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彼女はただひたすらに「繊細」だった。

おはようございます。

今朝「繊細」というテーマがふと目に止まりました。

ここから、私の記憶の中のある友人を、ふと思い出したので
少し時間をさいて書き綴ることにいたします。

やや重たい話になりますので、閲覧には十分ご注意を。




理想の介護福祉士のOさん。



以前、私が親しくしていた女性がいらっしゃいました。


仮にOさんとしましょう。


OさんはいわゆるHSE型の人でした。

・繊細な感覚を持つ
・刺激を求めない
・外向的で人と関わるのが好き


Oさんは介護福祉士の仕事をしていました。

地元のワークショップでの出会いがきっかけです。

私も介護福祉士を目指していた身でしたので、よく勉強を教わりに遊びにいっていました。

Oさんのお家でベッドメイキングといった初歩的なところから、実際のベッドサイドレールを使った実地試験対策まで、とにかく色々面倒を見てもらいました。


小柄な彼女でしたが、性格は明るく、キビキビした動きが印象的でした。

どんな小さな話題にも体を大きく動かして「えーっ!」とリアクションを取ってくれる。

一緒にいて楽しい気持ちにさせてくれる彼女を見て、私はOさんに憧れる反面、叶わないなぁ、と複雑な感情を抱いた記憶もあります。

仮に私が資格を取得したとして、私と彼女のどちらに介護の必要な家族を任せたいかと聞かれたら、おそらく彼女が選ばれる。

そんな気持ちを、うっかり本人の眼の前で吐露してしまった瞬間がありましたが、彼女は「あなたも素敵!わたしも素敵!それでいいじゃない」と、ただただいつもと変わらず笑っていました。

わたしにとって人として目指すべき理想が、Oさんの中に輝いていました。




ただひたすらに繊細だったOさん。


介護福祉士を目指すにあたって、福祉系の学校に通っていたわけではない私には、最低3年の実務経験が必要でした。


そうして私が介護職員として実務経験を積んでいる時です。


彼女が入院をした、という話を友人伝てに聞きました。


すぐに見舞いにでかけましたが、到着した先は精神科病棟。


面会には主治医の許可いると説明を受け、この日は一目見ることも叶いませんでした。



この時点では私はまったく知らなかったのですが、彼女には旦那と子供がいました。

後日、話を伺うと彼女はストレス性の解離性障害を患っており、時折とんでもない他害行為に及んでしまうのだとか。

その際、自身の子供や旦那に危害が及ぶことを怖れた本人から、一時的に離れる選択肢をとった。

それまで、旦那は旦那の実家でお子さんと暮らしており、週に1度だけOさんが訪問をして交流する生活をしていたそうです。


これにはまったく驚きました。

彼女が、爆発どころか、不満を吐いたことすら、私の前では一度もなかった。

彼女の評判はすこぶるよかった。明るく、謙虚で、人のために全力を尽くせる。

めずらしく弱音を吐いたかと思っても、直後におどけたようなリアクションを取るものだから、ほとんど本気にはしていませんでした。


だからこそ、彼女の抱えているものに一切気づくことができなかった。


Oさんの感情をスポンジのように吸収してしまう。


結局、入院中は面会が許されずに、電話だけの連絡に留まりました。

電話越しに聞く彼女の声は、入院中とは思えない、普段と何ら変わらない調子に思えます。



その頃からOさんを注意深く観察するようになったのです。

退院後、再び彼女と交流を取り始めると、彼女の様々な思考の癖を知れました。


・弱みを見せては、相手を不安にさせる。
・身を捧げなければ、本当の意味で寄り添えない。
・本当は、横暴で気持ちが理解できない人に深い怒りを感じている。


彼女には強迫的ともいえる奉仕の精神が根底に根付いていました。

世間からの風当たりが強い介護業界への不平不満。
横暴な家族の対応。
ワンオペ体制を無理難題を押し付けられる状況の慢性化。

彼女の状況を掘り下げると、彼女がどれだけの負荷にさらされているかが、浮かび上がってきました。

優しすぎる彼女の事です。きっと強い言葉は使えない。

どんなときも相手の感情を受け止め、鋭くなった角っこを削るような優しい言葉をかけてくれるOさん。

(わたしがやらなきゃ)と、意気込み続けて、無理をするのが当たり前で、家族を護るため、介護業界を護るため、理想をその身で体現しようと身を削って活動し続けてきた。


そんな、あまりにも優しく繊細だったOさん。


彼女にこれ以上無理をさせたくない。


わたしは必死で(無理をしなくていいんだよ)と彼女に伝えました。

伝えたといっても、言葉にしたわけではありません。


彼女が私にしてくれたように、努めて明るく振る舞ってみたのです。

しかし、彼女は私の心配を見透かすように、それすらもまるっと包み込もうとしてくれた。

「Oさんを元気づけようとしている私」を「元気づけてしまおう」とした。


あぁ、彼女はもう天性の人間なのだ、と。


彼女は、スポンジのように負の感情を吸収する。

あたりに漂う僅かな”負”を吸い取り、結果的に”笑顔”を残す。

吸い込んだ”負”のエネルギーは、奥のほう奥のほうへ、悪いものは彼女の心に到達しては頑固にこびり付いていく。

そうしていずれ、自分すらも預かり知らぬところで「解離」を引き起こす。


彼女は強い人間ではなかった。

弱い自分を律しようといつも振る舞っては、影で泣いていたのかもしれない。きっと泣いていた。

ですが、きっと誰もその涙をみることは出来ないのだと。


Oさんと私にとって適切な距離感とは。


私が、「適切な距離感」だと思っていたものは、もしかしたら幻想だったのかもしれない。

Oさんはどんな人にも平等で変わらず接し続られる人だと思っていた。
ですが、実際には違った。


相手の要求を過敏に察知できるからこそ、平等どころか相手の理想の人に変身できる。

Oさんは相手に気を遣わせないプロだ。私にとっての憧れだった。

きっと私はOさんにとって”重し”になってしまった。

本人に言えば、きっとさらっと受け止めつつも「そんなんじゃないよ」と否定してくれそうなものだが、私はその点に関しては頑固だった。

ただただ、彼女に休息を与えてあげたい。


こんな気持ちを抱えたまま彼女と顔をあわせても、また彼女は”吸収”してしまう。これでは私が幸せになるばかりだ。それには納得ができない。

そう考えだした頃から、彼女との連絡を徐々に減らしました。
彼女の負担が楽になればと、いろいろ苦心した結果の話です。

距離を離して気づいたのですが、彼女のもとには、いろんな人から引っ切り無しに連絡がきているようでした。

「一番仲が良いのは私だろう」などと自惚れている時期もありました。そんなことはありませんでした。


彼女は、いろんな人の一番になろうと努力を積み重ねていたのです。


ある日、突然亡くなったOさん


突然の訃報を聞いた時は、放心してしまった。


現実感がまるでなく、驚くことができませんでした。

最期に話した時、Oさんは笑っていました。

事情を旦那さんから伺っている時でさえ、まだ何が起こっているのかわからない。

きょとんと指を加えて旦那さんの足元に抱きつくお子さんの姿が、私の脳裏によく刻まれている。


彼女が亡くなったのは、精神科病棟。


自殺でした。

ベッドサイドレールに紐をくくりつけたそうです。



最後、旦那さんがOさんに送ったメッセージがありました。

「また元気になってね」



ここからは私の想像です。

きっと、それを受け取ったOさんはこう思ったのはないか。


「また元気にならなきゃいけないのかぁ」と。


・・・


どんなに吸水力の優れたスポンジでも、かならず限界がある。

優しさの形も、もしかしたらこのスポンジのようなもので、

貯めきれないくらい吸い込んだら、いずれ溢れてしまう。

もっと彼らの生きやすい世界を、望まずにはいられない。


・・・

Oさんの話はここまでです。




人の繊細さを如実に描き出した作品があります。

『こころのナース夜野さん』


まさにOさんが入院していたような精神科病棟が題材のお話。

「生きにくさ」を抱えた人々をどこまでもリアルに、それでいて心がほっとするタッチで描かれる。
”優しさ”の在り方について、今一度考え直してしまう、そんなお話がたくさん詰まっています。


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