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私だって欲しいもの

町の不動産屋に勤めていた。
サザエさんでいう花沢不動産みたいな。


大地主、憧れの称号。

私の町にも大地主がいた。
吉田一郎、吉田二郎、吉田三郎の吉田家の人々だ。
吉田家の誰がどの代で財を成し、どう相続されたのか詳しくは知らないがこの吉田家の人々は皆この町のあちこちに広く土地を持ちその上に貸家を建て家主業をしていた。

みな70代もしくは80代の老人で、顔が似ているので私は最後まで誰が誰だか区別がつかなず、たまに事務所にやってきて話す吉田氏がどの吉田か、前回の吉田と今回の吉田が同じ吉田か別の吉田か吉田が吉田で吉田が吉田で、と混乱していた。


そんなある日、社長から
「北町の吉田二郎住宅の4棟分、来月から家賃の振込先ここに変わるから」
と”白木礼子”の名と銀行名、口座番号が書かれたメモを渡してきた。
聞けば礼子さんは二郎氏の娘らしく、結婚しているので名字が違うらしい。

入居者さんが、我が不動産屋の口座に毎月入金してくれた家賃を管理料を差し引いた分で家主に振り替えるのも不動産屋の大事な仕事のひとつだ。
その振込先が変わるのだ。

今後は礼子さんが家主として賃料を受け取り、契約書にもサインをするとのこと。
それでも二郎氏はまだまだ他に貸家があり、サイン以外の、例えば貸家の修繕相談なんかは継続して二郎氏にするらしい。


家主が変わっても特に問題もなく管理をしていたある日、どこかの会社の作業服を着た40代くらいの細身で神経質そうな男性がふらりと事務所にやってきた。

「貸家の修繕頼んでた業者さんが鍵取りに来たのかな?」
と席を立ち対応しようとすると男性が
「ふーん、意外ときれいにしてるね。」
とつぶやきながら立ったまま
「あなたはここどれくらい(勤務年数)?」
「ここ、客は多いの?」
と不審な質問をしてくるので何者?と顔に出したらスッと名刺をだし
「白木と言います」
と名乗った。
出された名刺の業者名も個人名も全く知らんわ、と悩んでいると
「おじきの貸家受け継いだ、家主の白木です。仕事中だけど近くを通ったんで」
と更に名乗る。

あー、あの吉田二郎さんとこの新しい家主の白木さん。

いや、それより

おじき

「名義は嫁さんだけど、私はおじきにとって息子のようなものなんで一度不動産屋にも挨拶しとこうかなと思ってね」

おじき

「何かあれば私の方にも連絡下さいね」
と私の名刺を要求した後、去っていった。
義理の父をおじきと言うタイプの人か…


芸能人やドラマ以外で「おじき」と口にする人を初めてみたし、直接聞くとなんか結構胡散臭いもんだな、と思いながら白木(夫)の名刺をホルダーにしまった。


もうそんなに会うこともないだろう、と思っていたのはこちらだけで白木さんは仕事の合間なのかちょいちょい事務所に寄っては
「考えたんだけど入居者の家財保険、私が掛けると何かあれば保険金は私に入金されるのかな?」
とか、退去があった室内で小指の先ほどのクロスの破れを見つけたと言い
「これは修繕費を請求しなくてはいかんよね」
とか、無理めの話をしてくる面倒臭い人になり、どうやら家主業に興味津々のようだった。

そして遂に、他の不動産屋が売りに出している土地の資料を持ってきて
「この土地、いいと思わない?おじきにすすめてみようと思うんだけど」
と言う。
私は賃貸担当なので土地のことはよくわかりません、土地担当の者に連絡させます。
と逃げると
「いやでもここに貸家立てたら入居者には困らんよね、人気の校区だし。うちも小学生いるからわかるよ」
と引き下がらない。

不動産屋に勤めはじめのとき何個か注意事項を言い渡されたがその一つに
『わからないことは絶対に答えない』
というのがあった。
「たぶん大丈夫です」
「たぶんできます」
は絶対に言ってはいけない、と。

どんな条件で土地を買ってどんな貸家を建てるかも分からないのに
「良さそうですね」
などと言えば最後、この白木さんの勢いなら
「おじき!不動産屋は貸家として間違いない土地と言ってるよ」
と伝えかねない。恐ろしい。

とにかく、
分からない。今は担当が出ているので後で連絡させます。
で帰らせ後は土地担当でもあり吉田二郎さんとも付き合いの長い社長に任せた。

後日、また土地の資料を持って事務所にやってきた白木さんに社長は
「この土地は近くに鉄塔があって嫌がる人も多い」
「二郎さんにこれから新しい土地を買わせて貸家を建てる体力(財力)はあるのか」
とやんわり反対し
「それよりもこちらの中古住宅を購入して、改造したほうが…」
と自社の物件を勧めていたので狸VS狐の合戦だなとお茶を出しながら眺めていた。

2、3日後には二郎さん自らも自転車をコギコギやってきて何やら相談をしていた。


完全に私の手を離れたので、しばらくするとその話も忘れていたある日、営業から帰ってきた社長が
「あの土地、二郎さん買いよったわ」
といい例の鉄塔近くの土地に貸家が建ち始めたと言った。

そしてその年の冬の終わり。
異動時期に間に合うように広い土地に4棟の新築貸家が誕生した。
うちが管理することになり、3棟分だけ資料を作り入居者を募集した。

そう、1棟はもう既に入居者が決まっていたのだ。白木家に。


白木(夫)はこうして新築貸家へ引っ越し、子どもたちを人気の校区へと転校させた。
次に白木(夫)に会ったとき、彼は
「以前の仕事は辞めて今はおじきのサポートをしている」
と新しい名刺をスッと渡してくれた。

ちなみに新築貸家の家主は「白木礼子」さんなので賃料も当然そちらにいく。



胡散臭くてもいい、私もそう呼ぶからおじきが欲しい。











気に掛けてもらって、ありがとうございます。 たぶん、面白そうな本か美味しいお酒になります。