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高遠の桜

  一生に一度は見て欲しい桜だと伊那出身の友人が薦める高遠の桜を見に行った。ツアー参加も考えたが、ツアー開催日に調整がつかず、独自に電車とバスを乗り継いで行く計画を立てた。桜の見ごろを見極めるのは難しい。しかも混雑は避けたい。さらにお天気まで味方につけるのは至難の業だ。散りゆく桜でもよいではないかと、とりあえず 4 月中旬に決めた。2 月時点では、暖冬のため 3 月末に開花し、その後 1 週間が見ごろとの予報だった。ところが 3 月は寒が戻り 4 月上旬は雨天が続いたため、当初の予報から1週間遅れての開花となり、我々の決めた 4 月中旬は桜の見ごろとなったのだった。
 新宿からあずさ 1 号に乗る。甲府を過ぎたあたりから窓越しに山々が見え始めた。山の合間に富士山の頭の先が見える。茅野を過ぎるとどこも満開の桜だ。高遠さくら祭の期間中は、茅野から臨時バスが出るのだが 1 日前に終了していた。上諏訪で支線に乗り換えると、車窓からの景色が一段と美しくなる。東京のソメイヨシノよ りピンク色が濃い。空気が違うのだろう、おそらく水も土も。伊那市駅に到着しバスターミナルへ向かう。バスは現金のみのため 500 円玉と 10 円玉を握りしめてバスに乗る。20 分程揺られて高遠へ到着すると、正面の山に桜が見える。高遠城址公園は山の中腹にあるのだ。山に向かう道をまっすぐ歩くと、両脇に土産物屋、酒屋、蕎麦屋などが並んでいる。まずは蕎麦を食べようと数件ある蕎麦屋を覗くが、どこも行列だ。比較的人の少ない老舗の蕎麦屋に並ぶ。30 分程並んで中に入り、辛味大根のおろし汁に焼き味噌をとかして食べる「高遠天ざる」を注文する。高齢の店員さんがゆっくり運んでくれる高遠蕎麦は、やや太目で色も濃い田舎風。辛味大根の辛みはそれほどでもなく、味噌の味も程よい。海老、紫芋、なすなどの天ぷらもサクサクしていて、塩でもおろし味噌の汁につけても美味しい。最後の蕎麦湯も濃厚だった。満足して城址公園までの階段を登る元気が出た。


高遠天ざる

 山の麓から階段を登りきると目の前の平地に満開の桜が広がった。これだけでも充分だったが、城址公園の入口はまだ先だった。
 


 城址公園は平日でも人々で賑わっていた。公園内を覆いつくす桜は 1500 本でタカトオコヒガンサクラという固有種だとわかる。ピンク色が濃く美しくふっくら咲いている。お堀にかかる橋の上から水辺に垂れ下がる桜が美しい。樹齢 140 年という老木は枝ぶりが複雑で見事だ。圧巻は南アルプスを背景に咲く桜。白い雪の山々にピンク色が鮮やかに映えて息を飲む美しさだった。確かに一度は見るべき桜の名所だ。

 少し低くなった窪地に座ってゆっくりする。上から桜に囲まれ、 時折優しく吹く風が桜の花びらを運んでくる。桜の谷で身も心も洗われる感じ。ゆったりした時間が流れる。しばらくして帰りのバスと電車の時間が気になり始め、しかたなく城址公園を後にする。
 バス停までの道をぶらぶらしながら酒屋で試飲して、高遠山室産ひとごごち 100%の純米酒を買う。亀まん頭も買ってバスに乗る。 伊那市駅発の電車時間には少し余裕があったので、駅の近くの蔵を改造した素敵な雰囲気の喫茶店でコーヒーを飲む。ようやく来た電車に乗って上諏訪駅まで行く。上諏訪駅のホームに足湯がある。ほんの数分間だが足をつけてみる。熱めのお湯が足の疲れをほぐしてくれてなんとも気持ちがいい。あずさ 50 号に乗り、駅前のスーパーで買ったお弁当を広げる。ほんのり暗くなってきた車窓から桜が見送ってくれる。
 片道 4 時間、滞在時間 4 時間の旅。賑わいも必要だが、過剰な人気は望まない。美しい桜が永遠に続くことを願いながら、簡単には行けない名所である事に少し安堵する帰路の 4 時間だった。

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