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チリ大統領選決選投票についての雑感

ご挨拶

Twitterをメインフィールドにだらだらしてるラウタ郎です。

昔Blogでチリや南米の日常やトピックを書いてはいたんですが、Twitterに完全に軸足を移してからは、長文をまとめて投稿できる場がなかったので、この機にNoteで今回の2021年チリ大統領選挙に関して背景や状況を乱暴にまとめてみようかと。
政治に関する話って、その時々の政治的背景や国際情勢、経済や人権・移民・先住民問題など、多岐に要素がまたがるので、短文のTwitterでは思う様に話が伝わらないし、毎回説明的なコメントを加えるのも面倒なので、こうやって概要をまとめて置けば、個人的にも便利なんじゃねぇの?という程度の動機で。
まぁ実益を兼ねない趣味でチリの情報を垂れ流している身としては、当てても外しても実害も実利もないので、Noteの練習も兼ねつつ適当かつ無責任に状況をまとめておきたいと思います。

2021年 チリ大統領選とは?

今回の選挙は、2022年3月に就任する次期大統領を選ぶ、今月19日に行われる決選選挙がテーマです。
チリでは1991年のピノチェト軍政が終わって民政移管後、国民(および参政権が付与された外国人永住者)が直接選挙で大統領を選ぶ直接投票制になってます。
以前は投票は義務化されており罰則罰金が科されてたため、投票率も常時9割以上だったのが、2011年に義務から任意に変更されて以降は安定して投票率は低下、前回も、そして今回の一回目投票も5割過半数を割る投票率でした。
更に今回の選挙が特徴的なのは、戒厳令は解かれたとはいえ依然としてパンデミックの影響下にあるということ、そして2019年の大規模社会騒乱に端を発した新憲法起草の途上にあるということ、そしてそれらをひっくるめて、SNS上で様々なニュースや憶測、フェイクやタレコミが飛び交い、僅か1週間、数日で状況が一変して先読みがとても困難になった、ということ。
なので、この選挙の事前予想は様々なメディアやシンクタンクが幾度も繰り返してますが、ホントに数日で状況情勢はガラッと変わるんで、下手な分析出せないんすよね。
かくいう私も、半年前までは「決選投票は共産党のハドゥエとUDIラビンのガチンコ対決で決まりやで。さらに予想すると、ラビンが接戦を制して中道右派政権が2期続くって線でどや?」とドヤ顔の予想してました。
今やその二人とも予備選で消えて、当時は全然予想もしてなかった2候補が件戦に臨んでるんすよ。
そういう訳で、話半分に聞きつつ、備忘録的に進めます。

大統領任期

今回の選挙は、現ピニェラ大統領の政権の任期満了(2018年~2022年)に伴う選挙で、次期大統領は任期4年、2022年3月11日から2026年3月11日がその任期となります。
なので、選挙自体は前年度から予備選、一回目投票、決選投票という展開で進みます。11月に1回目投票(今回は11月21日)が行われ、過半数の得票者が出ない場合は上位2名を対象に決選投票(12月19日)が行われます。
この決選投票の勝者が次期大統領となるわけすね。
また、ニカラグアやベネズエラのような愉快な現在進行形独裁国家とは異なり、大統領の再選は認められてませんので、ちゃんと礼儀正しく退陣してもらいます。再度大統領になりたければ、一度別の政権を挟んでから挑む必要があるんで、これまで左派⇒右派⇒左派⇒右派と規則正しく振り子のように右左の政権が入れ替わり成立してました。
2006年-2010年 ㊧ バチェレ
2010年-2014年 ㊨ ピニェーラ
2014年-2018年 ㊧ バチェレ
2018年-2022年 ㊨ ピニェーラ
という順番で。なので今回は順当にいくと左派の順番っぽいですし、大体どの政権も末期には支持率も落ちて野党側に支持が流れる傾向があるんで、左有利な土台なんすよね。現ピニェーラ大統領の支持率なんて、19年の社会騒乱以降一桁台も含めて概ね20%前後と低支持率なんで。

これまでの大統領選タイムライン

2021年7月18日 大統領候補者予備選挙
与党系右派連合(Chile Vamos)、野党系左派連合(Apruebo Dignidad)それぞれの統一候補を選ぶための予備選挙。この段階までは右派はUDI党所属の有名政治家でサンティアゴの富裕層が住むラスコンデス区長ラビンが、左派はチリ共産党で知名度の高い市内ダウンタウンのレコレタ区長ハドゥエが最有力だったんですが、ここでいずれも同陣営の別候補に敗れ、想定外の展開に。予備選の結果としては
右派連合:元チリ中銀総裁で経済学者のシチェル氏
左派連合:チリ全大学学生連盟の代表で、左派活動家、現下院議員のボリッチ氏
がそれぞれ選ばれます。
これまでの大統領選であれば、この両名が大統領候補の筆頭で、どっちかが決戦を制して大統領に、というパターンだったんすよね。
また、この左右双方の統一候補とは別に、政党連合から一歩離れた独立系政党も候補者を立てて一回目選挙への準備を進めます。

2021年8月21日
キリスト教民主党(DC)とチリ社会党の左派連合Nuevo Pacto Social統一候補選挙
本来は左派連合Apruebo Dignindadとの統一候補となるべきだったのが、新憲法を制定する憲政議会選挙で政党候補が惨敗しまくる展開で連合が実質瓦解、所謂伝統的左派連合の残滓がこのNuevo Pacto Social的なポジションですかね。実質的にキリスト教民主党内の候補絞りとなり、同党の上院議員で上院議員議長のプロボステが、同じく上院議員のリンコン議員を抑えて候補となり、そのまま社会党候補を下して正式に参戦。

2021年11月21日
大統領選挙1回目投票(兼チリ上院議員改選区選挙、下院議員選挙を含めた総選挙)。
それぞれの政党連合予備選を勝ち抜いた、または独自政党の単独候補が出馬を表明し、計7名の候補者が確定しました。中には締め切り直前まで選管に立候補が受理されなかったオミナミ候補(ME-O)やチリに諸事情でも戻ってこれないパリシ候補などもいて、開幕前から波乱含み。
この選挙で過半数の票を獲得すれば、そのまま大統領に。過半数得票者がいなければ、上位2名が12月19日の決選投票に進みます。

一回目大統領選 候補者7名の顔ぶれ

とりあえず7名の候補の顔ぶれは以下の通り。

右派連合Chile Vamos代表 シチェル

チリ与党政権でチリ国立銀行総裁を務めパワーるエリート系エコノミスト。44歳。チリ生産開発機構代表や社会発展省大臣も経験し、経済政策には定評があり、全候補中一番数字に強い。中道右派だが全般としては広く中道左派も取り込める政策案を掲げる。

左派連合Apruebo Dignidad代表 ボリッチ

チリ大学学生時代にチリ大学生連盟(FACh)の代表を務め(前任はチリ共産党の若手政治家代表格バジェホ下院議員)、学生時代から社会運動に携わり、現在はチリ下院議員(最南部プンタアレナス選出)。予備選でチリ共産党ハドゥエを下し、左派系と憲政議会の幅広い支持を得る。35歳(大統領に就任する場合、来年3月時点で36歳とチリ史上最年少の国家元首)。

左派連合 Nuevo Pacto Social代表 プロボステ

キリスト教民主党で出馬時に上院議会議長、左派ラゴス政権(2005年~)に公共計画省(現社会発展省)大臣、 バチェレ政権で教育大臣と、キャリアが豊富。チリ北部出身で体操選手としてのキャリアから政治家に。投票日前にメディア向けに逆立ちしてみせるパフォーマンスが失笑を買う。

共和党単独候補 カスト

チリのトランプ、極右、ファシストなどなど色々と槍玉にあげられた候補。元々は右派政党UDIの議員で、サンティアゴの南部にあるブイン市の市議会議員が政治家としての出発点。その後、UDIから独立して右派政党共和党(現在下院に2議席)を設立。キリスト教的価値観に基づいた超保守的な政策を掲げ、また悪化する治安や先住民活動組織との対立には警察力の強化や公安系の情報部を設立するなどの公約を掲げる。ピノチェト軍政に対して一定の理解と評価を度々示しており、左派陣営からは「ピノチェト主義者」と非難されてるが、本人はあんまり気にしていない感じ。

人民党単独候補 パリシ

中道右派政党人民党の創立者で、立ち位置的には保守系ポピュリスト。特に経済問題についてはポピュリスト的な政策を掲げ、野党陣営からはバラ撒きだと非難されること度々あり。政策は全般的に右派政党に近似してる。今回の大統領選を前に、前妻との子供二人の養育費未払い問題(累計2億ペソ相当)がすっぱ抜かれて、在住先のアメリカからチリへの入国が危ぶまれ、結局そのままアメリカに滞在したまま選挙戦に突入。

急進党単独候補 エンリケス・オミナミ

左派武装組織である革命的左派運動の創立者ミゲル・エンリケスの遺児であり、チリ社会党の重鎮オミナミ元議員の養子となったのち、双方の苗字を取ってエンリケス・オミナミ、通称ME-Oと呼ばれる有名政治家。大統領選の常連だけど、毎回一桁得票で泡沫扱いだけど、奥さんが有名TVタレントで、スピーチ力にも定評があり、メディアの露出は多い。基本政策は伝統的バリバリ左派。

愛国党単独候補 アルテス
チリの急進的左派の筆頭で、いわゆる極左系。まあとりあえずこういったメンツも候補としては揃えとかんとね、という系の候補。

第一回目投票 結果まとめ

これら多種多様な7人が出揃って選挙戦を戦った訳ですが、候補者締め切り時の下馬評はボリッチ ≫ シチェル ≫ プロボステ の3強、残りのカスト、パリシ、オミナミ、アルテスは精々得票10%前後または一桁得票とみられてたんですね。

このボリッチ有利な展開をシチェルが追う、という大方の予想とは裏腹に、シチェルの年金積立基金引き出し問題、ボリッチの親しい左派議員候補の選挙資金不正使用疑惑、プロボステの今一つパッとしない選挙活動などなど、いろんな要素が絡んだ結果、シチェルは自沈しプロボステも票を伸ばせず、下馬評圧倒的だったボリッチも最終局面で票を失い、予想外の右派カストが首位、そして泡沫候補的だったパリシ(しかも本人は選挙期間中ずっとチリに不在)が得票3位につく大混乱の展開となり、得票1位はカスト候補、そして次点がボリッチとなり、決選投票へ、という流れ。
 カスト 27.91%
 ボリッチ 25.83%
 パリシ 12.80%
 シチェル 12.79%
ちなみに投票率は47.34%、前回大統領選より若干高いものの、5割を超すこともなく。投票率が低いと、一般的に保守有利という状況なんですけど、今回はそれ以上に地方と首都圏の差が顕著でした。
特にチリ北部の鉱山ビジネスの中心地で想定外の高い得票だったパリシ、そしてチリ南部の先住民問題で荒れる地域ではカストが支配的な支持を確保。そして最も人口の多いサンティアゴ首都圏ではボリッチが有利、という状況。
多分、これが決選投票でもキーファクターになるんじゃないか、と思われます。

決選投票前の周辺状況

右派カスト、左派ボリッチの二名が直接対決する決選投票が12月19日に行われる運びとなったんですけど、まず両陣営の現状確認。

ボリッチ候補 概要

カスト氏に後れを取ったものの、決選投票に駒を進めた後も精力的に左派陣営の協力取り付けに動いており、大きな失言や失態も出ていないことから、順調に得票予定%を稼いでる。29日発表のCadem社アンケートでは54%と、投票予定者の過半数を取る勢いに回復。
一回目投票時の支持母体共産党からさらにDC、社会党、急進党など左派系政党の支持を固め、また芸能人やミュージシャンなどの支持層も幅広い。
政策的には一部の政策案を見直すことも公言しており、中道右派を取り込めれば盤石の体制。

ボリッチ陣営政策案

現在進行形で一回目投票時に公約として掲げた政策案を改定したり変更したりしてる段階なので、常に内容が目まぐるしく変わってるんだけど、とりあえず現時点での大まかな政策案(いわゆるマニフェスト)は、

  • 経済・労働・年金・税制など

    • 最低賃金を現行の30万ペソから政権末期までに50万ペソまで段階的に上げる。

    • 法定就労時間週45時間を40時間に短縮

    • ベーシックインカムを制度化して社会保障の安定化を図る

    • 年金AFPを公的機関による管理とし、最低年金給付額を月25万ペソに設定

    • 年金負担率を現行の10%から最大18%に上げる。特に企業負担分を6%増大させる

    • 女性の雇用増大

    • 多国籍大企業への徴税強化

    • 鉱山ロイヤリティー税と環境税の新設

    • 納税者の上位1.5%に当たる月収450万ペソ以上の高所得者への課税額を上げる

    • 免税対象範囲を狭め、チリ人およびチリ居住者で高額な資産を持つものへの課税強化

    • 国民医療保険FONASAを統一医療基金に統合し、民間医療保険制度(ISAPRE)を廃止し、これを任意の保険とする。

    • 教育の無償範囲を拡大し、学生の債務を軽減する方針

  • 治安・人権など

    • 政治犯への恩赦や、先住民運動組織との連帯、警察組織の改編

    • 警察、公安情報局、災害危機対策局など保安機構を統べる保安省を創設し、市民の安全を守る

    • 警察組織を解体再編し、区長・町長・市長の持つ管轄権限を拡大する
      麻薬マフィアなどの組織犯罪に対して、国家情報局や財務分析チームなどを動員してより厳しい対応を取る。

    • 個人消費を前提とした大麻の所持と使用を容認する

    • 救急医療での緊急避妊薬の提供を保証し、人工中絶を医療保険の枠内で保証し、学校での性教育をより充実させる

    • ジェンダー法を改定し、14歳以上に身分登録上の性別や名前の改変を認める

    • LGBTIAQ+法を制定し、雇用や教育での差別を解消し、必要な医療へのアクセスを保証する

    • 家庭内暴力やジェンダー暴力に対応するため、ジェンダー暴力法を制定し、特に家庭内での問題に関する仲裁、調査、処罰などを定める

といった「大きな政府」志向で多国籍大企業からの税収を増やして庶民に再分配を狙い、また人権やジェンダー、先住民問題にも配慮した伝統的左派政策。ただし、治安関係は明らかに警察再編で弱体化する懸念が見えるんで、これが広い支持を呼び込む際の弱点になるかも。

カスト候補 概要

1回目投票で27.91%と得票一位となったものの、29日のCADEM社アンケートでは46%にボリッチに後れを取る状態。また同党の下院議員が人種差別&女性差別的な過去の発言を掘り起こされ、同党を離党するというスキャンダルが結構響き、中道左派の票の取り込みに失敗したような具合。
一回目投票時の自身の政党である共和党(弱小政党)に加え、右派系UDI、RN、Evopoliの支持を確保。また選挙キャンペーンに元チリ保健省のダサ次官が参加するなど、従来とは異なる支持者層を広げようとしている模様。
ただ、自身も含めて過去に過激な、挑発的な言動が多かった候補だけに、色々地雷抱えてる感じ。

カスト陣営政策案

カスト陣営もボリッチ陣営と同じく、一回目投票時から体制を編成しなおして、右派以外の専門家も政策チームに招き入れて幅広い支持を得られるように柔軟化を試みている感じ。とはいえ、保守的傾向とバラ撒き傾向は多分あまり変わっておらず、具体的な数値モデルとか色々とこれからツッコミ入ってくるんだろうかな、と思われます。

  • 経済・労働・年金・税制など

    • 経済成長率5%~7%を軸に10年で所得を倍増させる。

    • 法人税を最大税率27%から15%に低減

    • 消費税(IVA)を現在の19%から17%に低減し、10%を国の税収に、7%を国民福祉に。

    • 自己都合退職でも退職金を拠出するように労働法改定

    • 労働法をより現代に即した柔軟なものに改定し、リモートワークやフレックス制などに対応

    • 公務員給与を民間の給与水準をベースにした唯一の給与スケールに統一し、大統領の給与を50%削減し、議員や裁判官などの高職位公務員の給与も見直す

    • 公的基本年金制度を設定し、財源は国家予算を充てる

    • 最貧20%の困窮家庭向けに、子供が生まれた時点で自動的に100万ペソを年金給付年齢まで引出しが出来ない年金積立金として拠出

    • 年金負担率を現在の10%から段階的に14%まで上昇させて財源を確保

    • 女性の定年を段階的に引き上げ、来年就業開始した女性を61歳、再来年就業した女性を62歳と上げて男性と同じ定年とする

    • 最低所得水準(35万ペソから68万ペソ)層に対して、最大17%の逆所得税を適用し、貧困層を補助する

    • 固定資産税、贈与税、相続税を段階的に廃止し、住民基金を税収維持の調整のために設立する。また印紙税なども廃止

  • 治安・人権など

    • 現在の警察組織や公安情報局および軍の治安維持組織に対して、公共の安全のための必要な武力を、法の定義する範囲において行使する権限を与える

    • 公共の安全を脅かす事態を統制するため国家非常事態宣言の適用範囲を拡大する

    • 大統領に対し公共の安全を守るために必要な移動や集会の自由の制限、通信や文書の閲覧、検閲を認める権限を付与する
      ただし、非常事態宣言と大統領権限の拡大に伴う影響力の増大から、この宣言の有効期間を最大5日間限定する

    • 公安情報局の機能を強化し、上部組織に情報諮問委員会を設置、組織犯罪やテロなどのスパイ活動、情報傍受などを可能とする

    • 麻薬武装組織に対しては刑事警察内に特殊部隊を創設して当たる

    • 女性省を廃止し、各省庁にこれまでの女性省に対応する各役職を設置

    • 中絶を可能とする法案を廃止し、代わりに良心的中絶の権利を検証する機関の設立

    • 家事と就労の条件を改善し、保育園を増やし、テレワークやフレックス制の積極導入などで女性の労働市場へのアクセスをより容易にする

目立つのは財源再確保の根拠の薄い減税バラ撒き、既存の社会保障システムの維持、伝統的キリスト教系価値観の再復興、移民に対して門戸を狭める方針、治安維持力の強化、といったところ。

憲政議会の影響

この大統領選に先立って、2021年7月にチリの新憲法を起草するために国民投票で選ばれた憲政議会議員による憲政議会が大きな影響力を持ってるんですね。19年の大規模社会騒乱を起点にしてるだけあって、構成員の7割はリベラル系で、反政権寄りの姿勢、当然その議員の大半はボリッチ支持という状況。
ただ、7月に議会が発足してから、3か月かけて議会内規を制定し、やっと10月後半から具体的な新憲法の内容について討議が始まったという進捗の遅さ、何かにつけ政府の政策にイチャモンをつけてくる憲政議会議長ロンコンさん、そして左派系活動家で大規模デモを率い、革新系憲政議員のアイコン的な象徴だったロハス・バデ議員が詐病で同情票と資金を集めてたことがバレてしまう等々、このところ憲政議会への国民の支持も低下しており、以前ほどの影響力は無いような気も。
ただ、新憲法を起草するという、一政権云々を飛び越えた凄い権限を持っているため、もし仮に新憲法の発行に際して「大統領を新憲法が規定する資格にて再度選びなおす」といったことになれば、今回の大統領は単なる暫定引継ぎ大統領に成り下がってしまうようなリスクも。
また、憲政偽果に近いボリッチが大統領になれば、比較的新憲法の討議もスムーズに進むと思われけど、逆にカストが勝った場合、憲政議会と真っ向から対立するケースが満載なので、大統領 vs 憲政議会 vs 上下院議会という三つ巴の大混乱は必至。

経済・景気の影響

改めて言うまでもなくチリの国家収入の屋台骨は銅鉱山から産出され、主に中国向けに輸出される銅マネーであり、そしてのこの銅ビジネスの行く末がチリの通貨や物価に直接影響してるんすね。
で、ボリッチが勝った場合、この銅産業に多大な影響を与える可能性のあるロイヤリティー法案ってのがあるんです。まだ具体的な税率や適用範囲は明確にされていないんだけど、最悪のパターンで法制化されると、今チリに進出している外資系鉱山はほぼ立ち行かなくなる可能性も。ただ、この懸念については、一回目投票と合わせて行われた上下院議会選挙で、保守系が過半数を確保できたので、そこまで厳しい法案は通らないだろう、と若干楽観的にはなった。
それでもやはりボリッチ陣営が強引にロイヤリティー(と環境関連法)を推し進めれば、銅ビジネスには大きな影響は出るだろうし、当然ながらペソ安チリ株安に触れるのは間違いないんすよ。1ドル1000ペソの壁も突破する勢いで。
その影響は更なるガソリンやガス代の高騰、そしてこの夏再度直面する水不足による野菜果物などの値上がりにも影響するのは必至だし、現在進行形でこのインフレが庶民の財布に直撃しまくってる状況では、ダメージ柔和のためにボリッチ陣営は政策案を軟化せざるをえないんじゃね?という見方もある。基本的に経済、特にインフレ問題については、左派政権よりも右派政権に期待を寄せる傾向がアジェンデ時代からずっと続く傾向なので、今般の景気の動向はじんわりと票にも影響与える可能性はあるかも。
逆にカストが勝った場合、多国籍大企業にとっては多少は安心できる展開だけど、今度は法人税や消費税の低減で国の税収が大きく低下するリスクもあり、この辺の具体的な政策案もこれから相当テコ入れされて軌道修正される可能性は高そう。

キリスト教(特にカトリック)の影響

現在の潮流であるジェンダー平等、LGBT、中絶問題の根底にあるキリスト教的概念、これも今回の決選投票に大きな影響を与える要素。
昔のチリは離婚も中絶も「表向き」は存在しなかったんすね。15年ほど前までのチリは世界でも有数の保守的なカトリック国家だったんで。そのころは人口の約8割がカトリックだったんすよ。つまり、洗礼を受けて、婚姻の秘跡を経て、子を産み育み、死が二人を分かつまで添い遂げる、という家族の形が。
ただ実情としては離婚が出来ない(出来たとしても非常に煩雑)状態ではあったものの、家庭内離婚、別居状態といろいろあり、また闇中絶も相当数存在してたことは公然の秘密といった状態だったんすよ。それがカトリック教会の相次ぐスキャンダルで権威を失墜させ、そして離婚が法制化されてから一気に離婚が広がり、また夫婦間資産の共有という問題もあり、今では新生児の半分以上が婚外子、つまり結婚しないカップルの子供、というまでに伝統的家族形態が瓦解し、結婚しない事が多数層に。
そんな状況で、ボリッチとカストが完全に相対する価値観の候補として残ったんすよね。
ボリッチはリベラルで婚姻については自由なスタンス、同性婚も同性婚での養子縁組も、人工妊娠中絶に対しても、許容する姿勢。
対するカストはチリでは既に少数派となったカトリックの価値観を固守しており、同性婚も人工中絶も反対の立場。いわゆるチリの高所得者高齢者層に多い保守支持層モデルなんだけど、最大の票田は既に非カトリックであり、この原理主義的ドグマを推し進めると中間層の大量の浮動票を失いかねないんで、どうやって非カトリック層を取り込むのかが大きな課題すね。

チリ共産党の影響

親キューバでベネズエラのチャビスタ政権とも親しく、また先月のニカラグアのオルテガ大統領も認めているチリ共産党の旧世代的価値観は、カストにとっては実にありがたいボリッチ側の弱点。
逆にボリッチにとっては、チリ共産党が時代錯誤な独裁者への協賛だとか支持表明とかすると、速攻で中道層が離れていくので、共産党の面々には大人しくしておいてもらいたい本音。とはいえ、ボリッチは予備選挙で共産党のハドゥエを制して統一候補となり、選挙公約に相当量のチリ共産党が求める条件を吞んでいるとも思われるので、そう簡単には共産党を突き放すことも出来ず、また大統領就任後にも閣僚に共産党の議員を迎え入れることはほぼ既定路線。なので、カスト側としては、共産党に大いに騒いでもらいたいし、ボリッチ側としては、出来るだけ何事もなく大人しく静かにしておいてもらいたい、というスタンスですかね。

マプチェ問題と移民問題の影響

今回の一回目投票で露骨な得票差が現れたのが、首都圏 vs チリ北部&チリ南部。
その理由は明らかで、チリ北部はボリビアとの国境、アンデスの標高4000m級の道なき峠を夜闇に紛れて密入国を試みる大量のベネズエラ人不法移民による治安悪化などの影響。
チリ南部については、先住民マプチェ族の権利回復運動と失地回復運動が日に日に過激化し、地元の材木会社のトラックや住居施設が次々に焼き討ちに遭い、住民やトラック運転手が銃撃され、出動した警察隊と銃撃戦を展開したりする、もう内戦一歩手前の治安の維持さえできていないアラウカニア州の事案。これはもう通常の警察力での対応は難しく、特殊武装警察や軍を展開して抑え込まない事には火力でさえ負けてしまう状況なんすね。
この状況下、ボリッチ、カストそれぞれの方針は
ボリッチ:移民は一定の基準の上で受け入れる。マプチェ問題は、対話での解決を目指し、分散したマプチェ族の土地を再統合するなどで一部の自治を認める方針。
カスト:北部国境の警備体制を強化し、不法移民の入国は認めない。武装したマプチェ族の過激組織とは、非常事態宣言の状態と大統領権限を強化し、警察内に特殊部隊を設置してこれに当たる、という方針。
一回目選挙ではボリッチの施政方針では治安の回復は望めないとして支持が集まらず、カストの強硬姿勢が高く評価されて票が集まった。
ただし、これら紛争箇所からは遠いサンティアゴ首都圏では対話路線のボリッチの方が票を取ってる。

有名人、タレント、インフルエンサーの囲い込み

ボリッチ陣営も生粋の支持者層は左派系の支持者30%程度、カストについては元々弱小右派政党なんで、実際には10%程度と、どっちも過半数には遠く及ばない支持基盤なんですよね。
ボリッチ陣営はチリ医師会会長で毎日のようにチリ政府の対新型コロナ行政を批判していたシチェス、1回目投票で敗れたDCプロボステや左派的な立ち位置のミュージシャンなどを多数自陣営のサポーターとしてメディア展開しつつありますが、ぶっちゃけその人らの影響力が及ぶのは同じ支持基盤向けなので、新たな中道系や浮動票を取り込むには不十分。
カストも、半年前までは大統領候補筆頭だったUDIラビンや右派系の政治家やタレントを取り込んでますが、こちらも元々右寄り層の支持の再確認程度の意味合いしかない状況。
この陣取り合戦の趨勢に影響を与えるような、浮動票をがっぽり動かすような有名人サポーターの確保が、ポピュリズム的傾向に拍車が掛かってるこの選挙では結構大きいかもしれません。
直近の出来事としては、今週月曜日に正式にカスト陣営に加わったダサ保健次官。毎日新型コロナのライブレポートで国民の認知度は圧倒的で、真摯な姿勢が高い好感度をもたらしてました。彼女のカスト陣営参加で若干票が動くかも?と推移を見てますが、まだあまり数字には出ておらず、依然として現時点ではボリッチ有利。
ただ、まだ3週間ある中でどういった有名人の囲い込みと中道派&浮動票の取り込みが出来るか?というのは肝ですし、メディア露出の頻度にも影響するので、政策案や国内事情とは別にみていく必要あります。

みどころ

長々とまとまりのない文章を連ねましたが、今回の大統領選のポイントとなる見どころ、先述の憲政議会、カトリック、経済や共産党などのファクターも含め、単純化して大まかに要点をまとめるとこんな感じだと思います。

  • インフレ ⇒ 消費者物価が高騰するとカスト有利な局面。ペソ安ドル高の局面は基本的にカスト有利。

  • 新型コロナの影響 ⇒  再度拡大すると、ボリッチ陣営のシチェス元医師会長とカスト陣営のダサ元次官の代理戦争勃発。

  • 移民問題 ⇒ 移民による犯罪の増加や北部国境の不法越境などが活発化すると、カスト有利。チリ人によるゼノフォビア的事件が再発すると、ボリッチ有利。 

  • マプチェ問題 ⇒ チリ南部アラウカニア州での先住民活動家と警察の衝突や、活動家による放火や襲撃が増加し治安が悪化すると、カスト有利。憲政議会が先住民関連で平和的かつ具体的な対話の場を用意できれば、ボリッチ有利。

  • キリスト教教会 ⇒ 何か新たなスキャンダルが明るみに出たらボリッチ有利。

  • 中南米地域外交 ⇒ キューバ、ベネズエラ、ニカラグアあたりの独裁国家の皆様がチリ共産党との仲良しアピールしだすとカスト有利。アメリカが中南米の政治に介入するような姿勢を見せると、ボリッチ有利。
    またブラジルでボルソナロが何かやらかすとボリッチ有利。
    隣国ペルーのカスティージョ政権のドタバタやアルゼンチンのフェルナンデス政権の失策はカスト有利な展開に。

  • 鉱山関連 ⇒ 銅鉱山の今後の見通しが悪化したり、共産党や中央労組CUTあたりが銅鉱山ロイヤリティーを騒ぎ始めてもカスト有利。銅鉱山関連の環境問題が出てくるとボリッチ有利。

  • ジェンダー問題 ⇒ 同性婚、妊娠中絶などに関連する状況は全般的にボリッチ有利の展開。ただ、フェミニストデモなどが過激化するとカスト有利。フェミサイドなどの女性が被害者になる事件の発生はボリッチ有利に。

  • 現政権ピニェーラの動向 ⇒ ピニェーラがあまり表に出ず大人しくしてるとカスト有利。しゃしゃり出てくるとボリッチ有利。

  • 憲政議会 ⇒ ロンコン議長が先住民問題や人権問題にこだわり続けるとカスト有利。新憲法の具体的な草案を着々と進めてればボリッチ有利。
    あと、カスト有利な展開の中で憲政議会が大統領職の規定に「新憲法発布後に再選挙」とか言い出すとまた各方面混乱するんで、影響の測定不能。

  • チリ共産党 ⇒ ボリッチの政策案に共産党の要求を強要するようなそぶりがあるとカスト有利。大人しくボリッチの判断に委ねる的な穏健方針だとボリッチ有利。

  • デモや社会騒乱 ⇒ デモが過激化し、街中の公共物破壊や警官隊との激しい衝突が発生すると、カスト有利。デモ隊に死傷者が出てしまうとボリッチ有利。

他にも細かいポイントとなる要素や面白要素は色々あるんだけど、挙げていくとキリがないんで、この辺にしときます。
19日の決選投票まであと3週間弱、これらの要素やテーマに注視しつつ、大統領選の展開をお楽しみください。

おわり(2021年12月1日)

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