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自分について考えたときに

1年くらい前に書いたもの。
ちょうど就職する前、くらいかな。

noteを一新したくて一度消したのだけれど、
私にとって大切なきっかけだったので
再掲することにしました。

『自分について考えたときに』

自己分析とか言われるものを数年してみて、
実際にいろいろと実践してみて、
自分の今後について、出た結論です。




『私の夢ってなんだろう?』

ずっと思ってたこと。

小学生のときに夢に挫折して、
中学生で必死にやりたいことを探して、
高校生ではひとまず夢を作ってみて、
高校2年間と大学3年間は
そのつくった夢に対して時間を使ってみて、

結局、「これじゃない」。

そして2年以上前から自己分析をはじめて
ずっとぐるぐるぐるぐるぐる、
「私の夢は何なのか」という問いに対する
答えを出せずにいました。



何故答えが出なかったのか。

それはずっと、
「何をやりたいか」を探していたから。

どういうことかというと、
人には「やりたいベースの人」と
「ありたいベースの人」がいるのだそう。

細かいことは割愛するけど、
私は後者の、「ありたいベース」の
人間だったということ。

それで、ストンときて
最近自分について書き出してみました。



**

「何したい?」

・とりあえず会社で働きたい

会社という世界を知りたい
(未知への好奇心と未知への恐怖)

社会のスタンダードを知っておきたいし、
知らないことに対する不安もある。
だから一度会社員を経験してから
これからの選択したいなって思っちゃう。

「会社に入ること=社会に出ること=一人前(自立)」という固定観念もあるし、親にもそれを求められてる。


・国際協力に携わりたい

理不尽がきらい。

きっとすごく、正義感がつよい。
これは本能的なものだと思う。

今後、働いたり、
勉強していく上で身に着けたスキルを
国際協力にどういかせるのかを考えていきたい。

けれど
国際協力を人生の目的にしちゃうと
辛くなっちゃうというか、
少なくとも現地で草の根運動することに
そこに自分の幸せはなくって、

私にとっての国際協力は
義務感のようなもの。
しないことに対するモヤモヤ。

**

「どうありたい?」

・好きな人たちと関わっていたい、
好きな人の後押しをしたい。

必ずしも仕事として組まなくてもいい。

ずっと一緒にいると、
大好きな人たちの評価が
自分の存在意義になってしまって、
依存してしまいそうな気もする。

自分の価値を生成・理解した上で、
その価値をつかって
貢献できればいいかな、と思う。

その価値の手段として、
SEやデザインやイラストのスキルがある。



・好きな人たちと対等で居続けたい(主観的に)

すぐ劣等感に苛まれてしまうから。

けれど結果うんぬんではなくて、
「あいつが頑張ってる、
私もあいつと同じように頑張ってる」
と思える状態がいい。

そのために自分を成長させたい。
でもこれをゴールにすると
どこに進んでいけばいいのかわからなくなる。
だから自分の夢をつくる必要がある、
と今まで夢に固執していた。



・表現し続けたい

表現とは自分にとって、息を吐くようなもの。
絵であり、歌であり、ファッションであり、
写真であり、選ぶ言葉であり、生き方。

まずは副業として、
イラストやデザイン、写真をやっていく。
これで食べていけそうなら
うれしいなってくらいな感じ。

マイペースに。

**

「どう生きたい?」

・日常を丁寧に大切にしていきたい

コーヒーを飲んだりインテリアにこだわったり
かわいい服をきたりカフェにいったり
お野菜いっぱい食べたりとかね。


・年1くらいでは海外いきたい

なんで海外好きなのか。
非日常だし、タスクに追われず、
人目も気にせず自由になれる空間。
未知との遭遇が好き、
大自然に囲まれるのも好き。
日本人ってだけで
ちやほやしてくれる外国人たち、と、
外国人として振舞える自分自身。

**



どれもそれも
大それたことじゃないけれど、
自分に素直になった結果、
見つかったものたちです。

元々知ってたけど、
大それた理由で塗りかためようとしてて、
見過ごしていたものたち。

必ずしもみんな、
夢があるわけではないし、
大それた理由も必要ではなくて、

『これが自分の想い』と、
シンプルに受け入れてあげれば
それだけで生きるのって
楽になるのだと最近感じています。

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