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青春18切符って魔法の小切手だな⑥  <最終回>

18切符旅、最終日です!
朝食バイキングでハムエッグとコーヒーを堪能した私は、名残惜しい気持ちを胸に彦根を後にしました。

帰りの旅路

電車に揺られ、岐阜をすぎ、愛知をすぎ、海が見えてきて、
行きの風景が蘇ってきました。

本当は熱海に寄り道して食べ歩きたかったのですが、なぜか頭と体が一直線に東京へと向かっており、言うことを聞いてくれませんでした。

また元通りの生活に戻るのだ、という実感と、いや戻りたくないと反抗する心の声。

電車に乗っていて、思い出したことがありました。

そういえば昔から、エンジンの音に背中を預けるだけの時間が大好きだった、と。
大好き、というより、精神の均衡を保つために、常にその時間を
心が渇望しているということです。

私はかれこれ10年近く、電車を日常的に使っています。
中学校の通塾。高校の通学。大学の通学。

「電車に乗っているだけ」の時間は、
身体に埋め込まれた大切なルーティーンになっています。

普段、電車や車に乗るとすぐ眠くなってしまうのは、心の在り処にやっと戻ってこられた安心感を抱いているからかもしれません。
産まれたての頃から今に至るまで、私は「エンジン音ですぐ寝る」体質のようです。

真冬の逃避行

中学3年生の冬に、学習塾からの脱走を試みた時期がありました。
木枯らしが体を撫でつける師走の夜、いつものように塾に向かう途中で、
突然、帰りたくなりました。
こんな感情になるのははじめてでした。

課題を忘れたわけでも、先生が怖いわけでも、
塾に時限爆弾が仕掛けられているわけでもありません。
受験に対して後ろ向きになったわけでもありません。

それも、「なんか今日、行くのだるい。帰りたい」という程度
ではなく、本能が語り掛けるような、胃の奥から湧き上がるような
「帰りたい」の気持ちでした。

正確に言えば、「帰りたい」よりも、
「どこかへ行ってしまいたい」。
それがどこかは、分からない

張りつめていた理性の糸が音を立てて切れ、
気付けば私は、塾と逆方向に全速力で走っていました。

塾生の何人かとすれ違いました。
「あの人、忘れ物を取りに帰ったのかな?でも、授業開始まであと15分しかないよな?」という表情で。

どうしようもない不甲斐なさと吐き気と自己嫌悪が、真っ白な吐息とともに
空へ消えていきました。

自分の心に何が起こっているのかも、よく分かりませんでした。
悲しいし苦しいのに、涙も出ず茫然自失していました。

駅に到着。
当時は、「定期券では元が取れないから」という理由から、
回数券10枚つづりだかで購入していました。
(=親が購入してくれました)

切符を改札に通した瞬間、

「せっかく高い塾に入れさせてもらって、今が1番頑張り時なのに、自分は何してるんだろな」という、情けない罪悪感と背徳感で心が潰れました。

底冷えする真冬の駅舎は、冷たくてあったかい。
人が一番少ない1番前の車両に席を取り、出発を今か今かと待っていました。とにかく、早く出発したかったんです

各駅停車の東京行きは、ゆっくり進みます。
自分の生活世界から、徐々に体が離れていくのをぼんやり感じました。


電車は、数学で酷い点数を取って模試の成績が下がりっぱなしの私を、
欠点も邪な心もすべて飲み込むかのように、あたたかく迎え入れてくれました。

スマホも本も持っていなかった私は、英単語帳を開く気にはなれず、
窓の外を食い入るように見つめていました。
何を求めていたのかは分かりません。

あっという間に、終点に。一旦出て、トイレに寄って、また飛び乗って、
折り返す電車のアナウンスを心細く聞いていました。

道中、偶然にも、第一志望の高校の制服を着た男子が乗り込みました。
教科書を開いていました。

王道のルートに乗った名前も知らない彼と、王道からキレイに枝分かれしようとする私との歴然とした差を一方的に感じて、無性に哀しくなりました。

日常から取り残された孤独感を感じていました。

憂鬱なプチトリップの行方

この小さな鉄道旅は、4時間で終わりました。
普段の帰宅時間を30分ほど過ぎたあたりで、家に着きました。

鉄道旅は、それから4日続きました。
2回目以降は、塾の教材すら持たず、同じ電車に飛び乗りました。
切符を無為にする罪悪感から、見苦しいほど思いっきり目を背けました。

何がしたかったのか、未だによく分かりません。
虚無感でいっぱいでした。

4回目で、親にバレました。塾の先生から家に電話がかかり、
最近来ていないが大丈夫か、とのことでした。

その後、塾長の先生と面談をし、もう一度立て直して頑張ろうよ、
というメッセージをもらえたことで、退塾の瀬戸際で、
元の世界に戻ってくることができました。

熱量を取り戻した私は、
後れを取ったことも、久々に教室に入った瞬間の周囲の目線にも
全く見向きをせず、
特別快速の夜の電車のように、前だけを見て走りました。

逃避行からの帰宅があと1週間遅かったら、
受験に落ちていたかもしれない。

ぎりっぎりの所で立て直しに成功しました。

5年ぶりの逃避行


5年前のこの出来事を、東海道本線の2号車でふっと思い出したのです。
体験自体を忘れかけていました。
唐突に思い出したのは、5年前と同じコートを着て、同じ構図で座っていたからでしょうか。

あれって、マジで何だったんだろう。
断片的な記憶を、つなぎ合わせていきました。

電車の中ですごした、あのいまいましい時間は無駄だったのか。



いや、無駄ではありませんでした。
それどころか、必要な時間でした。

物理的に・心理的に距離を置くことで、心を相対化できたんじゃないかと思います。
自宅と、中学校と、塾。
3点で結ばれた枠の中だけの生活世界から、ちょいとだけ抜け出すことができた。


悩みを俯瞰的に見つめ直すことができた。
言語化しようがない心のモヤモヤを、一旦、電車に置いてきた。

だからこそ、帰るべき場所に帰ってこられたんだと思います。

心の均衡を保つうえで、今でも私は、「電車移動」を、くぐもったエンジン音に包まれたあの優しい世界を必要としているのかもしれません。

授業で上手く発表できず、電車に乗る。
飲み会で気の利いたことを言えず落ち込んで、電車に乗る。
バイトで嫌なことがあって、電車に乗る。

心が真っ黒なクレヨンでぐちゃぐちゃになっていても、
灰色の世界から抜け出せない日も、

とりあえず電車に乗る。

勉強がはかどらない日は、とにかく電車に乗る。
(そして駅近のスタバに行く。)

1日の活動時間の約7%を、私は心を整える大切な「移動」時間に費やしています。


おっといけねえ、あっという間に東京駅!乗り過ごすとこだった~

東京駅から自宅へは、1駅1駅を噛みしめながら、
充足感と安心感に包まれて帰っていきました。

とうちゃく!!!!!
1週間に渡る移動が幕を下ろしました。
やり切ったーーーーー!
終わっちゃったーーー!


まとめ

今回の18切符旅では、5年ぶりの「逃避行」をしてきました(笑)

大学生活のあれこれは、いったん関東でお留守番。
日常生活にちゃんと戻ってこられるように。

ここまで振り返って、私はふと、八木重吉の詩「心よ」が
浮かびました。

私にとっての「旅」と「移動」を体現する作品ではないかと思います。

「心よ」八木重吉

こころよ
では いっておいで
しかし
また もどっておいでね
やっぱり
ここがいいのだに
こころよ
では 行っておいで

八木重吉「心よ」~詩集「秋の瞳」より~


心が戻ってこられたので、4月からまたいつもの場所でがんばれます♡

最後にもう一度言っておきます。


青春18切符って魔法の小切手だな!


(青春18切符って魔法の小切手だな ーー)




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