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ライフスタイルと出会う旅レポート〜半分農業(自給)半分好きなこと編〜


はじめに

この記事に書いている旅をしたのは2016年です。

昨今の事情で急遽、在宅勤務で働いている人によっては都会に住んでいる意味が感じられなくなっているという話も聞きます。
 
そこで浮かぶのは住むのは田舎という選択肢です。畑をやりながら穏やかに暮らす。そんなライフスタイルもいいですよね。
 
私も以前、半分田舎半分都会といった暮らしをしたいと思い、実際にその生活をしている人たちを訪ねたことがありました。
 
訪ねたとありますが、実はほぼノープランの旅で結果として色んなパターンの「畑と共に生きるライフスタイル」を送っている方の生活を垣間見ることができたのです。
 
その旅の始まりからプロセスも含めてとても面白かったので今回書くことにしました。

内容としては実際どんなライフスタイルだったのかを具体的に書くというよりは旅のプロセスについて書いている記事なのでご了承くださいませ。
(残念なことに当時の写真がほとんど見つからなかったので、文字で楽しんでいただけたらと思います。)

「半農半X(はんのうはんえっくす)」というコンセプトとの出会い

私が一番最初に畑や自然と共に生きることに魅力を感じ、リサーチしてみたのは2010年の12月でした。
 
その直前まで、ハワイ島のオーガニックファームで3ヶ月過ごしており、その価値を十二分に実感した時でした。

※その時の体験について書いた記事はこちら

日本に帰国した後にまず行ったのがどこかのファームで暮らすというライフスタイルができないか、といいう検討でした。
 
結果として、当時は別の選択をしたのですが、心の奥ではどこか気になっていました。
 
その後、しばらく畑とは遠ざかっていたのですが2016年になりチャンスがやってきます。
 
ある時、会社で働きながらエコビレッジ(※)を運営している友人が、

※エコビレッジとは?
・世界各国で始まった「お互いが支え合う仕組み」と「環境負荷の少ない工夫」を取り入れた暮らし方やコミュニティ
 
・「3つのエコロジー(生態系、社会・経済性、精神性のエコロジー)の実現を目指した、自立・完結・循環・持続型のコミュニティ」を理想的なエコビレッジ
→ こちらのHP参照

塩見直紀さんという方の講演会を主催することを知りました。
  
そもそも、塩見さんとは誰なのか?ということですが、「半分農(自給のため)半分大好きなことをやる、といったライフスタイル」について聞いたことはありませんか?
 
最近、そういうスタイルの認知が広がった印象がありますが、実はこのライフスタイルは塩見さんが2003年から「半農半X」というコンセプト名で提唱し、実践され続けているのです。

(その塩見さんも1995年、屋久島在住の作家・翻訳家の星川淳さんの本の中で「半農半著」というライフスタイルに出会い、インスパイアされたそうです。)

■プロフィール
塩見直紀(しおみなおき)
半農半X研究所代表
福知山公立大学地域経営学部特任准教授
総務省地域力創造アドバイザー

1965年、京都府綾部市生まれ、同市在住。カタログ通販会社フェリシモに約10年に在籍。1999年、33歳を機に故郷の綾部へUターン。2000年、「半農半X研究所」を設立。21世紀の生き方、暮らし方として、「半農半X(エックス=天職)」コンセプトを20年前から提唱。著書に『半農半Xという生き方【決定版】』など。半農半X本は翻訳され、台湾、中国、韓国でも発売され、海外講演もおこなう。若い世代のX応援のために、コンセプトスクールや半農半Xデザインスクール、綾部ローカルビジネスデザイン研究所、スモールビジネス女性起業塾(京都府北部対象)などもおこなう。
(ブログより)

そんな塩見さんの講演会だったのですが、そこで語られた塩見さんの半生は非常に興味深いものでした。
 
また、私自身、塩見さんご本人にビビビとくるものがあり、翌日も東京にいらっしゃるということだったので思い切ってお茶のお誘いをしたところ、快諾いただけました。
 
そこでの話もすごくよく、私と農業の最初の接点であるハワイ島の話もさせてもらい、充実した時間だったことを覚えています。
 
そして、話の中で塩見さんが住んでいる場所にも強く惹かれました。そして、こんな風にメッセージを送りました。

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この後の返信にはやられました。

「オススメのタイミングというより、直感勝負でしょうか。笑」

私はそりゃそうだ!タイミングは自分で作るものだと思い直し、早速スケジュールを検討しました。
 
その結果、約2週間後に訪問することができました。
 
そこで待っていたのはとても面白い旅だったのです。

予想外の旅〜前編〜

その旅について事前に決まっていたのは2つだけでした。
 
(1)初日に塩見さんに綾部でお会いする。
(2)1泊する。
 
そのため、片道切符だけを用意しました。

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初日は、市内のオススメスポットをご紹介いただいたり、ゆっくりお話を聴かせていただくなど、塩見さんに大変お世話になりました。
 
また、宿泊は塩見さんにオススメいただいた農家民宿を利用したのですが、とても素敵なご夫婦がされていて、おいしい料理をいただき、深い話を楽しみ、これまた最高の時間を過ごすことができました。
 
翌朝、起きて朝食を済ませた後にこんなことを思いました。

「最初に決まっていた予定は終わったけど、
このまま帰るのは何か違うな〜。
 
綾部をまだ何も味わっていないな、
むしろ今日からが本番だな〜。」

その感覚に従い、延泊をお願いしました。
 
こうして、何も計画も見通しもないまま、旅を続けることだけ決めたのです。

予想外の旅〜中編〜

その日のランチは宿の方にオススメのお店に連れていってもらいました。
 
そこでは、私のことを面白がってくれた女将さんが「残るなら会ったらいいよ〜」と紹介してくれた人と落ち合うことになっていました。
 
その人は、2012年頃に関東から綾部に家族で移住し、それまでやっていた自分の事業と自給自足を両立する半農X(エックス:好きなこと、使命を仕事にする)な生き方を実現している人でした。
 
話をしてみてビックリしたのは、なんと私とは数年前にどこかで会っていたらしく、SNSですでにつながっていました。
 
お互い、なんとなく名前と顔を見たことがあるのは覚えていたので一応再会だったのです。すごい偶然ですよね。。。
 
彼のしている事業ではお客様は女性が多いらしく、私も当時は女性支援プロジェクトに打ち込んでいたので「女性を応援する」というテーマについて話が盛り上がりました。
 
話をしているときに、彼が突然、電話をかけ始めました。
 
そして、紹介したい人がいるといって車で移動することに。
  
途中で彼は自分の田んぼに連れていってくれて来た当時のこと、大変だったことなど話してくれました。
 
ほとんどの人が最初に自分のキャパを過信して広く田んぼを借りてしまい、手が回らなくなるという大事な教訓を笑いを交えて教えてくれました。
 
ゆったりとした時間を過ごした後に、その女性のいる家に向かいました。
 
その女性は、以前、海外で活動をした後、縁あって綾部に越してきて、畑をやりながら半農半Xを目指している同世代の人でした。
 
着くと、快く迎え入れてくれて手作り味噌や畑、近所の猟師さんの家なども紹介してくれました。
 
そして、部屋で3人で話をしていたところ、急遽、彼女の人生相談に乗らせてもらうことに。その結果、役に立てたようでとても嬉しかったです。
 
その後、さらにビックリすることに、そのまま2人が「私を誰に会わせたらいいだろう?」とか「綾部のどこに行ったらいいだろう?」ということを
考え始めてくれたのです。
 
なんと、ありがたかったことか。。。
 
その結果、綾部の近くにある「元伊勢※」という場所がいいんじゃないかという話になりました。

※元伊勢(もといせ)は、三重県伊勢市に鎮座する伊勢神宮(皇大神宮(内宮)と豊受大神宮(外宮))が、現在地へ遷る以前に一時的にせよ祀られたという伝承を持つ神社・場所。(wikipediaより

しかし、その場所は歩いていける距離ではありません。それに翌日は2人とも予定があったのです。
 
普通だったらそこで終わりですが、なんと、そこからさらに「どうやったら私が行けるだろう?」と考えてくれて、民宿の女将さんに相談もしてくれて、ある人の名前が浮かび上がりました。
 
そして、女将さんがその人に電話をして、相談してくれた結果、明日は空いているとのこと。
 
なんと、その人は私と初対面にも関わらず、連れていってくれることになったのです。。。(というか、ここまでのほぼ全員が初対面。。。) 
 
皆さんの力を借りて、私は元伊勢にいけるようになったのでした。

予想外の旅〜後編〜

翌日の朝、宿で待っていると連れていってくれるAさんが来てくれました。2泊3日お世話になった宿の2人に挨拶をし、元伊勢へ向かいました。
 
元伊勢というエリアには2つ神社があったのですが、片方の神社は滝のすぐ側の崖の上にあり、ちょっとしたアスレチックのようでワクワクしました。
 
参拝した後は気のみ気のままドライブ。
 
実はこのエリアは、鬼伝説と呼ばれているエリアのようで、山間の駐車スペースには鬼の像が置かれていたり、鬼の博物館もありました。
 
彼はここで 「鬼って言ってるけど、僕はそれは当時の異人だったり、違う民族の人のことだったんじゃないかって思ってるんだよね。」という興味深い話をしてくれました。
 
当時はいまいちピンときませんでしたが最近、日本の古代史について調べていく中で「伝承や歴史書は、勝者に都合よく表現されている」というものの見方を学びました。
 
そう思うと、実は悪く描かれている鬼が実は支配された側であるという見方ができるようになります。
 
そう思うと、彼は常識に囚われない物の見方をしていたんだと今更ながら気付かされるのでした。
 
そこからさらにドライブを続け、日本海側まで到達しました。日本三景「天橋立」のある宮津市です。(こうして見るとけっこうな距離走ってます!!) 

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駅周辺でランチを済ませた後、Aさんは「このまま天橋立を見ても面白くないよね!いつでも行けるし!」(本音を言えば少し見たかったですが 笑)と言い、少し考えたあとどこかに電話をかけ始めました。
 
「よし、大丈夫だって、いこう」そんな声と共に車にのりこみました。
 
どこをどうやって行ったのかわかりませんが着いたのは山奥にある、かなり年季の入った古民家。
 
携帯の電波が入りません。
 
なんと、そこには30年以上も前から自給自足の生活を送り、3人のお子さんをホームスクーリングで育てたご夫婦が住んでいたのです。
 
トイレなどからバイオガスを生み出す仕組み、石炭ストーブ、薪を燃やして使う給湯器など、ほとんど既存のインフラを使わない生活がそこにはありました。
 
自給自足に近い生活はハワイ島でもしていましたがここまで徹底しているのは初めてでした。
 
有難いことに一緒に畑を回ったりしながら色んな話を聴かせていただいたのですが

「文化とは、その文字の通り、文字になったもののことになってしまっている。本当の文化は文字になっていないところにあるんだ。

という言葉が一番印象的でした。これまた何と含蓄のある言葉だなぁと今振り返って思います。
 
夜遅くまでお世話になった家を後にし、Aさんの好意に甘えて家に泊めていただくことになりました。
 
今回の旅ではユニークな経歴の方ばかりと知り合えたのですが、彼もとても面白い人なんです。
 
彼は、10年以上海外を巡っていて数年前に日本に帰国。そこからご縁があって今は綾部で過ごしているとのこと。
 
彼の家は、畑付きの大きな古民家で、石炭ストーブで食事を作ってくれました。
 
翌朝、畑も見せてもらいましたが使っているのはまだ小さい区画でここから少しずつ拡張していくとのことでした。
 
そして、その後綾部駅まで送ってくれました。
 
ほぼ1日、見知らぬ私に付きそうだけでなくもてなしてくれた(しかも終始軽やかで明るい)Aさんには本当に感謝しています。

さいごに

こうして、最初の1泊だけ決めていた片道きっぷの旅は様々な人のご縁の力で最終的に3泊4日まで膨らみ、
 
意図していた訳ではありませんでしたが
 
(1)来たばかりで畑づくりをしている男性
(2)自分で米作り、味噌作りなどをしながら働いている女性
(3)半農半Xを実現していたご家族2組
(4)ほぼオフグリッドの自給自足をしていたご家族
 
といった「畑と共に生きるライフスタイル」を段階的に垣間見ることもできました。
 
たくさんの人のご縁で繋いでいただいた有り難すぎる、お得すぎる旅でした。
 
この旅を経て当時私が思ったことは「半分畑と共に生きる生活は移住するくらいの気持ちがないとできない」ということでした。

通える距離にある田んぼや畑を借りることから始める、という人も多いのですが(というか最初はそこからスタートするのがオススメ)、それよりも踏み込んだケースを想定していた私にとって田舎暮らしは「今はまだいい」という結論に至りました。
 
この旅は、プロセスの偶然が凄すぎてこれまでの1人旅の中で1番ワクワクしたものでした。(といってもそんなに旅したことないです) 
  
こういう偶発性で形づくられていく旅を定期的にやれたら最高だなぁと思っています。(そんな狙えるもんじゃないですけども 汗) 
  
今のタイミングでは目の前でやることもいっぱいあるかと思いますが、「ここに行ってみたい!という場所」「こんなライフスタイルを送ってみたい!と思えるモデル」をインターネットで探す時間もぜひ取ってみてはいかがでしょうか。
  
今回は、少しそんな気分になってもらえるように私の旅話を紹介させていただきました。
 
半農半Xというライフスタイルが気になった人はぜひ塩見さんの記事読んでみてくださいね。


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