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うえぽんの読書案内

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ノンフィクション中心ですが、原則255文字以内で簡潔明瞭に読書感想文を書いてます。本探しの一助にどうぞ!
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『一汁一菜でよいという提案 (新潮文庫)』土井 善晴

『一汁一菜でよいという提案 (新潮文庫)』土井 善晴

料理研究家が、普段の和食はご飯と具沢山の味噌汁で良いとして、和食文化の過去から未来まで論じた書。

縄文時代が長く続いたのは多様な食材を採取し飢饉のリスクを減らしたからだが、採取した食物を汁や鍋のようにして食べたのだろうという。

ゴリラにはなく人間にはある子供・青年期に、親に料理を作ってもらった経験が揺るぎない安心感を生むとする。

一汁一菜の提案は、手を掛けることが料理との誤解を解き、素材を活

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『語りえぬものを語る (講談社学術文庫)』野矢 茂樹

『語りえぬものを語る (講談社学術文庫)』野矢 茂樹

講談社PR誌への連載に詳しい註を付けて、反復重層的に議論が展開された哲学書。

ウィトゲンシュタインの「語りえぬものについては、沈黙せねばならない」に反駁し、論理空間にはあるが行為空間の外にあるもの(猫又は掃除機の「クリーニャー」等)は語りにくいだけだし、論理空間の外にあるが勉強すれば使えるかもしれないものは「今の」自分には語りえないだけだとする。

概念主義への反論の中で、動物・赤ん坊と違って大

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『壱人両名: 江戸日本の知られざる二重身分 (NHK BOOKS) (NHKブックス 1256)』尾脇 秀和

『壱人両名: 江戸日本の知られざる二重身分 (NHK BOOKS) (NHKブックス 1256)』尾脇 秀和

江戸期の壱人両名(1人が2つの名前と身分を使い分ける形態)と明治期における消滅について、古文書から多くの実例を見出し解説した力作。

①両人別(二重戸籍状態)、②秘密裏の二重名義使用、③身分(町人等)と職分(医者等)による別名使用のうち、①②は非合法とされたが、いずれも縦割りの支配の管轄を保ちつつ、支配を跨ぐ活動を表向き問題なく実現するための方策だったと評価。

建前と実態のずれの黙認も知恵だった

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『ポリティクス・イン・タイム―歴史・制度・社会分析 (ポリティカル・サイエンス・クラシックス 5)』ポール・ピアソン

『ポリティクス・イン・タイム―歴史・制度・社会分析 (ポリティカル・サイエンス・クラシックス 5)』ポール・ピアソン

合理的選択論による脱文脈化の最盛期に、政治分析における歴史の重要性について改めて真摯に論じた新しい古典。

英国留学以来、定性的分析に強いシンパシーを感じる者には違和感が少ないが、実務家の眼からも興味深い論点がいくつか。

自己強化過程が働く状況において、事象の起きるタイミングと配列の重要性が説かれ、前に起きた事象がより重要とする。

また、制度修正コストは、特定の環境や用途に限定される資源への投

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『ヒストリカル・ブランディング 脱コモディティ化の地域ブランド論 (角川新書)』久保 健治

『ヒストリカル・ブランディング 脱コモディティ化の地域ブランド論 (角川新書)』久保 健治

歴史研究者から観光系の経営学者兼コンサルタントに転身した筆者が、自ら関わった実例を中心に歴史を活用したブランディングの概念構築と実践のあり方を論じた本。

コモディティ化しないように、稀少性や模倣困難性を強調するとともに、史料調査の重要性も説く。

限界としては、挙げられた個別事例がどの程度定量的に他地域の事例より優れていて、その理由は何なのかといった点の分析が弱いのと、自らの事業紹介のようにも見

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『ゴリラの森、言葉の海 (新潮文庫)』山極 寿一、小川 洋子

『ゴリラの森、言葉の海 (新潮文庫)』山極 寿一、小川 洋子

霊長類学者と小説家がゴリラと言葉の森を逍遥する対談集。

類人猿がいかに人に近くサルと違うかに目から鱗。

声を出して笑える、威嚇ではない形で顔を見つめ合える、勝者を作らない仲裁をする、対等性を大事にする。そんな違いは動物園では分からない。

類人猿も人も経験を積むことで親になるが、その経験が性的な関心を抑制し、そこから生じたインセスト・タブーが互酬性、更には複数の家族による地域共同体の形成の元と

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『言語が消滅する前に (幻冬舎新書)』國分 功一郎、千葉雅也

『言語が消滅する前に (幻冬舎新書)』國分 功一郎、千葉雅也

2017〜2021年にかけて5度に亘る2人の第一線哲学者の対話を収録。

シリーズものではないが、言語の力の衰退が通底認識。

重要な問いとして受け止めた議論としては、崩壊しつつある「権威主義なき権威」をどう再生させるかと、エビデンス主義や法務的発想は民主主義的側面もあるが責任回避が過剰であり、重層的時間の中での正義を目指すべきというもの。

「中動態の世界」と「勉強の哲学」という各々の著書の紹介

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『世界は経営でできている (講談社現代新書)』岩尾 俊兵

『世界は経営でできている (講談社現代新書)』岩尾 俊兵

慶應の経営学准教授が、冗談とも本気とも取り難い比喩を駆使して、人間は「価値創造を通じて対立を解消しながら人間の共同体を作り上げる知恵と実践」と言う本来の意味の「経営」を行っていることの再認識を促した挑戦的作品。

例えば「就活時応募書類乱射型学生」など、鍵かっこで、誤った経営概念を持った人物像を揶揄。どこに著者の根本意図があるのか掴み辛かったが、最終章を読んで合点。

有限の価値を奪い合う発想では

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『2050年の世界 見えない未来の考え方』ヘイミシュ・マクレイ

『2050年の世界 見えない未来の考え方』ヘイミシュ・マクレイ

英国の経済記者による未来予測本。

30年前の同趣旨の本では2020年頃のブレグジット、米国政治の破綻、パンデミックを予測。

巨視的に見れば、19世紀初頭までは中印で世界のGDPの約半分を生み出していたが、中印の存在感が再び大きくなる2050年を見据えると、ここ200年ほどは欧米が人口規模を大きく超える経済力を持っていた例外期と言える。

米国筆頭に英語圏の存在感はさらに増し、アフリカは上ぶれ予

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『論語 ビギナーズ・クラシックス 中国の古典 (角川ソフィア文庫 121 ビギナーズ・クラシックス 中国の古典)』加地 伸行

『論語 ビギナーズ・クラシックス 中国の古典 (角川ソフィア文庫 121 ビギナーズ・クラシックス 中国の古典)』加地 伸行

中学生にも読める教育的配慮の行き届いた論語入門。

前半で孔子の人生が理解でき、後半でテーマ別に論語の主要箇所の解説を読める。

初読者にも人物孔子と儒教の主な考え方を把握可能。単なる知識人ではなく、道徳も身に付けた教養人たれとした点、道理を知るだけでなく、その境地に至ることを求めた点、まっすぐな人間を曲がった人間の上に据えよとした点、生活の安定や軍備よりも信頼を最重視した点など、時空を超えて傾聴

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『言語哲学がはじまる (岩波新書 新赤版 1991)』野矢 茂樹

『言語哲学がはじまる (岩波新書 新赤版 1991)』野矢 茂樹

フレーゲ、ラッセル、ウィトゲンシュタインが切り拓いた言語哲学を面白がった筆者が、一般読者にその面白さを紹介するため書かれた本。

3名の哲学者の難解な論理展開を素人が楽しめるように工夫されている。

文は語という要素から構成されるが、一見正しそうな「語の意味を基本に文を組み立てる考え」は排除され、「言語全体との関係においてのみ語の意味は決まる」とする全体論的言語観に導かれ、最後は言語全体が変化する

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『社会はどう進化するのか——進化生物学が拓く新しい世界観』デイヴィッド・スローン・ウィルソン

『社会はどう進化するのか——進化生物学が拓く新しい世界観』デイヴィッド・スローン・ウィルソン

進化生物学者が、社会を進化論的観点から分析し、実践を促した意欲作。

共有資源管理の成功要因である「強いグループアイデンティティと目的の理解」等の中核設計原理を、近隣社会、企業等に普遍的に適用することで、共通の目標達成のための協力が生まれると主張。

引用事例も印象的で、各檻の中で最も多産の鶏を繁殖に回す方法では超攻撃的な株が生じて産卵率が落ちたが、最も多産の檻の全ての鶏を繁殖させれば互いに友好的

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『老子・荘子 ビギナーズ・クラシックス 中国の古典 (角川ソフィア文庫 124 ビギナーズ・クラシックス 中国の古典)』野村 茂夫

『老子・荘子 ビギナーズ・クラシックス 中国の古典 (角川ソフィア文庫 124 ビギナーズ・クラシックス 中国の古典)』野村 茂夫

老子の約半分、荘子の約1割の現代語訳を中心とした入門書。

儒家と道家の差異の解説や、中国における仏教受容に与えた影響、両書から生まれた言葉集まで、大人にも楽しく読める工夫に感銘。

足るを知るは、個人的にも中学時代以来強く共感している観念。ただ物質欲は少なくても知識欲の強さは否定し難い。

無があっての有も重要な知恵であり、空間や余力がなければ、埋める場所がない。

荘子の大相撲への影響も興味深

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『食卓の世界史 (ちくまプリマー新書 441)』遠藤 雅司(音食紀行)

『食卓の世界史 (ちくまプリマー新書 441)』遠藤 雅司(音食紀行)

歴史料理研究家が歴史上の人物にまつわる食事を紹介した意欲作。

ハンムラビからマクドナルド兄弟まで、個々のエピソードも興味深いが、マクロの食材や調理法の伝播の歴史も垣間見られる。

パクス・モンゴリカによる陸路を通じたダンプリングの伝播があれば、海洋経由のコロンブス交換という旧・新大陸間の作物の相互交流もある。

コーヒーのフランスやドイツでの受容と外貨流出による禁令の歴史もある。

19世紀英国

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