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お父さんによる子育て

子育てのことを語るとき
多くの場合、お母さんにばかり目が行きがちです。

『親=母親』『親子=母子』といった
考えやイメージがまだまだ多いと感じています。

おそらく心理学において
母子間に強い愛着が形成される等の
研究が多くなされてきたことが
影響しているものと思います。

私の記事を読んでくださる方には
男性もいらっしゃるので
今回はお父さんの子育てに
スポットをあててみたいと思います。

女性にも読んでいただきたいので
そのまま読み進めてくださいね。


〈時代の流れと父親像〉

「イクメン」という言葉を用いて
積極的に育児に参加する男性を
賛美するようになったのは
平成22(2010)年頃のお話です。

戦後の昭和は
母親は家庭で家事育児を
父親は一家の大黒柱として
外でお金を稼いでくるという時代でした。

この時代の父親像は
亭主関白、無口、頑固
家庭の中で一番偉くて絶対的な権力があり
「地震・雷・火事・親父」とまで
言われていたほどです。

昭和の後期になると
母親も外に出て働くようになり
共働きの家庭が増えていきます。

女性の社会的地位向上によって
家庭での夫婦の関係も
対等なものへと変化したため
家事や育児を分担する夫婦が増えました。

平成に入り少子化が問題視されると
父親の育児参加が促されるようになりました。

家事育児は女性がするものという
固定観念を打ち崩す「イクメン」という言葉は
時代の流れを表現していたものと思います。

しかし、年々増えているとはいえ
男性の育休取得率は
令和4(2022)年で17.1%です。

女性の育休取得率は80.2%ですから
まだまだ家事育児は女性が担うもの
という意識の根強さがうかがえます。

〈現代の父親像:その1〉

数か月前になりますが
ショッピングモールに
出かけたときのことです。

私が歩いていると
お母さんを待っているのか
お父さんと年長さんくらいの男の子が
トイレに続く廊下の角に立っていました。

「お父さん、お父さん」
男の子は繰り返しながら
お父さんのズボンの膝のあたりを
引っ張っています。

「お父さん」としか言っていませんが
男の子が何かを訴えたいのは
こちらにも伝わる呼びかけです。

このとき
お父さんは男の子に目もくれず
返事もせずに
ひたすらスマホをいじっていました。

私がその場を通り過ぎたあたりで
「ちゃんと言わないとわからないだろ!?」と
大きめのお父さんの声が聞こえました。

気になって振り返ると
男の子は手に紙袋を持っていて
袋の中をのぞいていました。

買ってもらったものを
自分で持ちたかったようです。

たったこれだけの
お父さんと男の子のやり取りですが
私は勝手にこう解釈したので
お父さんにもどかしさを感じました。

お父さんの発した「わからないだろ!?」は
声の大きさやトーンから
ほんの少しですが
怒っているような印象を受けました。

お父さんが腕を組むような形で
両手でスマホをいじっていたので
どちらかの腕に紙袋が
ぶら下がっていて、

男の子はそこに手が届かないので
ズボンを引っ張って
「お父さん」と呼びかけて

「こっちを向いてよ」
「僕の話を聞いてよ」と
訴えていたのだと思います。

〈現代の父親像:その2〉

もう1つ。
7年ほど前のことなので
平成終盤のことです。

沖縄の離島にある
動物がいる大きな公園に
行ったときのお話です。

入口から少し歩いたところで
男の子が大きな声をあげて
ワンワン泣いています。

少し先から振り返って
お父さんがものすごい剣幕で
男の子に怒鳴っています。

入り口付近には
小さな赤ちゃんを抱っこした
お母さん。

ほかにお客さんはいなかったので
この4人は家族であったと思います。

私たちがその家族をみつけてから
追い越して、声が聞こえなくなるまで
1分もなかったと思います。

事情はわかりませんが
お父さんがなにかに腹を立てていて
その原因は男の子にあると
直接言って聞かせている。

お母さんは少し距離を置いて
黙って見ている。

男の子は一人ぼっち。

男の子の泣き声が
叫びに変わるにつれ
お父さんもさらに
興奮しているようでした。

〈昭和の父親像〉

たまたま遭遇した
お父さんと子どものやり取りを
2例取り上げました。

どちらもお父さんって
『子どもに厳しいな』と
私が感じたケースです。

『厳しい』というのは
お父さんの対応が
子どもに温かくないなと感じた
ということです。

みなさんはどのように
感じられたでしょうか。

父と子の
ほんの瞬間の出来事を
私が切り取って見ただけで
普段は全く違った関係性が
あるのかもしれません。

それでも
父親という圧倒的な権力を
見せつけられているような
気がしてしまうのです。

多くの家族関係において
昭和の時代よりも
父親の威厳は失墜し、

父と子は
フレンドリーな関係に
変化していると思います。

しかし厳格な「昭和の父親像」は
まだまだ健在なのです。

おそらく
先ほどのケースで出てきた
二人のお父さんは
昭和のお父さんに育てられた
のではないかと思うのです。

自分の持っている
父親のイメージそのままの父親に
自分がなっているのだと思うのです。

〈令和のお父さんの子育て〉

昭和の家族関係は
一家の長である父親が
絶対的な支配権を持っていました。

先ほどの2つのケースでも
お父さんは自分が上で
子どもを下に見ている
という構図が浮かび上がります。

親子あるいは家族において
上下関係があると
指示と従属という権力構造が
否応なしに生じます。

これを取り払って
フラットな父子関係を築くには
いつでも物理的に
子どもの目線になることが大切です。

しゃがんで、寝転んで
周囲を見上げて
子どもが見ている世界を
感じてみてください。

そして
子どもが言ったことは
「そうなんだね」と
そのまま受けとめます。

次に
「じゃあ、どうしたい?」
「どうすればいいと思う?」と
子どもの考えを引き出します。

ショッピングモールのケースなら
・まずスマホをやめて子どもを見る
・子どもの目線に合わせる
・子どもの呼びかけにこたえる
・どうしたいのか聞いてみる

子どもはまだ
自分の想いを言葉で伝えられるほど
器用ではありません。

何を伝えたいのか
くみ取ってあげてください。

そうすると
「ちゃんと言わないとわからないだろ!?」
ではなく
「これを持ちたかったんだね!!」
という言葉かけに変わってきます。

男の子はきっと
紙袋の中にある新しい宝物を
手に持つこと、覗いて見ることで
うれしさを味わおうとしていたのでしょう。

そんな子どもの気持ちを
あなたはどう感じますか?
その気持ちに
どんな言葉をかけますか?

「ちゃんと言わないとわからないだろ!?」
ですか?それとも
「うれしいんだね!」「大事にしようね!」
なんて言葉はどうでしょうか。

こんな言葉をかけると
なんだか自分もうれしくなりますよね。

〈「叱る」ことと「しつけ」と。〉

沖縄の公園で遭遇したケースは
お父さんがものすごい剣幕で怒鳴っていた
という、目にした状況しかわかりませんが、

そもそも怒っているのは
お父さんの感情であって
子どもを「叱る」とか「しつけ」という
行為にはあたりません。

何がいけなかったのか
わかりやすく伝えること、
どうしてその行動をしたのか
理由を聞いてみること。

それだけのことなので
そこに感情は必要ありません。

大人の解釈で
怒りの感情を子どもにぶつけては
解決にはならないどころか、

子どもは理由もわからずに怒られ
心の傷を負ってしまいます。

そして恐怖心が植え付けられ
何をするにも
怒られないようにすることが
目的になってしまうのです。

解決策は
具体的にどうするのがよかったのかを
伝えることです。

ただ、このケースの場合
子どもが怯えていることに気づいて
怒鳴ることをやめる冷静さも必要です。

もしかすると
あの男の子は今
旅行が嫌いになっているかもしれません。。。

〈父親の教科書はない〉

出産の準備として
「母親学級」や「両親学級」
あるいは「父親学級」があります。

その多くは
赤ちゃんを迎えるための準備や
沐浴、おむつの交換方法
といった内容です。

そうです!
そうなんです!!
お気づきでしょうか。

父親になるまで
「父親は何をするのか」とか
「子育てってどうやるのか」
とかいうことは学んでいないのに
「父親学級」でも教えてくれないのです。

これは父親に限らず
母親になる場合でも同じです。

だから、子育ては毎日
知らないこと
わからないことばかりなのです。

お父さんは(お母さんも)
その子どもの年齢と同じだけの
お父さん年齢です。

子どもが3歳なら
たとえあなたが50歳だとしても
お父さん年齢は3歳なわけです。

同じスタートラインで始まった
家族なのですから
あわてて父親になるのではなく
父親を演じればいいのです。

〈「しつけ」とは〉

子どもに厳しくしたり
教え込んだりすることではなく

子どもがしあわせに
生きていく力を身につけるために
親が手本を示すこと
と私は提唱しています。

「親の背中を見て育つ」という
ことわざがあります。

子どもは
親の良いところも悪いところも
分別なく無意識に身につける
ということです。

自分が育った環境が手本になり
自分も親として
同じように振る舞うものなのです。

自分が親にされて嫌だったことでも
無意識で再現してしまうのです。

「自分がそうされてきたから」
「理由はないけどそう思っていたから」

厳しくすることや
怒ったり教え込むことが
父親の役割であると
「思い込んで」いるのです。

言うことを聞かせることや
いい子にさせようとすることが
しつけではない。

そう思い直すことができたら
イライラすることも
怒ったり、怒鳴ったりすることも
子育てには必要ないとわかるはずです。

〈あとがき〉

「イクメン」という言葉は
実はあまり好きではありません。

育児に参加する夫を持つ
ママ友への僻みや妬み
あるいは
だれかの夫と自分の夫を比べて
相手が優れていることを表現した言葉
のような印象があるからです。

使い方によるのかもしれませんが
夫婦で家事育児を
上手に分担することができれば
育児に参加する男性を
わざわざ「イクメン」と
呼ばなくてもいいですよね。

厚生労働省のイクメンプロジェクトでは
「子育てを楽しみ、
自分自身も成長する男性のこと。
または、将来そんな人生を
送ろうと考えている男性のこと。」
としっかり定義されています。

しかし、つまるところ
子どもを増やすために
男性も育休を取る文化を作り上げたい
という一本柱しか見えてこない
という印象です。

そもそも
「イクメンという言葉をはらやせたい」
というところから始まっているので
やはり「父親は何をするのか」
「子育てってどうやるのか」という
一番知りたい核心の部分には
触れられていません。

まさに
日本の教育そのものであると感じています。
いずれ、このことについても
触れてみようと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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