チリ発祥フェミニズムパフォーマンス「Un Violador en tu Camino」
はじめに
2019年、チリで発生した大規模な社会騒乱、そこに当時世界で沸き起こったMeTooやBLM運動といった市民デモの影響を受け、チリのフェミニズム運動の中から発生したプロテストパフォーマンス Un Violador en tu Camino(レイプ魔が来る)。
このパフォーマンスと歌はチリから瞬く間に世界中に広がり、BBCや各国外信でも取り上げられることも多く、一時は世界のフェミニズムデモのシンボルともなったんすね。
ただ、日本では歌の内容、ダンスに付与された意味合い、歌詞の背景などが中途半端な解釈で持ち込まれ、理解が深まらずに広がらなったように思えます。
2019年の年末にこのパフォーマンスがチリから世界に広がった際、いろんな和訳や解説記事が日本語でも出回ってたんですが、どれも誤解やチリ特有の元ネタ的なものをすっ飛ばした漠然とした記事だったんで、当時メモ的に残してたテキストを、備忘録的に上げておこうと思い、UPしておきます。
当時のメモに多少テキストを肉付けして、参考Youtube動画とかも入れてみました。
パフォーマンスと歌の生い立ち
で、このパフォーマンスと歌なんですが、元々はチリ中部の港町バルパライソの女性活動家4名(Lea Cáceres レア・カセレス、Paula Cometa パウラ・コメタ、Sibila Sotomayor シビラ・ソトマジョール、Daffne Valdés ダフネ・バルデス)による舞台芸術グループ”LASTESIS”(ラス・テシス)によって創作された、チリ警察を糾弾するためのパフォーマンスです。
彼女らによって地元バルパライソの舞台芸術祭GESTAで演じられたことがきっかけとなり、その後フェミニストデモで公衆でパフォーマンスされることになりました。
当時のLea Caceresが受けたインタビューでは、
その後、デモとしての初出は2019年11月の「女性に対する暴力撤廃の国際デー」にバルパライソ市内の警察署前でパフォーマンスとして行われ、この時のセンセーショナルな様子がチリ国内で大々的に取り上げ、一気にチリ国内で知られるようになりました。
チリ発祥のムーブメントということもあり、チリのローカルな文化や制度を背景にしています。例えばここで名指しされるCarabinero(カラビネーロ)。一般的に中南米スペイン語圏では警察は「Policia」なんですが、チリでは若干特殊で、所謂お巡りさん的な制服警官は憲兵由来の「Carabinero」、刑事事件の捜査などを担う私服警官が「Policia(正確にはPDI、Policía de Investigación)」と分けられてます。更に歌詞の中にはこのカラビネーロの隊歌が引用され皮肉られてるのも実にシニカルで。
またパフォーマンスを特徴付ける風変わりなダンスというか動き。これもそれぞれチリで発生した女性暴力や警官による不当な女性への取り調べなどの事例がモデルになってます。
パフォーマンスが生まれた背景
なぜこのパフォーマンスが、あのタイミングでバルパライソで発生したのか?というのに明確な答えはないんですが、LASTESISのインタビューや当時の状況を振り返ると、
多発する家庭内暴力や性暴力
中絶合法化の大きな流れ
増加する女性殺し(Femicidio)認知の一般化
根強い男尊女卑文化への抵抗
警察(カラビネーロ)による女性被害者への不当な扱い
当時メディアを賑わせた、バルパライソ近郊で発生した女性殺人事件
こういった事象が溜まり溜まった状態で、2019年10月18日に首都サンティアゴで起こった200万人規模の超巨大な市民デモが最後の一滴となり、一気に爆発したんではないかと考えられます。
特に10月18日の巨大デモ以降、デモの中心地となり無法地帯と化したサンティアゴのバケダノ広場(人権活動家的には”尊厳広場”)や大統領宮殿前など、大規模なデモが催されるのが日常風景となり、そこにMeTooやBLM等のムーブメントが追い風となり、パフォーマンスが幅広く急速に広がりやすくなった世相が大きく関連していると考えます。
世界で紹介された報道や動画
日本ではAFPとBBCがこれを取り上げ、特にBBCは日本語字幕付きの解説ニュースまで作成していました。
ただ、内容的にはオリジナルの英語版を和訳したと思われる、ちょっと内容に不十分さを感じる出来で、あまり深く突っ込んだ代用になっていないのは残念でした。
また、この後に日本語のフェミニズム系ブログでも和訳の記事などが書かれてるのを幾つか見ましたが、スペイン語の和訳としては遜色ないものの、カラビネーロの位置づけや、ダンスの意味などに触れられてはいないため、十分に理解を深める内容には至らず、中途半端な段階で認知が広がってしまったのでは、と思われます。
歌詞(スペイン語)
歌詞解説
この種のパフォーマンスでの解説というのは、落語や漫才で「今のネタのどこが面白かったかというと...」という興覚めな蛇足とならざるを得ないんですが、このパフォの解説で歌詞の意味合いなど深堀して解説してる記事が見当たらないので、蛇足承知でコメントつけていきます。
まず歌詞の前に、その服装や格好といった見た目から読み解いていくと、参加してる女性の大部分が目隠しをされた状態でパフォーマンスを行っています。これは女性が取り調べの時に目隠しをされたという被害報告や、2019年大規模デモなどで数百人のデモ参加者が警官隊によるゴム弾で失明したこと、そして文化制度的に女性が現在の社会システムの中で盲目的な立場を強要された、といった解釈が付与されてます。
また、パフォーマンス参加者の多くが身に着けているバンダナ、緑色のバンダナは中絶の合法化を、紫はフェミニズム運動のシンボルカラー。
服装自体に特に決まりはなく、黒づくめだったりパンク系だったり、または上半身裸だったりと自由。
最初に出てくるこのPatriarcado、家父長制ですが、ラテン文化圏でもお馴染み、マチズム(マッチョイムズ)の土台となる文明的特徴ですかね。
これは偏見混じりですが、ラテンの男性の特徴とされる「レディーファースト」、「女性に甘い」、「女性に優しい」というのは、一面的にはその通りですが、この半面にはマチズム的男性優位な思想があるとも言われてます。また同じマチズムの別の側面には、日本人からは特異にも見える母親愛があり、単純に男尊女卑という問題ではなく、文化人類学的に紐解いていくアプローチが必要な分野すね。
で、この部分では女性が生まれながらに既に差別を受けており、その差別構造は家父長制の文化世界では不可視とされていた、という主題です。
このくだりは歌詞が直接的で剝き出しのナイフのような鋭さがありますが、チリで近年メディアを賑わす女性が被害者となる事件そのもので、その犯人らがまともな捜査も裁判も受けず、軽微な罰を受けただけで放免される司法制度に対する大きな不満があらわされてます。これは女性被害に関わらず、チリ人全体が、特に少年犯罪などのようにどんだけ罪を犯しても翌日には放免される司法システムに対する大きな不満も相まって、男女ともに抱える不満を掬い上げてるように思います。
またFemicidio(フェミサイド、女性殺し)というワードも近年急速に認知された、「女性であることを理由に男性によって女性が殺される事件」という意味で、毎日ニュースを賑わす言葉になりました。~cidio(殺し)という言葉、ラテン語由来のcidioで構成された、Homicidio(殺人)、Suicidio(自殺)、Genocidio(大量殺人)といった一連の殺し文句は覚えておきましょう。
さらに、このくだりの踊り、女性が両手を頭に当ててスクワットをしてますが、これは先だったデモで警察に捕まった活動家の女性が、警官の前で身体検査の為に裸にされてスクワット(陰部に武器や麻薬等を隠していないか調べるという名目)を強制された、という事件に由来しています。このパフォーマンスが広がる前に発生した10月18日の巨大デモでも警官隊に捕らわれた女性活動家が、デモの中心地であるバケダノ広場の地下鉄駅構内で警察に不適切な身体検査を受けたという告発もあり、チリ全土で様々な同様の警察への告発が出てきたことから、このパフォが女性の共感を得たというタイムリーな背景もあると思われます。
ここから急にパフォのピッチが速まり、チリのスペイン語に耳が慣れていないと何を言ってるのかよくわからない早口のくだりですが、このパフォーマンスの一番のポイント、「レイプ魔はお前だ」と女性の敵を指さし指弾する山場アクトです。
歌詞は当然ながら、強姦魔、そして傍観者が被害女性の服装や出歩くエリアや時間帯を「女性側の問題」であり「それが犯罪を誘発した」という男性視点、犯罪者視点の言説に対する被害者の声ですね。
ここでいうPacoとは警察の別称であり、特に制服警官(Carabinero)を呼びつける、日本語でいうと既に死語と化してますが「ポリ公」とか「お巡り」とか呼ぶような感覚ですかね。この一連の女性への抑圧が、警官のみならず裁判官や検事、国家全体、そしてそれを代表する大統領だと指弾してるわけすね。ちなみにスペイン語ではFranciscoの愛称の一つにPacoがあるんで要注意です(有名ギタリストPaco de Luciaとか)。
Son los pacos‼と警察を糾弾するときには、最寄りの警察署や取り囲む警官隊に向かって指を向け、Los jueces‼で最寄りの裁判所を、El Estado‼の時には上を指さして国家全体を、そしてEl Presidente‼と叫ぶときには腕を頭上で交差させて捕縛せよ!とのパフォーマンスを伴っています。
特にこのパフォーマンスが生まれた現政権のピニェーラ大統領は世界に名だたる富豪でもあり、政治的には保守右派に属し、左派活動家や人権活動家には非常に不人気の、チリの格差社会の象徴と忌み嫌われている存在であるため、槍玉にあげられているとお考え下さい。
ここで「圧政国家」としてOpresorという言葉が使われているんですが、これが象徴するのは、字義通りの広義の圧政、そしてもう一つ、チリ国家が高らかに歌い上げるサビのコーラス部分、「Dulce Patria, recibe los votos con que Chile en tus aras juró que o la tumba serás de los libres o el asilo contra la opresión」の部分で、チリが圧政者からの亡命先とならん、という歌詞に掛けたフレーズで、チリこそが圧政国家であると皮肉ってるわけですね。
そして「お前(チリ)こそがレイプ魔だ」と吊るし上げるわけです。
パフォーマンスが広がるにつれ、この部分の解釈は男性社会全般の意味合いに広げられましたが、当初の意味付けとしては、こういったダブルミーニングがありました。
で、あまり取り上げられていないこの部分。唐突に優しく甘美な、前後の流れからは不自然なフレーズがぶち込まれます。
実はこれがチリのカラビネーロを吊るし上げてる部分で、この歌詞はカラビネーロ隊歌からの丸々引用です。
ちなみに正式な歌詞はこちら(カラビネーロ公式サイト)
動画もあります。
まとめ
というわけで。フェミニズムという大きな枠でマチズム、家父長制、警察権力や国家権力によって掻き消された女性の悲痛な叫びと不満を怒りをパフォーマンスにしている「Un Violador en Camino」ですが、2019年以降もチリでは女性の人権、ジェンダー問題に関わるデモやプロテストでは必ず行われる定番アクトとなりました。
ただ、当時のそれぞれの歌詞やパフォーマンスの意味合いが、既に2年、3年と時間が経った現在、特に海外向けには解説もないまま、「なんか気持ち悪いフェミの謎パフォ」で片付けられるのは気の毒ですんで、蛇足に蛇足を重ねる説明を連ねてみました。
てか、チリの社会運動、市民運動とかに興味ない人にとっては何の価値もないですが、個人的にも溜め込んだメモテキストを消去するもの勿体ないんで、供養代わりにupした所存であります。
以上。
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