見出し画像

わたしじゃないもん

確か小学5年生の時のこと。一つ年下のケイ子ちゃんと私は一緒に帰っていた。
ケイ子ちゃんは活発でハッキリものを言う。賢いし、スポーツもできて噂好きだ。

小学校も高学年となると、誰が好きだとか、両思いだとか、そんな事がこんな田舎でも話題になってくる。

その日、ケイ子ちゃんは私と同級生の「恵子ちゃんと健ちゃんが仲良いよね」という話をし始めた。2人とも目立つし、学級委員などする一目置かれた存在だ。私は「そうだね」と何気なく返事をした。

そこからケイ子ちゃんの妄想が始まった。
この間、公園で2人っきりでいた
抱き合っていた
キスしていたかも…

私は適当にあはは〜と笑ってやり過ごした。

それがいけなかった。

翌日、お昼休みだったと思う。
「さとちゃんが、噂を流した」といきなり大勢の子に囲まれた。窓際、日当たりの良い、後ろから2番めか3番目の席だった私は、3方を囲まれて大勢に囲まれて、口々に「何で嘘つくんだ」「さっきケイ子ちゃんに聞いたら、さとちゃんが言ったと言っていたよ」

「違う」
「言ってない」

そんな私の声は、クラス中から集まったと思われる男女大勢の声にかき消されていった。ただ、ただ、怖かった。
恵子ちゃんは学年でも1、2を争うモテる女の子だ。彼女は私の前に立ち、困った顔をしていた。
彼女にも、私の「言ってない」って言葉はきこえたはずだった。
それを掻き消すように怒鳴っていたのは、当事者の健ちゃんととても活発な中村くんだった。
健ちゃんは私の隣に立ち、椅子をガタガタ揺らした。
直接、叩いたりする子はいなかった。
でも、あの中で、私はただただ無縁孤独で、何の武器も持たなかった。泣きたいわけじゃなかったけど、勝手に涙が出てきた。

「泣きゃいいと思うなよ」と中村くんが言った。

私はパニクっていたんだろう。ADHDとわかった今なら、あの時の私の感じた恐怖がどれほどのことだったか、どんなに混乱していたか、何でケイ子ちゃんが嘘をついたのか全てが心の中でぐしゃぐしゃになって、言葉も出なくなっていたのだと言う事がわかる。
そのうちにワイワイ言っていた声も小さくなっていった。

しばらくして誰かが
「あやまれ!」と叫んだ。

その声だけがクリアに聞こえた。
私はただそれに従い「ごめんなさい」とあやまった。

群衆がパラパラと散っていくなか、中村くんは
「今すぐケイ子のところ行って、あれは嘘だったと言ってこい」と言った。

私に反論する力は何も残っていなかった。
下級生の教室へ行き、ただ、ケイ子ちゃんを呼び出し、なんかわからないけど、ごめんなさいとやっとのことで伝えた。

教室に戻ると恵子ちゃんがやって来て
「ちゃんと言って来た?」と聞いて来た。私は力無く頷いた。恵子ちゃんは満足そうに頷き、普段と同じように私を迎え入れた。

帰りの会は、針の筵だった。
「今日の反省はありますか」そんな司会の言葉に
「はいっ!」と手を挙げたのは中村くんだった。

さっきの恐怖が蘇って、涙が止まらなくなった。もう、何の涙か、わからなかった。私は何も言ってない。ケイ子ちゃんの妄想、それを否定しなかったのがいけなかったからといってどうして、こんなにフルボッコにされるのだろう。

「さとさんは、嘘の噂を流しました」

反省会の慣例として、言いつけられた方は
「もうしません」と応えなければならなかった。

私もそれに習って応えた。
納得した空気が、広がるのを感じた。

そんなこと言いたくなかった。
「私は何にもしてませんでした。」
と応えたかった。
もう、帰りたくなかった。立ち上がる力もランドセルを背負う力も私には残っていなかった。

本当のことなんか、誰も信じてくれないってことを私は学んだ。

それからの私は、「冤罪」「濡れ衣」と言うことに、過敏に反応するようになった。

それは子どもを産んでからも。学校にだって、PTAにだって、子ども会にだって、乗り込んで行った。
【私は、いつだって、
       この子らの盾になって守る。】
私のこの思いの根底には、こんな出来事があったとは、実は、だれも知らないし、きっと、忘れてしまっていることだろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?