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【掌編】五本指の龍狩


下降錘を減らして減速し、滑車槽から降りれば、二百八十七番の見張り梢に出る。洞から先の枝間は色褪せた網で編まれ、安定した床を成している。樹冠に設けられた小空間は、天井がなく吹き曝しだ。

雲一つない快晴、いつも通りの淡紫色。
先客が陣取っているのも、昨日と同じ。

「チゴノ博士、兆しは見えますか」

問われ、空に手をかざしていた老婆は、鷹揚に振り返る。

「おお、レザか。今日明日じゅうには墜ちるまいよ」

ひっつめた髪に片眼鏡をかけ、丸っこい身体つきながら、支え枝を掴むこともなく、風に揺らぎもせず樹縁に立っている。

「お節介でしょうが、こちらの肝が冷えますので、どうかお掛けください」

太枝に結われた網椅子を勧めるが、一笑に付された。

「ああ、いらんいらん。お主が生まれる前から龍を見てきたんじゃ。この見張り梢だって、目をつぶっていようが尻尾なしで渡れるわい」

「……お戯れを」

軽口と分かっていても、まかり間違えば責任を問われかねないので、やめてほしいものだ。ため息をついて、機械弓を抱えながら太枝にもたれる。

「どうじゃ、新式の具合は。調整は上手くいっとるか?」

「まだ慣れませんが、二日あれば十分でしょう。いや、今日中には仕上げてみせましょう」

喪われた側指が疼き、燃え盛る記憶が隙間から這い出てこようとする。轟爆、悲鳴、肉が焼ける臭い、破焼した愛弓、至近で見た龍の眼と……静かに奥歯を噛みしめて、押し留める。

風の向きが変わり、微風。

チゴノ博士が、いっさい床枝を軋ませることなく渡って近寄り、レザの右腕の引き攣れた傷をさすった。じわりと温かさが滲んで広がる。

「……北央の冠では災難じゃったな」

「あれは、わたしが未熟だったのです。多くの命を零してしまった」

「己惚れるでないぞ。大龍墜じゃ。お主でなければ、冠だけでなく地下網ごと灰燼と化していたわ……などとは、聞き飽きているかの」

無言で目をつぶり、葉擦れに耳を傾ける。

「五本指だとて、お主に勝る弓手などおらんのに。まったく政祀官の土竜ども、何も見えとらん」

わしとしては助かったがな、とチゴノ博士が呟く。

その言葉にこれまでに無かった色合いを聞いて、博士の方を見る。

ふん、と小柄な老婆は鼻を鳴らし、下から睨めつける様にレザを見上げた。

「聞け、かつて救世の龍狩と呼ばれた小娘よ。心の整理は早めにつけよ。七日の内には、この森にも墜ちるぞ」

今度こそ聞き間違えようがなかった。

「……そんな、まだ一年どころか三月も経っていないのに?」

「大龍墜じゃ」


(了)

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