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ソリスト角野隼斗 ショパンピアノコンチェルト1番 金沢歌劇座9.16

※全くの音楽素人が書く感想です。自分の中にある言葉でいつも書くことに努めています。
浮わついた感情も正直な気持ちとして書き残しました。温かくお見守り下さい。


この日が来た。
角野さんのピアノの音をリアルで聴ける日だ。
しかも世界的オーケストラ、ポーランド国立放送交響楽団、指揮者にマリン·オルソップを迎えてのショパンピアノ協奏曲第1番。

チケットを発券した時から、これはかなり気合いをいれないといけない席だとは思っていた。5列目、中央ブロックの左寄りの席。
多分オーケストラもある程度見渡せる位置。

そして迎えた当日。
ホールに入って席を確認すると1列目が省かれている。
実質4列目のピアノの椅子が置かれる真横…つまりは角野さんが真正面に見える位置である。
ただでさえ緊張していたのに席に座っても落ち着かない。

あれこれ悩んでかけたパーマと、頑張って選んだワンピースと…誰も見てないけど、ほんとに久し振りに私なりに着飾ってこの日の席に着いた。そんな事もこの日の特別だ。

わくわくとドキドキがずっと入り乱れる中開始間もなくのアナウンスがなった。

オーケストラの方々が現れ、拍手が鳴る。
コンマスがピアノで音合わせをする。

そしてたくさんの拍手に包まれながらマリンオルソップconductorが穏やかな、しかしどこか勇ましさを纏った空気で登場する。

バツェヴィチ「オーケストラのための序曲」
が彼女の合図を皮切りに始まる。
余りにも席が近く、オーケストラの音を受け止めきれるのか不安でいっぱいだったが、とんでもなかった。

音が飛び込んで来るかと思いきや、空間に留まる感じ。
しかし!!バイオリンの、まろやかで、芯があって、奥行きのある音!!

却ってこれは生音ではないのではないかと思ってしまうくらい、整えられた音だった。

軽やか且つ高貴で優雅な音が一瞬にして私をヨーロッパの舞踏会のような雰囲気に連れていってくれる。例えているが、本当にそう思えた音だった。

ドラムやコントラバスの小気味よいリズムがぐっと明るい空気を作る。
マリンconductorの揺れる体に私もいっしょにのってしまう。
ご挨拶代わりには本当にぴったりだと思ったこの曲は、マリンconductorも指揮を取っていてとても楽しそうだった。

そして思った通り、彼女は各パートへ明確に指揮を取られ、私の目や耳も迷うことなくそれについていけばよかった。
コントラバスもホーンもシンバルもとにかく心地よい。
世界的オケの音はやっぱり極上だった。
そして出だしからこのオーケストラの音の纏まりの素晴らしさにド肝を抜かれてしまった。

この序曲で既に会場いっぱいの歓迎と喜びの拍手で埋め尽くされる。

そしていよいよ角野さんが登場だ。

実は本当に私が緊張しすぎたのか、聴く方としてとても固くなってしまっていたと思う。
だからこれから書くことは、本当にあくまでも私の印象と感想である。

このコンサートに行けるかもと思った日から、私は毎日ショパンコンチェルトを聴くことを決めた。
とにかくメロディを頭に入れたかった。
角野さんの弾くピアノの音を聞き逃したくなかったからだ。
実際は毎日とはいかなかったけれど、聴いてみれば第2楽章、第3楽章は割りとすぐ頭に入った。ラボのお陰もあったと思う。
そして何よりショパンが書いたメロディーの素晴らしさの証だと思う。

第1楽章はやや苦労したが、繰り返す内に何とか次のフレーズが浮かんでくるようになった。そして待ちわびた。
角野さんのピアノの第一声が目の前で鳴り響く瞬間を。。

何度も聴いたオーケストラの冒頭フレーズが始まる。

会場や撮影の場所が関係するのかTwitterで上げられていたリハーサルの音源のような、あの揺さぶられるような震えるようなオーケストラの音ではなかった。

しかしそれは期待を裏切るものでは決してない。

乱れず、洗練されていて、軽やかで、そしてあたたかいのだ。

その音に包まれて目を閉じる。

角野さんも時折その音の合わさりに目を閉じたりしてオーケストラとの息を合わせていたように思う。

マリンconductorがいよいよ角野さんに合図する。
力強く鳴る角野さんのピアノ。
力任せではない。
先に書いた席の距離のため、始まる時すっと息を吸い込むのも聞こえた。
気が籠る瞬間。
何となく緊張されているかとも感じたが、演奏自体に固さはない。

先に言ってしまうと、全楽章通して、彼のピアノの音もまた耳に刺さるようなことは1音もなかった。
芯の音がそのまま私達に届くような、そんな心地よさだった。

(ただひとつ、ピアノ自体はかなり弾きづらい方のピアノだったのではと思った…違っていたらすみません…)

音がひとつひとつちゃんと際立ち過ぎずに細かく粒立っていて、また走ることなく、変に色気付くこともなく、そして彼から滲み出るやさしさを増して、真正面から彼のショパンは鳴っていた。

彼の今の等身大のショパン。

とても愛おしかった。

今回緊張した分入り込みすぎずに聴けたという面もあるのだが、だからこそ言う。
角野さんの演奏は入り込まなくとも、聴いていて詰まらない、退屈だと感じる瞬間が本当にない。
ひとつひとつ確実に鮮やかに弾いて、やり過ぎず、そしてその繋がりが切れることがない。

ずっと自然で、言葉が適当かは分からないが聴いていて物凄く楽であった。

マリンconductorの指揮も彼のピアノの音を生かして消すまいと、細心を払って指揮をされたように思う。オーケストラもまたピアノの音を越えることはしない。
彼のピアノに音を添える、そんな感じだった。更に言うと彼のピアノだけが目立つのでもない。

全てが「ピアノコンチェルト」のための演奏なんだと思った。

第1楽章は、オーケストラ冒頭~ピアノの最初のフレーズのイメージから何となく物悲しい印象があったのだが、終わってみれば思わず拍手が起こるくらい、雄大であたたかなフィナーレで幕を終えた。
その拍手にマリンさんも角野さんも見合わせて微笑む。

そして、私が今回1番期待していた第2楽章。

冒頭から角野さんの思いが音となって耳に届く。素人の私にさえそれが感じられるくらい彼はピアノで語りだした。
こんな風に弾けるようになられたんだなぁっと思った。今回私が1番感動したところだ。だって歌ですらそれは難しいから。。
そしてそこに間接的なものはない。
だから重たくない。
彼のピアノの素敵なところだ。

悔しいのが私の記憶力…(ありがたいことに大阪での演奏が音源化されるとの事。是非購入して繰り返し味わいたい)

えっ、ここで間を置くの?と思った箇所がひとつ。それが何とも絶妙で。
ここでもオルソップ氏と角野さんの意志確認が伺えた。

また、角野さんの弾む軽やかな音に、弦を指で弾く優しく優美な音がピタリと重なる。
ショパンコンチェルトにこんなお洒落なフレーズあった?!とどぎまぎしてしまった。あの瞬間は今でも宝物に思える。

感情を込めすぎずに丁寧に弾かれる旋律がとても角野さんらしい。柔らかい優しい音。
そして要所でしっかりマリンconductorと意志を合わせることも怠らない。
彼自身も仰っていたショパンの美しい和声が角野さんの音で鳴り響く。
美しいというと少しひんやりしたイメージもあるかもしれないが、そうではない、とにかくこの日の第2楽章は優しく柔らかく、細部まで行き届かされたされたため息が出る音だった。
ファンになりたての頃から彼のピアノはキラキラしていたが、今はその中の尖っていた音が全て消え、キラキラしながらも終始安心して耳を任せていれた。

間髪入れず(実際はわずか一瞬の間を置いて)第3楽章が始まる。

もうここからは角野さんの真骨頂だ。
時折角野さんの指からCateenさんが現れる。アレンジされてる?と感じるくらい。
その度に嬉しくて思わず頬がほころぶ。
マリンconductorと話してそういう演出をされているのか、彼女の顔もとても満足気だった。
その後ろ姿もクラシックを振ってるとは思えない程のノリで、そう思うとこれは「新しいクラシック」になるのではと私は思えた。
聴くだけでない、体でビートを感じるクラシック。

誰ひとりの音も彼女が振るタクトから外れることも乱れることもない。
全身で振られる彼女の指揮にオケの方ものっている気がした。おひとりずつの表情を見ても勿論真剣だが心が何だか楽しそうなのだ。

そしてマズルカを思わせるフレーズの箇所。やはり私にも特別だ。
彼が習得したポーランドの舞曲のリズム。
寧ろ安心感すら覚える。
ラボの練習で何度も何度も聴いたフレーズも今日は完璧に弾きこなす。

もしもう一度聴けるなら、私はずっと目を閉じてこの演奏に体を預けたい。

あの画面の中の砕けた彼ではない、角野隼斗が1音1音を鳴らすためにピアノに更に向き合う。
最終の怒涛の連続されたフレーズに入る。集中力は時間を追う毎に増していた。
細かく速く正確に音符がなる。
ものすごい練習を積み重ねただろう事が頭をよぎって、鼻の奥から込み上げるものがあった。マスクの中で思わず「すご…」と呟いてしまった。

そしてマリンconductorの凄さを改めてここで知る。
このコンチェルトの最後の盛り上りのために、最初から全ての音をコントロールしていたのだと感じた。
圧巻だった。

最後の音が消えるもう凄く手前で後ろからわっと待ちきれなくなった拍手が鳴る。

私はその日知り合った隣の方の手を取り一緒に立ち上がった。
改めて、コンパクトなホールのため、華やかで音が溢れる、という感覚はなかったが、心にじわじわとあたたかい炎が灯るような、そしてそれがこうして書いている今もずっと続くようなコンチェルトだった。
チームワーク、ひとつの作品を皆で作り上げる心意気とそのプロフェッショナルな精神にとてつもなく感動した。

何度も鳴る拍手に、マリンconductorは挨拶して、彼は丁寧にお辞儀をして、ステージを去った。

勿論鳴りやまない拍手。
彼が登場し椅子に座る。

この日のソリストアンコールはあの鐘の音のワンフレーズで始まった。

ショパンのエチュード25-11、「木枯し」だ。

思い起こせば、私にとってショパンコンクール予備予選で、ピアノの演奏を聞き慣れないながらも他の出場者と聞き比べ、彼のリズム感の凄さと演出力を感じて「大丈夫」と感じたこの曲。

今日この日の「木枯し」は完全に彼の手の中だった。

一瞬で気を込めて彼が音を一気に解き放つ。

「まだまだ弾き足りない!!!」と言わんばかりに堂に入った木枯しが吹き荒れる。しかしその演奏は一切荒れずに、彼の世界に皆が一気に引き込まれた。

プロからしても乱れそうなアルペジオの連続に1音の乱れもなく最後の音が鳴り、彼の腕が宙を舞った。
同時に観客の拍手が飛ぶ。

思った以上に私にもこの曲に思い入れがあったのか、それとも彼の気迫が籠ったピアノを目の当たりにしたからなのか、聴き終わったらコンチェルト以上にぐっと来てしまって泣きそうになってしまった。

彼が「弾き足りない!!!」と思うということは(私が勝手にそう感じただけだが)、彼はもっといけるのだと感じた。
当然、タイトに続くこのツアーの疲れはあるだろうが、その余力がとても頼もしい。
そんな演奏を聴かされたら、こちらも「聴き足りない!!!」である。もう、ソロコンサートに行きたくなってしまうではないか。。

そして思ったことはもっともっと彼はピアノを自分の物にしていくだろうということ。
こんなに完成されていてもこれでもきっと発展途上中なのだと。

何よりもそのためにはより広い世界へ。
来月にはアジアでのコンサートも控えている。たくさんの観客や一緒に音楽を作った人達が彼に魅了されるであろうことは、ファンがよくご存知だ。
そしてまず願うのはこの素晴らしいツアーを無事完走させることだ。

マリンconductorとポーランド国立放送交響楽団「新世界」は次のnoteで!(でも記憶力自信なし涙)