女性ヘイトの深刻な現実(続き) 女性支援活動への妨害

 最近、いくつもの女性支援団体が悪質ないやがらせや活動への妨害行為に悩まされています。例えば、利用者の後をつける、利用者を特定してつきまとうといった事例が報告されています。

 東京で若い女性を対象に相談支援、生活支援などの活動に取り組んでいる団体Colaboへのいやがらせ、妨害行為はとりわけ深刻になっています。同団体は東京都から事業委託を受けながら、改装したバスを相談場所として支援活動を実施してきました。ところが昨年末から複数の男性たちが、スタッフにつきまとう、暴言を浴びせるなどの悪質ないやがらせを続けました。それ以前からネット上では同団体が事業委託費を不正受給している、貧困ビジネスを行っているといった虚偽情報を含む投稿がされていました。そして、同団体やその代表者(女性)を誹謗中傷する投稿、同団体へのいやがらせメールも増えていました。

 加害者たちの多くは男性であると思われます。加害者たちは、支援活動に携わる女性たち、また利用者である女性たちに不安、恐怖、困惑、恥辱、無力感を感じさせ、それによって男性が女性よりも優位な立場にあることを実感し確認しようとしているように思われます。あるいは自分の意思にそぐわないふるまいをする女性たちを快く思わず、そうした女性たちを手段を選ばず服従させようとする動機がうかがえます。

 私は今、小さな障害福祉事業所に勤務しています。公金からの報酬を主な収入源として障害者を対象とした生活支援、居住支援を実施している事業所です。今回の事件の加害者の論理に従えば私の職場も「公金を不正に受給して貧困ビジネスを実施している事業所」とレッテル貼りをされるでしょう。
実際、これまでに不正請求が発覚した福祉事業所、介護事業所、医療機関はいくつもあります。しかしそうした事業所がネット上で大規模ないやがらせをされたり、継続的な営業妨害をされたという話は聞いたことがありません。今回の事件では、同団体が女性を主体として女性のための支援を行っているためにさまざまな攻撃の対象とされたのではないでしょうか。

 今回の事件は子ども社会で起きているいじめと類似した性質や構造が見受けられます。いじめの現場では「いじめの四層構造」と呼ばれる状況があらわれます。被害者(ほとんどの場合1人)の周りを加害者、「観衆」、傍観者が取り囲み被害者が孤立無援の状態におかれることです。「観衆」は加害行為に同調したり、面白がって見ています。傍観者は自分が被害者になることを恐れながら見て見ぬふりをします。
 子ども社会でのいじめにおいては、加害者はしばしば「被害者にも問題がある」といじめ行為を正当化しようとします。今回の事件でも被害を受けている団体や個人に非があるとする言説が数多く流布しています。
 伝えられているところでは、妨害行為の参加者たちは「楽しそうに」加害行為を続けているということです。私は小学生の時に継続的ないじめ被害を受けていましたが、当時の加害者たちも「楽しそうに」私をからかい、いやがらせを続けていたことが思い出されました。加害者がいじめ行為に快感を感じてそれをやめられなくなることはいじめ事件でしばしばみられることです。

 こうした点から、この一連の事件はヘイトクライムを含んだ性差別事件であり、いじめ行為としての性質をあわせもったものであると言えます。

 今回の加害行為には刑法犯に該当する行為も含まれており、刑事事件として立件される可能性があります。そうなれば容疑者たちは犯行動機も含めて厳しく追及されることになります。もちろん、悪質な犯罪行為については加害者を処罰することが必要でしょう。ただ、本質的により重要な点がふたつあります。
 ひとつは事件を加害者の個人的な問題として終わらせてはいけないということです。悪質なヘイト言動になかなか歯止めをかけられないでいることが、現在の日本社会の深刻な社会課題です。実際、こうした嫌がらせや妨害行為をどのようにしてやめさせればいいのかという議論がどれほどなされているでしょうか。今回のような事象は性差別事件であるという認識が議論の前提として必要でしょう。より本質的には男性優位の価値意識から脱却した文化や社会をかたちづくることがまだまだできていないという現実に大きな問題があると思います。
 もうひとつは、加害者たちが自らの加害行為の問題性を理性的に認識することであり、また自身の価値意識、人間観、現実認識の歪みに気づくことであると言えます。再犯防止のためにも必要なことです。具体的な方法として、こうした加害者を対象とした心理療法的なプログラムが開発され活用されることが望ましいと思います。ここでは詳述しませんが、「問題解決型司法」、「治療的司法」の考え方がもっと普及してほしいものです。

 かつて、ワイマール時代のドイツにおいてはユダヤ人へのヘイトクライムが頻発していました。それは、ナチス政権下でのジェノサイドへと行きつきました。ヘイトクライムは被害者の命を奪うこともあるのです。今でもなくなることがないさまざまなヘイト言動にどのように向き合っていくのかということが私たちに問われています。私たちひとりひとりの日々のふるまいの積み重なりが社会をつくっていくのだということを少なくとも意識しておきたいものです。

参考
『ひれふせ、女たち』  ケイト・マン   慶応義塾大学出版会
『いじめとは何か』  森田洋司  中央公論新社(中公新書)
『いじめのある世界に生きる君たちへ』  中井久夫  中央公論新社


 東京都は女性支援事業を委託した当該団体に活動の休止を通告しました。妨害行為を免罪し被害者側に泣き寝入りを求める不条理なものです。さすがに厚労省もこうした対応は不適切と判断したようです。各自治体向けに発出した通知の中で、「暴言や威力等の妨害行為等によって、支援が必要な方に、支援が届かなくなるようなことは、あってはならない」として警察への相談も含めて必要な対応をするように要請しています。

「若年被害女性等支援事業」への妨害行為等への対応について(厚労省通知、2023年3月31日)
https://www.mhlw.go.jp/content/001082323.pdf


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