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【ショートショート】真っ赤な禁断の果実

ほんの出来心だった。

初めて「それ」体験したのは、24歳の時。
友人の家に遊びに行った時のことだった──。

「お前もやってみるか?すげーハマるぜ。」
「俺はもう、これ無しじゃ生きていけない身体になっちまったからな。間違ってもあんまり摂取しすぎんなよ。」

友人はそう言って、俺に黒っぽい種のようなものを見せてきた。

「この種、今はこんな色だけど本当は真っ赤らしいぜ。本物を見れる機会はめったにねぇ。俺も写真でしか見たことねーしな。」

いつになく興奮気味に説明してくる。

「今回は俺が手本見せてやるから、しっかり覚えろよ。」
「もし失敗したら取り返しがつかないからな...」

友人は、「それ」の抽出方法を丁寧にレクシャーしてくれた。
同い年であるはずの友人が、やけに大人びて見える。

そして、友人が作ってくれた「それ」を言われるがまま摂取した。
その時の感覚は、今でも忘れられない。

実は、その時以前にも「それ」もどきを試したことがあったが、こんな感覚は全くなかった。
むしろ苦手意識を持っていて、今まで避けていたが、この日を堺に俺の生活は変わってしまった。

あれから1年後、俺は「それ」を接種しないと、禁断症状が出るようになってしまった。

初めのころは1日1回だったが、どんどんエスカレートし最近では1日に3回以上、多いときは5回も摂取してしまう。

「それ」が無いと仕事にも集中できないし、無気力な状態になってしまう。
なんだか、最近は睡眠の質も悪くなってきている。

友人に「接種しすぎるな」と忠告を受けたにも関わらず、俺は見事に依存症になってしまったようだ。

でも、絶対にやめられない。こんな最高なものやめられるはずがない。

今日も朝イチの「それ」をキメるため、俺はキッチンへ向かった。

まずは、スケールの上に小さな器を置き、「それ」の元となる黒っぽい種の分量を正確に量る。

そして、種を粉砕するための専用機械に入れる。
機械についている取手部分を回すと「ガリガリガリ」という小気味良い音と振動が伝わってくる。

もうこの時点で、俺のテンションはおかしくなりかけてる。
この音、感覚、そして粉砕された種の香りがたまらない。

恍惚の表情を浮かべながら回し続ける。
数十秒間その作業を続けると、音が止む。粉砕が完了した合図だ。

次に、お湯を沸かしながら抽出準備をしていく。

抽出後の「それ」を受け止めるためのガラス製の器の上に、陶器製の抽出器具をのせ、陶器の内側には「それ」を濾すための紙をセットする。
そこに粉砕した種を入れ、いよいよ抽出開始だ。

まずは、少量のお湯を粉全体に行き渡らせるようにゆっくりと注ぐ。
粉とお湯が反応し、フワッと香りがたつ。

この香りだけで意識が飛びかけそうになるが、グッと堪える。

そして、30秒ほど待ち、再びお湯を注ぐ。
ゆっくりと、優しく、円を書くように注ぐ。

お湯を注ぎながら「それ」との会話を楽しむかのようなひと時を過ごす。
抽出が完了したら、高鳴る鼓動を抑え、お気に入りのマグカップに注ぐ。

早速味わいたいところだが、まずはワインを楽しむかのようにマグカップを回し、香りを楽しむ。

大人の余裕を見せながら、できたての「それ」を堪能するため、ゆっくりとマグカップに口を運ぶ。

唇と唇の小さな隙間から「それ」が流れ込み、口の中に広がる。
舌全体を使って全てを感じ、名残惜しそうに飲み込む。

口の中から無くなってもなお、残り、そして変化していく味わいと、鼻から抜けていく香りの余韻も余すことなく楽しみ、ホッと一息。

ふと、友人の言ってた言葉を思い出す。
「この種、今はこんな色だけど本当は真っ赤らしいぜ。」

「それ」にどっぷりハマっている今なら、あの言葉が間違っていたことが分かる。

赤いのは種じゃなくて、その種を包む果実だ。

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