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『 儚い羊たちの祝宴』 米澤穂信

『 儚い羊たちの祝宴』
米澤穂信 2011年 新潮社

※ネタバレ含む

総じて感じることは、悪意のない悪意が頭に浸透するような不思議な感覚。皆育ちと根の良さがにじみ出る人柄を醸すことで、無害な心に芽生える悪意。

種明かしの巧妙さ。薄々何かがおかしいことを感じる。言葉にできないわけでもない。予想のつく展開。しかし最後の一文で酷に裏切る。展開で裏切るのではなく、どれほど最後まで話をつなげ、端的に、巧妙に、読み手の心の芯を冷やすか。一寸先は闇。短編小説の真髄を垣間見た。

個人的にぞっとしたのは、「北の館の罪人」。あまりが手を下したのだろうと見当はつく。が。核心はそこではない。見抜かれ、告げるあまりに手の込んだ手口。早太郎はもちろん、詠子も勘づいていた。おそらく光次は気づいていない描写をするあたり、冷徹に事を裁くかに見える彼がもっとも情を持つ印象を受ける。なるほど、当主にふさわしい器なのであろう。

読み進めている間心が落ち着かないという点では「山荘秘聞」が群を抜く。なにせ私たちは知っている。大男たちが血眼になって探す遭難者、彼はすでに救助されている。八垣岳の白峰もかくやというような白々しい態度。殺人を仄めかす描写。
すべてが符合しない違和感を抱かせ続ける巧みな語りであったと思う。

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