【不動産屋の雑談】裏がある、という話

町の不動産屋に勤めていた。
会社では売買も扱っていたが、私の担当は賃貸だった。
お客様を物件に案内して説明して契約書を作ったり、入居後の管理をしたり、家賃支払いが難しい時には相談してもらったり。
とにかく、入居にまつわるエトセトラである。

そして入居があれば退去に関する仕事も、もちろんある。


その日は退去立ち会いを60代の男性家主・三樹と共に行っていた。
通常、退去立ち会いは入居者と不動産屋で行うものだが今回は入居者が家主の親戚だとかで家主である三樹が「自分も行くわ」となったのである。

3DKのちょっといいタイプのマンション物件を退去するのは、若いご夫妻と小さな男の子の原田様3人家族だった。小さな子どもがいるとお部屋は傷や落書きがあることも多いが、このご家族はとても丁寧に暮らしていたようで、どのお部屋もきれいで立ち会いは和やかに進んだ。

いい!

「家族みたいなもんだから、またいつでも寄っておいで」と家主三樹は男の子をだっこし、ご夫妻はそれを微笑んで見ている。
ちなみに家主三樹はマンション横の大きな戸建に住んでいる。

いい!

問題なく終わりそうだ。
退去立ち会いというのは、大なり小なり揉めるものである。
内容はほんと色々で、もう、ほんとにもう、という感じであるので、また別で書こうと思う。

「特に問題なさそうですね」と当たり障りのない感想を言って、費用が発生しそうな汚損破損がないこと、通常の敷金精算を行う旨を告げ「今までお世話になりました」と言う原田様ご一家を送り出した。

そして、原田様が去った部屋で家主三樹と今後の精算の打ち合わせをしようとしたその時

「みついさん、これね、壁紙使用料、ってのは、取れませんかね?」

かべがみしようりょう?
それはなに?

先程までの柔和な笑みは消え、真顔の家主三樹が何か言っている。
「壁紙使用料とはなんですか?」もう全くどういう意味の単語かわからなかったので正直に疑問をぶつけてみた。

「ほら、この部屋使ってたでしょう。すると壁紙も使っていたということですよね。このね使用料をね敷金から差し引いて、まぁ原田さんに請求してもらいたい、と」
「不動産屋の方から上手く言えませんかね」

ビックリした。
その発想力。いけると思ったんかな。
たとえ思い付いたとて、よく口にしようと思ったな。
「家族みたいなもんだから」の発言の後に。
何より壁紙きれいなのに。

そもそも「家賃」ってそういうの諸々含めての「家賃」なんじゃないのか?

などなど、思うことがあったが「出来ませんね、言えませんね、聞いたことないですねそんな使用料」と言うにとどめ、後はもう聞かなかったことにして、通常精算の打ち合わせを進めた。

その後も何度か持ち前のセコさを見せた家主三樹をのらりくらりとかわし精算は2週間ほどで無事終了した。

そういえば入居されている間、原田様は家賃が他の方より安かったとか、契約内容がお得だったとかは一切なかった。

家主からの「家族みたいなもんだから」セリフには裏があるかもしれない、という話。

名前はもちろん仮名です。敬称は私の個人的な心証に基づいています。

気に掛けてもらって、ありがとうございます。 たぶん、面白そうな本か美味しいお酒になります。