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薔薇の牧場に舞う者は 008

(2014/8月) @ガレー地区
 

 長居し過ぎたか?
 そう思った時には既に遅かった。相棒が突然倒れ、咄嗟に地面に伏せる。
 動いてはいけない。動いては・・・。動けば敵のスナイパーに感づかれる。
 待つことだ!ひたすら動かず待つことだ。
自分達の帰投予定時刻はわかっている。粘っていれば、何時までも戻らぬ兵員を捜索するべく部隊は動く筈。
 それまでは・・・待つしかない。
 夜がすっかり明けて数時間。8月の中東だ!皮膚が焼ける。喉が渇く。だからといって水筒を持ち上げゴクゴク飲む訳にはいかない。地面に伏せたままの格好をひたすら続ける。
 向こうに斃れた相棒達が横たわっている。
「済まない、イツハク、エツェル。」
 本来ならば敵に応戦しつつ彼らの体を遮蔽物の影まで引きずり後退し、そこで応急措置なりすべきところだ。自分は戦闘員であると同時に医療要員でもあるのだから。
 リバティ旅団で初の両任務兼任担当員!それを誇りにすらしてきたのに・・・。
 想定状況が違い過ぎたのだ。自分の能力をフルに発揮できるとしたら野戦においてであろう。だが、これは市街戦!!
 どこの国の軍隊でも市街戦は一番嫌う。精鋭部隊でさえも装備が劣弱な敵に行動阻止をされる可能性大、なのだ。道路が狭く且つ建物のせいで視界が限定される、というだけではない。このガレー回廊には地下トンネルが掘られ地下要塞化されているのだ。
 どこに地下への出入口があるのか不明。衛生の画像にも映らずいつ敵が現れるかも不明。不意打ちチャンス・隠れた逃げ道も提供される。
 地上でも建物は巨大な遮蔽物。且つ、銃弾の音が歪む。今回のようなスナイパー相手の場合、視・聴ともに敵の位置の特定は困難だ。
 戦車を使え!と他者は謂う。だが、戦車という奴は、相手が潜む建物を壊すことはできるがその瓦礫が戦車の行動を妨げる。ノロノロ動いているところを対戦車ミサイルで狙い撃ち、という運命が待っている。
 コンクリート・ジャングルとは言い得て妙である。
 以上の理由から、市街戦の場合は、敵1人に対して最大10名Oneチームの部隊を組むことを推奨されている。にも関わらず、今回、自分達は掃討作戦中に深入りし過ぎ、しかも長居をしてしてしまった。
 クソッ!
と歯噛みし、思わずIWI/マイクロタボールを持つ手に力が入る。力を入れはするが持ち上げ構えることはできない!
 ますます高く日は上がり、ますます強く照りつける。肌が焼ける。
 イカン!!意識が朦朧としてきた。
 このままだと・・・
 その時、人声が聞こえた。
 「ここだ!」
とは叫ばない。ますます身を固くする。
 言葉は?スカイリヤ語か?それとも?
「✕■▼···」
 ダメだ!敵だ!拳銃を保持した場所を頭の中で確認する。手榴弾はアソコ、ナイフは
ココ。
 敵が自分の身に肉薄・接近してきた時に取るべき行動パターンを反芻する。敵を一撃のもとに倒せるか?できなければ相打ちか?それとも・・・アドレナリンが上昇!極値に達する。
 その時突然、爆音が轟き渡った。空気を切り裂き、敵の意志をも打ち砕くそれはさらにダブルに重なり、敵の方角に大きな地響きと爆発音をもたらした。敵の慌てふためく様子が叫び声とともに目に浮かぶ。
 ここで顔を起こして立ち上がるべきか?
否!!!
そうしたところをスナイパーに狙われ命を散らした例はいくらもある。
 やがて車輌のエンジン音・・・キャタピラーの音だ!障害物にぶつかりながら接近してくる様子だ。その音に混じって言葉・・・言葉!救いの言葉!!スカイリヤ語だ!!!
 流石である。無線で呼びかけたりしない。大正解!無線など使われたらうっかり応答してしまう。そこには動作が伴う。そして狙い撃ち!!THE END!!!そんな愚は犯さない。
「アソコだ!倒れているぞ!!」
「生死は?」
「確認しろ!」
 一人が私と敵の間に位置を占めた。影で判る。別の一人が私の脈拍を確認しようとしゃがむ気配。
 助かった!次の瞬間、フッと気が遠くなり・・・
「レナ!レナ!しっかりしろ!大丈夫か?レナ?」

「レナ!レナ!どうした?大丈夫か?レナ?」
 我に返った。
(2023/10/07) @日本・名古屋の自宅
 夫が呼ぶ声が響く。スマートフォンを持ち直し、
「大丈夫!平気よ。」
「色々考えなきゃいけなくなったな。今日は早く帰る。」
「そうね、ありがとう。私達はずっと家にいるから。」
「じゃあ、一旦これで切る。」

 その日の内に、スカイリヤ国首相は声明を発表した。

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