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ヒストリー⑮願いかなった日・2006年5月・6月

山本議員のがん告白


 2006年5月22日、山本孝史さんは参議院本会議の代表質問に立ちました。山本さんは、自らのがんを公表したうえで、がん対策基本法と自殺対策基本法の早期成立を求めました。

まさに命を懸けた訴えは、与野党だけでなく議場を超えて各方面で大きな共感を呼びました。
法案成立への機運は一気に高まりました。

自殺対策基本法は、ひとつボタンを掛け違うと、与野党対決法案になりかねないものでした。
自殺の増加を「小泉構造改革がもたらした」という見方も多く、野党がそれを強調すれば、与党の反発を招く可能性も充分にあったからです。

参議院の野党から提案された議員立法で、与野党が一体となる状況を生み出せたのは、山本さんにしかできない大きな功績でした。

山本さんは、代表質問の直前まで、他の議員への説得を欠かしませんでした。ライフリンクの清水康之代表が事務所を訪ねた時も、病身を押して、一緒に関係議員の事務所を回り、法案の趣旨を説明しました。
躊躇する議員がいると「これは私の置き土産ですから」と鬼気迫る表情で、協力を求めました。

ライフリンクや自殺防止センターなど民間22団体も法案成立へ奔走しました。
4月から「自殺対策の法制化を求める3万人署名」を始め、5月13日には秋田、大阪、東京(新宿)、神奈川(横須賀)、京都、福岡、佐賀などで全国一斉街頭署名を実施しました。

「3万人」は年間の自殺者の数からとったものです。多くの人が共感してくれました。6月7日に参議院議長に提出した署名は、目標の「3万人」を上回る「10万1055人」を数えました。

6月8日、自殺対策基本法案は超党派の議員立法で参議院内閣委員会に提出されました。早期に成立させるには、課題が山積する厚生労働委員会ではなく、内閣委員会で、質疑を省略し、参・衆両議院を通過させる離れ業が必要でした。

はたして会期末が迫る中、法案は、参議院内閣委員会、本会議、衆議院内閣委員会と全会一致で即日可決が続き、6月15日、衆議院本会議でも全会一致で可決されました。

自殺対策基本法は、ついに成立しました。 
                                     =続く  次回は、⑯2006年10月編「自殺対策基本法ついに施行」です。

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