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採血されるたびギャグみたいに倒れる私のお話。

「ちょっと、大丈夫?!」

健康診断のシーズンは決まってこうだ。クラクラと世界が上下左右に鳴動しはじめたかと思えば、ひんやりした床の感覚と一緒にブラックアウト。
意識を手放したわけじゃないけど、代わりに鉛になったみたいなまぶたが眼前の世界をぜんぶ覆い隠した。

・・・

私は、血を抜かれるのが苦手だ。

成人になってから、たまたま受けた駅前のボランティア献血ではじめて気が付いた。

『◯型の血液、ご協力ください!』

最寄りの駅前にデカデカと掲げられた案内板は、文化祭で盛り上がった連中がありったけのマジックで書き記したような荒っぽい作りだった。
黒の太い線の周りを緑や水色のマッキーで囲った華やかな装飾文字。遠くから見ても目立ったし、その案内板の後ろにものものしく待機する大型のバスにも呆気を取られた。

(私なんかの血でも、役に立つのかな?)

当初の私は絶賛トラブルに巻き込まれており、自己肯定感は地の底を這っている状態だった。誰かの役にたちたい。しかしそれが叶わず、友人たちから勘当され、居場所があったとは到底いえない状況だったが、眼の前に突如現れた移動仕掛けの献血所に一瞬で目を惹かれた。

御礼として用意されていた『ヤクルト贈呈』を目の端に捉えながら、意を決して待機列に並ぶ。

(血くらいならくれてやれるはず。それで誰かの助けになるのなら…)

乗務員?のおじさんから簡単な問診票を受け取り、バインダーとよくセットになりがちなめちゃくちゃ短いペンで記入していく。メンタルは弱っていたが、あいにく体に不調はそこまでなかった。
問題なく健康診断を通過した証をそのまま用紙に書き込んだ。

・・・

そうして待機列が進み、窓がことごとく白い布で閉鎖されたバスの奥に案内された。
長机の反対側から看護師さんに呼びかけられ、対面に座る。簡単にやり取りを交わしながら、差し出した手に抑圧用のバンドが巻かれ、すぐさまお目当ての血管が主張をはじめた。

看護師さんが手慣れた様子で採血を開始すると、みるみるうちに注射針の中に赤黒い液体が溜まっていった。なんだかその様子が新鮮で、私は真っ赤な水族館にでも遊びに来たつもりで注射器を見つめていた。

採血が終わり小さく切ったガーゼを充てがったまま、10分ほど座席で休憩するよう促される。ヤクルトもこの時ポンっと渡された。既製品のはずなのにいつもと違った味がした気がする。

献血といっても、健康診断で何回か抜き取られた経験はある。座っている時は、こんなもんか、とボーッと考えていた。誰かの助けになるとは思うけど、実感は皆無だった。

時間になり「お加減は?」と尋ねられたので「大丈夫です」と返して立ち上がろうとした瞬間、その時が訪れた。

盛大に足をもつらせて転倒した。
オノマトペにするなら「ドンガラガッシャーン」

効果音はギャグそのものだが、単なるドジではなくて本気の立ち眩みだった。周囲に緊張が走り、長机の向こうに設置されていた寝台に迅速に運ばれた。カーテンで仕切られると「大丈夫?怪我はない?」と看護師さんがしきりに声をかけてくれた。

「過去に貧血はあった?」「低血糖おこしたりしてない?」「ちゃんと食べてる?」とかいろいろ質問攻めにされたが、採血後に気分が悪くなってしまう人は珍しくもないそうで、一通り尋問が終わるとアドバイスをくれた。

これからむやみに飲み食いしないこと、鉄分をしっかり取ること。あと、今後採血の時は「注射器から目を反らしておくこと」
そんなことを教わった。

簡単なバイタルチェックを終えた後、私は五体満足(血は若干足りない)でバスを降りた。足元のふらつきはもうない。どちらかといえば「精神的な要因」が大きいのだと思う。

採血された瞬間はそうでもなかったけど、終わってしばらく経つと、自分から確かなものの消失を感じた。ショックを受けていないといえば嘘になる。だって私をカタチづくっているものが、まるまる抜き取られたんだ。体や心が、なにかしらの拒絶反応を起こしたのかも知れない。

この時ちょっと思い出した。小学生の時、私は人体模型を見るたびに気分が悪くなっていたこと。だから理科室はキライだった。なんで、すすんであんなものを設置しているのか。ホルマリン漬けはダメで準備室に仕舞ってあるのに、人体模型が常設されてオッケーな理由が私にはさっぱり分からない。どっちも準備室に仕舞っておいてほしい。

とにかく、献血で人を助けようとしたのに、結局人の世話になってしまう結果が残った。相変わらず気分はモヤモヤしたままだけど、新しい学びがあったからこの時は良しとした。

・・・

そこから時は経過して、新卒で入った会社から、血液検査を含めた健康診断の案内が届いた。
近場の健康センターに同期たちと集結して、自分の名前が呼ばれるのを緊張しながら待った。複数の検査項目をこなして、いよいよ血液検査のコーナーへ。声がかかる。

私は、かつての献血バスで名も知れぬ看護師さんが教えてくれたアドバイスを律儀に守った。絶対に自分の腕は見なかったし、顔は大げさに横に向けたままにした。
隣の席から見たら、さしずめ「フェルメールの青いターバンの女」に見えていたことだろう。

『真珠の耳飾りの少女』:ヨハネス・フェルメール 1665年あたり


採血中は相変わらず大丈夫だったし、近場のソファーまで歩いて戻ったときだって問題なかった。足のもつれもない。

ただ思考がぐるぐるしてしまった。見てはいなかったけど私から確実に「なにか」が抜かれた。「血」っていうのは分かってる。でも、本来、血ってそういう感じで抜かれて良いものでもないだろう。かさぶたを作る時、凝固するために必要なものだ。なんか自然に反してない?失くなった。たしかに消えた、私からきえた、血が、ああ、え、血だよね。抑えててね、といわれたガーゼの奥に、針がささった感触と、抜き取られていた感触がのこっている。
えっ、血が、なくなっちゃった?!

そして、冒頭に戻る。

前傾した姿勢からぐらりと前のめり、床に顔から「ビターン!」と倒れ伏した私。周囲からちょっとした悲鳴があがる。隣にいた同期があわてて声をかけるよりも早く採血スタッフさんたちが駆けつけて、カーテンの奥に設置してある寝台まで運んでくれた。

結局バスの献血の時おんなじ状況でちょっとばかり笑えてきた。
どうにも考えてしまうとダメなようだった。看護師さんからの質問は、これまたどこかの大型バス内で聞いたのと同じようなものだった。
学ばないなぁ私。でも流石は健康センターの寝台というべきか、寝心地はバスの時よりも数段グレードが上だった。ちょっと採血スタッフから小言を言われながらも、まったりと精神を落ち着けることにした。

・・・

先に検査を終えた同期から、心配5:茶々入れ5くらいの割合で見送られた私は、十分に回復してから起きるようにと注意を受けた。
ついでに「これからはあらかじめベッドに寝たまま採血しようね」と優しく諭された。(えっ、そんな選択肢あったんかい…先に教えてくれよ…)と内心ちょっとムクレていた。

2回目の転倒事件依頼、私はどんなささいな採血でも「横になったままやらせてください!」と番号を呼ばれた囚人ばりの反応速度をもって採血に取り組むことにした。

相変わらず抜かれる瞬間はきっついものがあるけど、ゆっくりとベッドの上で目をつぶってやり過ごせるから大分マシだ。健康センターのお姉さんに感謝しなければ。

・・・

血を抜き取られるって行為がとことん苦手だ。
本来あるはずのない方法で抜かれる歪さに、めまいがする。
たとえば膝小僧を擦りむいて大量出血しても、ここまで気分が悪くなることはない。ぐじゅぐじゅになった皮膚を見ても顔をしかめる程度で済むけど、血を抜かれた時の不快感は、その何倍も心にくる。


そういえば、蚊とかからも常時されてることではあるんだよね…。

でもあいつらは「へへ、すいやせん、血ィ頂きましたんで、ここんとこちょこっとばかし腫れさせてもらいやすぜ」って吸った痕跡だけ残してくれる。ちょっとムカつきはすれど、事が全部済んだ後だからそこまで気にならない。少量だし、そもそも蚊も生きるために必要だからね。わかる。

ああ、でも採血はいやだな。
「採ります」「採ってます」「終わりました」「ガーゼ抑えててね」
全部の工程で「今からお前の血がなくなります」と宣言されるのが、とってもキツイ。

できれば自宅のベッドでぐっすり熟睡している時にでも採りにきてくれないだろうか。夜に蚊よろしく、こっそりと近づいてヂューっと吸い取る。ぽっこり腫れる皮膚の代わりに、ガーゼを患部にあてがってマジックでメッセージを書くんだ。

「あなたの血、頂きました。のちほど健康センターに回させていただきます」

ルパンかよ。
なんで一患者のためにそこまでせにゃあかんねん!って、私が看護師だったら猛抗議するだろう。笑 うん、ないな。

次の健康診断を予期しては、いまから胃がきりきりする。
これも、病気の早期発見のためには仕方ないことなのかしら…?


卒倒するたび、私は血液専門のルパンが来てくれないかな~と思わず夢見てしまう。採血ヤダー!




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