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おかずの保存の生化学的な話

さて本稿は、私がSNSであるX(旧・ツイッター)に2023年の6月22日に投稿した作り置きしたおかずの冷凍保存および冷蔵保存の小話をこちらのnoteに移植というか、書き残しておくものである。私は分子生物学者であると名乗っているが、生化学の専門家でもある。食べ物は基本的に生体物質で出来ているわけであり、その取扱いは実は生化学の領域に属するのである。既に公開している話であるので、基本的に無料で読むことができる。投げ銭200円の欄はある。


1. 生化学とは

生化学(Biochemistry)とは私の理解では、生命現象を生体分子(核酸、タンパク質、脂質、他の生理活性物質)が織りなす結合や反応などによって起きる総体として、それぞれの分子がどのような生体内反応をつかさどっているのかについて実験を行うことで明らかにする学問ではある。Wikipediaでは下の定義になる。

生化学(英: biochemistry)は、生体内で起こる化学物質と生命現象を研究する学問である。 生化学者は、生体分子の役割、機能、および構造に重点を置いている。 生物学的過程の背後にある化学の研究や、生物学的に活性な分子の合成は、生化学の応用である。 生化学は、原子および分子のレベルでの生命の研究である。

Wikipedia 「生化学」

生化学の具体的な実験は、動物の組織や細胞をすりつぶしてそこからDNA, RNAなどの核酸や、タンパク質を抽出してそれらを様々な手法で分析するために、これらを実験中に人工的に破損させることなく取り扱う技術が必要となる。生化学的を駆使するとどのようなことが分かるかというと、あまりにも多岐にわたるが、どのようにDNAが細胞分裂の際に複製される反応が生じるのかとか、DNAの配列情報を基にRNAが転写されて合成されるがその反応機構はどうなっているのか、タンパク質はどうやって合成されるのか、または不要になった核酸やタンパク質はどのように除去・分解されるのかなどが解明されてきている。もちろんその具体的な知識や技術についてはかなり高度だったり予備知識(物理化学)が必要だったりするので、あくまで食べ物の保存に関係する技術的な話だけを以下にしていこうと思う。

2. 食べ物の冷凍保存の話

この話は主婦などが作り置きしたおかずを冷凍庫に保存してみると、なんとなく持っている理科の知識では食物を構成している分子群の運動が停止するはずだから永く保てるはずなのに、実際にはそんなに長く持たず悪くなってしまうという経験知が以前から知られていたが、その実際のメカニズムは何かという話である。
 では食べ物を保存するとどうなるのか。食べ物というのは、例えば牛肉や豚肉、魚、野菜などがあるわけであるが、これらの食べ物は、タンパク質、脂質、核酸、様々な物質が混ざっていることによる混合物と考えることができる。ここでとても重要な概念が高校化学で習う「凝固点降下」である。

凝固点降下とは、液相にのみ溶け固相には溶解しない溶質を溶媒に溶かすと、溶媒の凝固点が低くなる現象のことである。たとえば純粋な水は0℃で凍るが、食塩水や砂糖水はさらに低い温度まで液体として存在する。飽和食塩水(食塩濃度25%の食塩水)であればその食塩水は−22℃になってはじめて凍る。

Wikipedia 「凝固点降下」
凝固点降下
水の中に他の分子が多数混入すると水分子同士の接触が阻害されることが結果として凝固点降下になる。固定状態になるためには分子運動がかなり抑えられる必要があるが、その要求が異物(タンパク質や脂質などの他の分子)が混入することでさらに温度をさげなければならなくなる。
https://sekatsu-kagaku.sub.jp/solution-chemistry2.files/image014.png


上の定義および下のグラフを見ればわかるように、水に異物が入ることで水の水素結合による凝固を達成するためにより低い温度になる必要がでてくるという現象である。これは結果としてどういう重大な結果をもたらすのかというと、市販の冷凍庫は-18℃から-20℃くらいである。ちなみに-18℃というのは日本工業規格(JIS規格)による家庭用冷凍庫は食品の品質管理のために定められている温度で、それ以下にするように決まっている。そして説明すると、大抵の食品は-20℃では凍結が不十分である。凍結が不十分な状態というのは分子運動がまだそれなりになされているので、分子が実は反応してしまい、タンパク質の変性や分解がおきてしまうのである。
 変性や分解がおきる一つの理由としてはpH(ピーエイチ、またはペーハー)変化がある。pHというのは、酸性やアルカリ性を示す指標であり、pH 1は強酸性であり、pH14は強アルカリ性である。強酸と言えば塩酸、強アルカリと言えば水酸化ナトリウムを高校化学などで習った経験がある読者諸氏もいることと思う。実は温度を下げると生体物質の溶けている水のpHは酸性側にかなり近づくことが分かっている。それにより肉などの細胞組織などがこの強酸的な状態によって損傷・分解されうるのである。また一方で、生体内の水分子が内部で凍結することによる氷の発生もまた細胞組織を破壊し、鮮度を下げることも分かっている。これらを防ぐ方法としては急速凍結などが実施できると効果があるとされるが、一般家庭では食物を短期間で瞬時に凍結させることは甚だ困難である(もう少し専門的な情報ソースは:https://www.kbtfoodpack.com/ja/food-related-technology/effects-of-freezing-and-thawing-on-meat-quality/)。
 以上が理由で、冷凍庫にいれていた食物も長期保存するとダメになっていることがあるのである。どういう食物がダメになりやすいのかは、もちろん物によるが作り置きおかずは長くても2-3週間程度が限度ではないかと以下のリンク先にはある(私の経験としてはそんなに長くは持たないのがほとんどではないかとも思う)。

ちなみにマグロは―60度で急速冷凍させられて保存される。言うまでもなく、冷却温度を下げるのは高コストであり、マグロをそのような温度で保存のはやむを得ない必要があるからである。それが上に書かれているようなメカニズムがあるからである。

ちなみに冷凍食品は、-18℃から-20℃程度で冷凍した場合にそれなりに長く保てるように加工しているので、一般家庭が作り置きしているおかずなどとは違う。ただそういった食品でも賞味期限はあるので、確認しておくことが重要である。また賞味期限が切れた食べ物は色々と保証できないということは書いておく。
 ちなみに私は分子生物学者・生化学者であるので、生物サンプルを多数実験しており、それらを保管する機器類を有しているわけなのだが、その場合は―80度まで下げられるディープフリーザーを使っている。

ちなみにこちらのフリーザーは価格は300万円くらいであったように記憶しているが、富裕層であれば購入可能ではないかと思う。その場合は、マグロの保存も可能であるし、作り置きおかずも流石にかなり長持ちするだろう。冷凍食品はひょっとしたら半永久的に保てるかもしれない。そういう点では、知識のある富裕層は食についての相当な贅沢が実現できる可能性がある。ちなみにもっと高額になるが-120度まで下げられるフリーザーも存在している。

3. 食べ物の冷蔵保存の話

本稿のメインはおかずの冷凍保存の話だったので、大体峠は越し終わっているのだが、一応、食べ物を冷蔵保存(4℃で保存)するとどうなるのかというのを少々、こちらの章で説明しておこうと思う。
 まずは私の昔の経験を以下に述べさせてもらいたい。

一人暮らしだったときに冷蔵庫にじゃがいもを入れっぱなしにしていたら普通に芽が出て来てしまったので「あ、植物の転写反応って4度でも起こるんだなあ」と感心しました。まあ生物学的反応はこのように4度でも起きますし、なんなら化学的な反応も―30度くらいでも起きます。冷凍しても悪くなります。

転写反応というのはDNAからmRNAが作られる反応で、まあ色々な遺伝子が働く基礎的なプロセスなんですが、4度でも生体内では作動するんやなあと、大学院生時代には感動したものです。

https://twitter.com/tkmpkm1_mkkr/status/1671783329623048192

こちらのリンクには私ではなく同様の体験をした方が提供している写真がある。ジャガイモが4℃の冷蔵庫で普通に芽を出してくるというのは、遺伝子発現が正常に起きた上でその産物が駆動する細胞分化が普通に生じてさらには細胞増殖も起きなければならないので、生体反応が一通り全部生じているという状況を説明している。つまり冷蔵というのは食べ物などを長く保存するのに一切向いていないのが分かりやすい。

以下に冷蔵の場合作り置きがどのくらい保つのかについての目安がかかれているが、生野菜を使った料理の日持ちは1日くらいである。つまり冷蔵は長くもたないのである。あとは加工食品などは賞味期限に気を付けることがとても重要である。

冷蔵は上のジャガイモの件で分かるように、冷蔵というのは生体反応が進んでしまうので、本当に注意が必要である。細菌類なども増殖できる余地があり、細菌類によっては毒素を作りだし、我々の健康の大いなる脅威になる懸念もある。
 冷蔵保存のメリットは凍結しないので、細胞組織などをそのプロセスで破壊することがないので、1日以内などすぐに食べるなら味が落ちにくいなどがある。ただしその代わり、保存が長くなれば細菌などの増殖懸念などもあるということを必ず念頭に入れておきたい。

4. 終わりに

冷凍保存、冷蔵保存について大体エッセンスの話は書いたと思うので、本稿は大体ここまでにしようと思っているが、とにかく大事なポイントは家庭用の冷凍庫の温度では十分に作り置きおかずなどの分子運動を止められないし、まだ凍結融解プロセスで食べ物の細胞組織などの損傷がおきて鮮度が落ちうるということである。どんな食べ物も基本的には早めに食べるのがおすすめという当たり前のお話になる。
 ちなみに原文のXのポストはこちらであり、一応貼っておく。

それでは本文はここまでであり、後は投げ銭(200円、または購読)してくれた人たち向けの御礼の章を持って終わりとする。

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