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義妹の結婚式にて | エッセイ

東京は曇り。じめじめとしていて蒸し暑い。
おろしたての緑のドレスにジャケットを羽織り、パールのネックレスをつける。普段しない格好と8cmのピンヒールに、自然と背筋が伸びた。

軽井沢は東京から約1時間。寝過ごしたら金沢だよとお互いを見張りながら、夫と長野新幹線に揺られる。朝6時起床なのでふたりともあくびが止まらない。道中、深い霧は途中から激しい雨へと変わった。せめて昼前には止むといいのだけれど。

私たちは今日、夫の妹の結婚式に参列する。私の3歳下の彼女は、天真爛漫で明るく天使のような子だ。心配になるくらい性格がよく気遣いさんで、夫と付き合った当初からふたりでごはんに行くなど楽しく交流させてもらっている。今日の式は、ずっとずっと楽しみだった。

軽井沢駅に着くと、雨は土砂降りになっていた。おまけに、寒い。東京より5~6度ほど低いのは知っていたが、雨風とセットだとより空気が冷たく感じる。式場のレセプション会場に入ると、集合時間の1時間前にも関わらずもう親族全員が揃っていた。なぜ……?

うろうろと歩き回る義父、口数の多い義叔母、なぜか怪我をしている義祖母。
普段は厳格な義父が「ああ…カフスが留められない…」と義母に腕を差し出し、「あーはいはい」とやってもらっていた。お義母さんが一番落ち着いているのはいつものことだね、と夫に囁く。
義父の本日最大のお仕事はもちろん、挙式の際のバージンロードのエスコートである。顔が硬く強ばっている義父はそのままリハーサルに連れ去られて行った。あまり見られない親族の表情に、娘の結婚式とは特別なものなのだなと少し感慨深くなる。

今日は親族のみで行う挙式ということで、知り合いばかりの落ち着いた会だ。といっても両家とも落ち着いてはおらず、挙式会場へ移動した後もあたふたと動いたり間違えたりが続く。母は私の結婚式の前夜はほとんど寝られなかったとこぼしていたけれど、我が子の結婚式というものは人生でもトップレベルで緊張するイベントなのかもしれない。

入場の合図。
ハープとフルート、歌唱に合わせてまず新郎が入場する。続いて、新婦入場。
義母がゆっくりとベールを下ろす。義父がともに歩き、新郎のもとへ手を引く。
このあたりで、自分がぼろぼろと泣いていて焦った。血も繋がっていないし、関係性なんてほんの4年ほど。思い出はこの親族の中で1番少ない。でもウエディングドレスの白に包まれた美しい笑顔を目にしたら、彼女が幸せにこの日を迎えたことが想像できて、それがとっても嬉しかったのだ。

私は兄弟と確執がある。親も兄弟と絶縁している。親族で、兄弟仲がよいのは夫の家系のみだ。
お姉さんと呼べるのが嬉しい、と義妹は笑ってくれた。私たちは他人だ、それでも私は彼女を精一杯大切にしたいと、最初に会った日からずっと思っている。得られなかったものを取り返すためでなく、ただ、彼女が大事だから。

賛美歌斉唱、聖書朗読、誓約、指輪交換。
着々と式は進む。
あちこちから鼻をすする音が聞こえる中で、彼女はなにも間違えることなく、にっこりと微笑んで落ち着いて退場までを終えた。

義父も義母も目を真っ赤にさせている。私たちの結婚式ではまったく涙を見せなかったのに。
娘は「嫁に行ってしまう」という感覚が強いそうで、長らく育てた愛娘が完全に手を離れて新たな家庭を持つ、というのは非常に寂しく、時に悲しく、しかし喜ばしいという複雑な気持ちなのだろう。いくらか小さく見えたその背中を追い、外へ出た。

いつの間にか雨は上がり、陽は出ていないものの外でのフラワーシャワーや写真撮影は可能とのことで木々の美しい庭で私たちは新郎新婦を待った。
まだ肌寒く空は曇り、でもしっとりとした空気は清々しい。人生、晴ればかりではいられないから、こんな曇りだって雨間で笑い合える人がいるならそれできっとよいのだ。

奥の小さな建物の扉が開く。
緊張が解けた笑顔の新郎新婦が歩いてくる。
柔らかなピンクの薔薇の花びらが宙を舞い、おめでとう、おめでとうという明るい声が響いた。

義妹へ。
あなたはこんなにもたくさん、たくさん愛されている。それは、ただ愛情深い家庭に生まれたからだけではなくて、あなたが優しく聡く純粋で大らかな人だからです。
義妹へ、結婚おめでとう。いつ、いかなる時も、あなたの幸せを願っています。

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