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お遍路ウォーキング日記(134:四十二番佛木寺へ)

【2024年5月18日(土曜日) Day 134】

 今日は札所四十一番龍光寺を打ち、次の札所四十二番佛木寺も目前だ。上の写真でも重文である山門が見えている。

 昨日はまだ宇和島市の北宇和島駅の近くにいた。その後JR予土線沿いに遍路道を辿り、務田むでん交差点の十字に分かれた道の間から伸びるもう一本の道を辿り北の方向へ、道なりにずっと進んで途中突き当たったところを左に向かうとすぐの所に右に続く道に入りまた北の方角へ。

 暫く進むと「長命水」といううどん屋があるのでそのあたりを左に入って細い道を真っ直ぐ進むと目の前に札所が見えてくる。それが龍光寺だ。

 ただしその地点から見えるのは龍光寺とその上に稲荷神社も見えていたはずだ。

 この龍光寺は他の札所以上に神社との繋がりが強く、弘法もこの地にいた五穀大明神を感じて、明神の彫像を掘り堂宇を建てて安置をしたと言うくらいではじめから仏像ではなかった。この際に本地仏の十一面観音、脇侍の不動明王と毘沙門天も供に奉納する。つまりこの寺ははじめから神仏習合でスタートしているのだ。

 そして長い年月の間、他所の場所なら「稲荷神社」の役割をするところ、ここでは「稲荷寺」として土地の信仰をうけていた。

 ところがそれを許さないのが明治時代の神仏分離と廃仏毀釈だった。

 この稲荷寺から神社の部分を本堂に残し、お寺の要素は取り払ってしまったのだ。後に新たな堂宇を作って本地仏とその脇侍はそちらに移された。これが龍光寺の始まりだ。

 またこの寺は他の神仏習合の神社仏閣とは違い分離も今ひとつ手緩かったようで今でもお寺と神社はどう見てもくっついているようにしか見えない。

 ところでこのお寺の納経所は順番に厳しく、納経帳を持ってきた順番で御朱印を書くことで有名だ。ここで最も被害を蒙るのは個人遍路の人だ。お寺をお詣りしている間に団体様がやって来てそちらの添乗員が全員分の納経所を先に出してしまえば先に来た個人の人は団体様が終わるまで次の札所には行けない。

 これが結構悪評判となったが、そのあたりがこのお寺のポリシーでもあるのでこの寺だけは先に納経を済ませてしまう人も現れる。

 このお寺は観光バスが入ってこられないので遠くから団体お遍路のツアコンの人が参加者全員の納経帳や掛け軸などを持ってダッシュでやってくるのが遠くからでも見えるのでそれに気がついたら納経所へ駆け込めばよい。

 順番に厳しいと言うとなんとも偏屈そうな印象も受けるが納経所の人は親切でフレンドリー。わんこを連れて行けば手が空いている時だと全員出てきて外で記念写真を撮ってくれるくらいだった。

 この日記ではあまり書くことでもないが個人で巡礼をしていると観光バスでやって来る団体様お遍路御一行がとても異質に見えることがある。それはいずれ近いうちにでも書くつもりだ。

 明日は必ず次の札所を打つだろうから次の札所の話の方が優先される。そしてその次の札所、四十三番明石寺と四十四番大寶寺の距離はとにかく長いので明石寺を打ってからゆっくり書いてみたいと思う■

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