのお店でも使っている陶芸作家さんは、古いものから参考にして、今求められているものを作っています。器から昔の人と話をしているみたい。そんな作り手の方のギャラリーで一緒に過ごす時間もあって、すごく贅沢な時間でした。

私はいつのまにか陶片も好きになってしまいました。陶片は偶発的にその形になったものだから、その子にしかない味があって、どんな形だったのかなとか想像する。見立てて、ブリコラージュしていくのもまた一つの楽しみです。

唐津に一人で行った時にもらった陶片

おいしいを教わり、おいしさの本質と、おいしいとつながっている世界。
食材や生産者、あるいはその土地の文化や歴史を知り、新たな気づきや出会いがありました。
だから、見えないけれど感じるもの、こもっているもの。
触れたり見れたりするものではなくて感じているものの美しさを知りました。見えないものを見る眼差しこそ隠された世界の秘密を解く鍵となり、よりボリュームがある世界を知れると思います。

悩んでいる時やつらい時は大将に全部話しました。そして大将にもらった言葉に何度も救われ、すとんと何かが心に落ちる感覚を何度も経験しました。ありがとうございます。

私はこのお店で
ひたむきに淡々と純粋に行動し続けること
想いを重ねる文化の感覚
を体得する機会がありました。
だからそれをしっかりと自分の中にこれからも持ち続けていきます。

大将に撮ってもらえて嬉しそうな私

3年間のアルバイトは、すごく楽しくて豊かな時間でした。
ありがとうございました。