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自分の特徴・強み・やりたいことって何?と悩んだら振り返りたいこと。

あっちゃんのYutube大学で、昔読んだ「やりたいことの見つけ方」の話を聞いた。

当時この本を読んだ時にもハッとさせられたが、彼のしゃべりや実例を交えて聞いていると、さらに気づきがあってとてもよかった。

細かいことは彼のYoutubeや、八木さんの本そのものに譲るが、著者である八木さんは、人のインサイトを探るのにとても上手な質問をたくさん考えてくれているので、これに正直に、飾らず答えていけばほぼ確実に自分が見えてくるものと思う。

大枠は端折るが、私がやりたいことはこれだった。

自分の経験、知識、切り口をもって、誰かのインサイトを深く理解したうえで、その人が本来持つ魅力や力を開放し、その人自身をEmpowerする

この文章を読むだけでめちゃくちゃわくわくする。
Empowerという単語だけは、どうしても日本語で適切なものを思いつかなかった。辞書で引くと「力(権限)を与える」ということになるらしい。

ただ、私は別に権限を与える立場にはいないので、書いている通りその人が持つ力を発揮できるよう、背中を押す、後押しをする、支える、みたいな意味合いで使っている。

人生もそろそろ折り返し地点が近いかもしれない。
40歳を迎えるまでに、ここに書いたような本当にやりたいことをしたい。

思えば最初のキャリアに某大手外資系メーカーで消費者のインサイトを探り戦略化する仕事を選んだのも、人の行動そのものや、その背景にある思考、思いみたいなものがどう作用しているのかに深く興味をもったのがきっかけだった。

今の会社に転職して、そういう職種から離れたから忘れてしまっていたが、本来人の「心」や「行動」に深く興味を持っている。それが私なんだったと思い出せた気がする。

自分で何かを選択した時の記憶って、思っている以上に自分自身を表している気がする。

私の場合はこんな感じ。

①中学校卒業のタイミングで父の転勤が決まった。両親から何か決定事項が下るかと思いきや、母と二人九州に残り、予定していた高校生活を送るか、または転勤先の関東で心機一転高校生活を送ってみるか、あなたが選びなさいと言われた。

このとき私は「新しい世界を知りたい」そして「狭い場所から出たい」という思いで後者を選択した。当時、地元九州で”いつも誰かに見られている”世界の狭さに辟易していたので、都会でのびのび生活してみたい気持ちが勝りその結果となった。

恐らく、「自由」「好奇心」みたいなものが根幹にあったのだと思う。

②高校2年生の時。当時第一志望だったのは早稲田大学だった。社会学部か、国際教養学部に行きたいと思っていた。そんなとき、同級生の二人が、慶應義塾大学の文学部の自己推薦を受けると知った。私も受けてみよう、受かったらもうけもんだと思っていた(ほとんど準備しなかった。なんという身の程知らず…)
案の定、高校で3人受けて、私だけが落ちた。恥ずかしさと悔しさで文字通り目の前が真っ暗になって、その後3日間学校に行けなかった。

その後である。私の志望大学は、早稲田大学ではなく、慶應義塾大学になった。落ちた時の悔しさを忘れられなかった。どうしても慶應に「合格」といわせるんだという強い気持ちがわいた。

結局、猛勉強の末、慶應義塾大学のなかで一番自分の興味関心に近かった総合政策学部と環境情報学部を受験し、無事環境情報学部に合格した。

恐らくこの根底には、幼少期からの「負けず嫌い」がある。一人だけ何かできなかったり苦手なことが許せず、泣きながら練習したり努力することは多かった。今となっては笑い話だが、この場面でもいかんなく発揮した気がする。

自分のキャリアややりたいことを考えるとき、どうしても今の自分の立ち位置から振り返ることが多いように思う。

でも私たちにはそれぞれ数十年人生を歩み続けた固有の軌跡があり、そこには「今の会社」での経験や、「これまでの職歴」を超えた自分がいる。
そのことを忘れなければ、もっと自分について知れる気がするのだ。

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