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できれば母乳で育てたい

このページにお越しくださり
ありがとうございます。
お母さんを笑顔にするお仕事の人
子育て専門助産師なとりです。

今回は授乳について
多くのお母さんたちが想っている
「できれば母乳で育てたい」について
いろんな角度から考えてみたいと思います。

授乳中の方も
これから赤ちゃんを迎える方も
授乳を振り返ってみたい方も
周りに授乳中のお母さんがいる方も
みなさんに読んでいただければと思います。


〈完全母乳とは?〉

母乳による栄養のみで
赤ちゃんを育てることを
「完全母乳」と表現するようです。

私が助産婦になって勤め始めた時
先輩たちが申し送りで
「完母*です」と使っていました。
*完母=完全母乳の略

辞書的な意味からすると
母乳だけで足りていることを
「完全」という言葉に
置き換えているようですが
元は英語の「exclusive breastfeeding」
なんだそうです。

これは
「母乳だけ」ということを指しているだけで
それ以上の意味はありません。

「完全母乳」と「母乳だけ」は
違うことのように感じます。

「母乳vsミルク」のような比較は
ただでさえ無価値であるというのに
100%母乳が「完全」ならば
ミルクの授乳があると「不完全」と
思わせられてしまいます。

母子手帳にある栄養法の記載欄も
母乳か混合か人工乳しかないように
「完全」かどうかは関係ないと思うのです。

「完全母乳」という言葉は
臨床の場で使われてきたのだと思いますが
今ではお母さんたちまでも当たり前に
「完母」という言葉を使うことに違和感を覚えます。

〈できれば母乳で…という遠慮〉

赤ちゃんが生まれて
いよいよ授乳が始まります。

女性の身体にはお産を終えると
母乳が出る仕組みが整っています。

それを知ってか知らずか
どんな方法での授乳を望んでいるか尋ねると
みなさん口をそろえてこう言うのです。

「できれば母乳で育てたい」

中には
母乳だけで育てたいという人も
ワケあって母乳を飲ませることができない人も
特にこだわりはないという人もいます。

この「できれば」という言葉に
遠慮がちで自信なさげな印象を受けるのは
私だけでしょうか。

おそらく
「母乳で育てたいけど母乳が出るか不安」
「母乳が出るのであれば母乳をあげたい」
といった気持ちからと察します。

母乳が出るかどうかは
今から心配する必要はなく
大切なのは「母乳をあげたい」と思う
その気持ちです。

そして母乳かミルクか混合かの
どれかを選ばなければならない
ということでもありません。

母乳の出具合と
赤ちゃんの飲みたいタイミングを
合わせられるよう試行錯誤していく。

最初からうまくできなくても
お母さんにも赤ちゃんにとっても
ベストな方法を
その時の状況で選んでいく。

これが母乳育児です。

この選択の積み重ねの結果が
母乳だけになるかどうか
ただそれだけのことなのです。

〈なぜ母乳育児が推されているのか〉

江戸時代の日本では
産婆を呼んで自宅で出産をしていました。

まだ粉ミルクもありませんでしたから
母乳の出がよくないお母さんは
「もらい乳」をしていました。

この「もらい乳」とは
自分に代わって母乳がよく出る女性に
赤ちゃんの授乳をしてもらうという方法で
母乳というよりよそ様の「人乳」だったわけです。

当時は新生児や乳児の死亡率が高く
もらい乳は命をつなぐ一つの術でした。

時が流れ昭和30年代になると
自宅出産から病院での出産に変わり
生まれた赤ちゃんは母子別室制によって
新生児室で安全に管理され
ミルクを与えられるようになります。

同じころ
質の良い粉ミルクが開発されたことによって
「母乳より粉ミルクの方が栄養がある」とされ
母乳育児をするお母さんが減っていきました。

その後1974年にはWHO総会で
世界的に母乳育児が減少していたことから
「乳児栄養と母乳哺育」が決議されました。

その翌年
日本においても厚生省(当時)が
母乳育児推進の方針を打ち出し
母乳育児をするお母さんが増えていきました。

1989年にWHOとユニセフは
世界のすべての産科施設に対して
「母乳育児成功のための10カ条」
という共同声明を発表されたため
世の風潮は一気に母乳推しへと切り替わります。

こうした時流があったことで
母乳やミルクに対する考え方が
大きく異なります。

「母乳で育てなければ赤ちゃんが健康に育たない」
「ミルクで育った子は乱暴」
「ミルクは手抜き」
「母乳は愛情」
「母乳育児でなければ母親失格」

世代間でのすれ違いが
こういった科学的根拠のない
母乳神話を生んだのだと私は思います。

〈母乳は完全栄養食ではない〉

母乳は完璧な栄養源のように思われがちですが
実はビタミンKの含有量が少ないのです。

ビタミンKは出血をしたときに
血液を固めて止血する因子を
活性化するはたらきがあります。

ビタミンKが不足すると
新生児や乳児早期に
「ビタミンK欠乏性出血症」から
頭蓋内出血をきたすため
予防的にビタミンKを投与します。

このビタミンKの投与は
従来の3回法から
生後3か月まで毎週投与する
13回法に変わりつつあります。

1か月健診で
栄養の半分以上がミルクの赤ちゃんの場合
それ以降ビタミンKの投与は
終了してよいことになっています。

ほかにもビタミンDや鉄が
少ないとされています。

〈こだわらないことにこだわる:1〉

2018年に改訂された
「母乳育児成功のための10カ条」は
「母乳育児がうまくいくための10ステップ」
となりました。

この中に
『母乳で育てられている新生児に
 母乳以外の飲食物を与えない』とあります。

もちろん医学的に必要な
ビタミンKの投与などはのぞきます。

お産後から退院するまでの間に
病院では赤ちゃんの体重増加不良や
脱水、低血糖などを予防する目的で
5%糖水やミルクを追加することがあります。

「完全母乳」にこだわっていると
母乳が思うように出ず
赤ちゃんの体重が増えなくても
母乳を飲ませることに疲れていても
「母乳でなければいけない」という
呪縛にとらわれ続けてしまいます。

母乳以外のものを
赤ちゃんに与えないという選択は
ますます自分を追い詰めていきます。

完全母乳へのこだわりをここで手放して
糖水やミルクにゆだねられたなら
それが悪ではないということに気づけるはずです。

〈こだわらないことにこだわる:2〉

10ステップの中には
『哺乳びん、人工乳首、おしゃぶりの
 使用リスクについて母親と十分話し合う』
とも書かれています。

近年は哺乳びんや人工乳首の代わりに
スプーンやカップを使って授乳をする方法も
取り入れられるようになっています。

助産婦学校で習ってはいませんが
「乳頭混乱」という言葉も
ある助産婦が記載したカルテの文字で
初めて知ることになります。

あれから30年近くたちますが
本当にそんなことが赤ちゃんに起きているのか
いまだに疑問です。

母乳をあげたいのに
人工乳首を使ったばっかりに
母乳を飲めなくなったということを
もの言わぬ赤ちゃんのせいにするために
つくられた言葉のように私は思うのです。

もしそのような状況になったとしても
母乳育児を継続できるように
支援をしていくことが
私たち助産師の役割です。

母乳を飲めなくなったという
目に見える状況があるだけであって
その状況を乳頭混乱と
ジャッジする必要などないはずです。

お母さんの乳首以外のものを
口にさせないことに執着するあまり
人工乳首を良くないものとするのは
あまりにこだわりが強すぎます。

支援する側が母乳にこだわりすぎた結果
お母さんにプレッシャーをかけてしまっているのです。

どんな状況になっても
大切なのはお母さんの
「できれば母乳で育てたい」の想いです。

〈あとがき〉

母乳やミルクでの授乳には
赤ちゃんを健康に育てるという目的があり
そのために赤ちゃんに必要なのは「栄養」であって
母乳だけを飲ませることや
お母さんの乳首以外のものを口にさせないこと
ではありません。

「母乳で育てるべき」とか
「母乳で育てなければいけない」というのは
思い込みや刷り込みや信じ込みで
あなたの本当の気持ちではありません。

母乳育児を望むお母さんに
結果的にどんな栄養法になろうとも
「母乳で育てた」という満足感が得られるよう
だれもが支援されるべきです。

お母さんの
「できれば母乳で育てたい」気持ちに
私はこう応えます。

「よろしければ母乳で育てましょう」

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